「TACO」イラン・バージョン=対イラン戦争の視点
第399回
このコーナーの原稿はほぼほぼ2週間に1回書いている。「急ぎ書く緊急事項」がないケースでは、日米など各国経済、それに対する金融政策の行方、マーケット展望などを書きたいのだが、最近はこの短いインターバルに必ず大きな出来事が起きる(笑)。今回は宣戦布告なき中東での戦争だ。石油価格、従って世界の株価は神経質になり、時に上下に大きく動いている。
米国とイスラエルがイランに対し「大規模な戦闘」を開始したのは2月28日。作戦名は、米国においては「エピック・フューリー(Epic Fury 壮絶な怒り)」、イスラエルにおいては「ライオンズ・ロアー(Lion's Roar 獅子の雄叫び)」。イラン国内の核施設や軍事拠点、さらには戦略的インフラを標的にしており、10日経過した時点では、かなり米国、イスラエルが優勢になっている。3月11日現在で激しい攻撃は進行中。
対するイランは攻撃初日に「ハメネイ師と多数の指導者の死亡、イラン全土での防空能力の大幅低下、エネルギー関連施設への破壊」など甚大な被害を被った。しかしその後ハメネイ師の後継(彼の次男のモジタバ師)を選任し、革命防衛隊を中心にしてイスラエルのみならