金融そもそも講座

トランプ氏演説、市場の混乱を加速も=具体策なく失望

第400回 メインビジュアル

日本時間の4月2日にトランプ米大統領が行ったイラン問題での国民向け演説は、「前宣伝倒れ」だった。中身がなく、マーケットを巡る環境は演説後も「先が見えない」状態が続いている。むしろ展開次第では、今後混乱が加速する危険性がある。

大統領は演説で対イラン作戦に関して、「我々は仕事を完遂させる。しかも早期にだ」と述べた。そしてその目安としては、「今後2~3週間」を想定しているとこれまでの発言を繰り返した。しかし問題はそこに至る経路だ。

大統領は、「米国はその後2~3週間の間にイランを強烈に叩く(攻撃する)」と述べ、「イランを石器時代に戻す」とまで述べた。つまり攻撃継続・加速だ。その点に関して、今中東地域に集めている自国の海兵隊、空挺師団など地上部隊を使うかどうかは明確にしなかった。つまり、従来と同じ環境が続くということだ。攻撃撤退、戦争終結のマーケットの期待は裏切られた。

トランプ発言を受けてWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)などの石油相場は軒並み上昇し、ちょうど取引中だった東京市場やアジアの株式市場は反落した。「戦争の終わり」が先延ばしされたのだから、当然だろう。トランプ米大統領は「イランとの交渉は続ける」と述べているが、演説前も演説後もイランの高官達(ペゼシュキアン大統領やアラグチ外相)は、米国との交渉そのものを否定している。米国は、イラン側の交渉相手の名前を明らかにしない。その主張の大部分は嘘で、「らしきもの」があるとしたらメッセージの交換程度だろう。

今後の焦点は、①交渉に関しては、米国(バンス米副大統領がトップか)とイランの当局者が実際に対面での交渉に入れるのかどうか ②軍事作戦の面では米国が現地に集めた空母打撃群や地上軍をイランの国土に投入するのかどうか— — が焦点になる。マーケットが正常化するためには、ホルムズ海峡とそこを通る船舶が増加するかどうかがポイントだ。戦争開始前は、一日当たり120隻を超えたとされる。

大統領演説に新味無し

トランプ米大統領の4月2日の演説は、全体でも20分程度のもので、全部聞いていたが、相変わらず自身の政権の成し遂げたことを過大に誇張する部分が長かった。一部で観測のあった「ホルムズ海峡が閉鎖されたままでも米国は対イラン戦争から離脱する」(米紙報道)といった内容ではなく、ただ2〜3週間で終わらせると言っただけだ。彼は「We are going to finish the job, and we’re going to finish it very fast」(仕事を完遂させる。しかも早期に)と述べた。

しかし筆者が一番問題だと思う内容は、その達成の仕方だ。「交渉はする」と言っている一方で、「 U.S. will hit Iran extremely hard over next two to three weeks」とも警告している。つまり「今後2〜3週間、米国はイランを極めてハードに攻撃する」と宣言している。その「厳しい攻撃」の中に、何らかの形での「地上軍の投入」を考えているのかどうかは明らかにしなかった。

今までのミサイル、爆撃機などでの「空からの攻撃」と、「地上軍の投入」では意味合いが違う。カーグ島やホルムズ海峡周辺を攻撃するにせよ、地上軍投入は米国にとってリスクは大幅に増大する。トランプ米大統領は演説の中で「13人の米国兵が死亡した。敬意を払う」としていたが、地上軍の投入はこの死者数が大幅に増えることを意味する。

トランプ米大統領は言わなくても良いことを言ってしまっている。「We’re going to bring them back to the stone ages, where they belong.」だ。「イランを石器時代に戻す」と。誰が見ても、今のイランが石器時代にいるとは思わない。しかしトランプ氏は、「今イランはその前時代にいる」と主張した。石器時代とはアメリカの政界用語で「徹底的破壊による前時代化」を意味する。しかしこれは外交的に見ても極めて失礼な発言だ。イランはトランプ政権との交渉に乗り気にはならないだろう。とても正気の発言には聞こえないからだ。

筆者は今回のイラン戦争に関して、「『TACO』イラン・バージョン=対イラン戦争の視点」というコラムに書いた。3週間ほど前だ。その後の展開はその通りだった。予想通りの「TACO連発」だった。宣言から48時間を過ぎようとする23日の午後9時前(ニューヨーク市場が開く直前)に「イランとの交渉進展」を理由に「5日間の延期」を発表。しかしその5日間を経過しようとする27日になって、「5日間を10日間(4月6日まで)に延期」と発表した。そして今はその期間中。その期限切れの前にトランプ米大統領は国民向け演説を行った。

TACO材の枯渇

しかし注意すべきは、ことイラン問題に関しては「TACOの効果」が発動する度に威力が低下していることだ。「5日間延期」発表の当初は、株価を押し上げる形で効果はあった。しかしその後は時間の経過とともにマーケットの楽観論は低下した。10日間の延期の際にはその効果はないに等しかった。

昨年の関税問題では一貫して「TACO効果」があった。トランプ氏が(自らの主張から)降りれば、マーケットは安心して安値を拾った。その際にはベッセント米財務長官というマーケットの強い味方もいた。彼が仕切っている印象がした。しかしイラン問題ではベッセント氏はいない。

今回は既に「TACO材料の枯渇」に直面している可能性が高い。なにせ今回は相手が「市場としての米国を見切れない他の先進国」ではなく、「ベネズエラよりよほど大国の反米意識で固まったイラン」が相手だ。トランプ米大統領の思い通りには反応しない。米・イラン双方が良い形で妥協し、ホルムズ海峡の閉鎖が解かれるというルートが閉ざされつつあるのが実際だ。

多分トランプ米大統領が国民に「我々は勝った」という印象を持ってもらいながらこの戦争を終わらせるには、残る2〜3週間の間に「圧倒的にイランに勝つこと。イランの音を上げさせること」が必要になる。とすると、ホルムズ海峡の事実上の閉鎖は継続し、ガソリン、重油など燃料を生み出す原油の価格は高止まりする。世界の金融市場は不安定なままとなる可能性が高い。

地上軍の派遣があるかどうかは、まだ分からない。「あれだけの軍を集めたら使う」という見方もあれば、トランプ米大統領は米国軍の兵士に「多人数の死傷者が出ることを好まない」という説もある。しかしはっきりしているのは、一度地上軍を投入したら対イラン戦争は長引き、世界経済に対する打撃は間違いなく大きくなる。当然米国経済への打撃も大きい、ということだ。

パキスタン、中国、トルコなど様々な国が仲介を申し立てている。しかしどれもまだ成果を出していない。イランで今誰が一番の権限を持っているかも分からない。今回の米国とイスラエルの対イラン戦争は、まだ「泥沼化」の危険性を強く抱えていると言える。

残ったままのホ海峡問題

トランプ米大統領は今回の国民向けスピーチで、「米国は世界最大の石油産出国で自給状態。米国にとってホルムズ海峡の開閉は問題ない。そこに依存している国が対処すべきだ」と言ったので、その認識が間違っていることを記す。

ホルムズ海峡はペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ世界で最も重要な海峡の一つ。「世界の石油供給の喉元」とも表現される経済的・軍事的要衝だ。国連海洋法条約によって沿岸国の領海(イラン、オマーン)を通るものの、国際航行に使われる海峡として「通過通航権」が認められるべき場所とされる。

しかしイランはこの国連海洋法条約(1982年採択)を一部批准しておらず、タンカー拿捕などの問題において国連海洋法条約上の義務を負わないと主張する。これまでは自国の石油を積んだタンカーも同海峡を通るため、それ(海峡封鎖)を武器(対抗カード)として他国を脅すことはあっても、実際に使った事はなかった。しかし今回は戦力で圧倒的な米国、イスラエルに対抗する意味合いから、同海峡の実質的通航禁止を対抗カードとして実際に使っている。その結果の世界のエネルギー危機だ。

今回はそればかりでなく、イラン議会が同海峡に対するイランの主権を主張し、ホルムズ海峡に「関所」を置き、敵対国(米国、イスラエル等)を除く船舶に安全な航路を保証する代わりに通航料の徴収を検討している。これは世界のエネルギーや関連製品の価格高騰を恒久化する危険性をはらむ。世界全体を敵に回す行為だ。

トランプ米大統領は米国にとってのホルムズ海峡の重要性を矮小化している。第一に、世界のエネルギー価格は「世界全体での需給」によって決められているので、米国国内のガソリン、ディーゼル価格も世界価格に連動する。その根拠に、米国での最近のガソリン価格は平均でガロン(4.546リットル)当たり4ドルを越えたが、これは対イラン戦争前からでは36%の上昇。ディーゼルはもっと大きな幅で上がっている。

これは米国人にとって目が飛び出すような価格、心理的抵抗線。「耐えられないレベル」であり、車が足の米国国民から怨嗟(えんさ)の声が出る事態となっている。筆者は1979年(第二次石油ショック)に、ニューヨークでガソリンスタンドに長く並んだことをよく覚えている。

第二に、ホルムズ海峡を通過するのはエネルギーに限らない。農業に必要な肥料。世界における供給の3分の1は同海峡を通過している。つまりホルムズ海峡封鎖は世界の農業生産と農産物価格にとっての大きな問題なのだ。実際に世界的な肥料不足時代の到来が指摘されていて、世界的な食糧安全保障の問題が見えてきた。さらにアルミ、ヘリウム(半導体生産に必要)などの不足、価格高騰が同海峡封鎖の継続によって現実化すると見られている。

筆者の印象だと、トランプ米大統領は中東危機からうまく逃れる時期と方途を一つ失った。挽回はかなり難しい。イスラエルやイランのメンツの問題もあり、「(トランプ米大統領にとっての)TACO材」も枯渇するなかで、マーケットはより対処が難しい時期に備える必要があると思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。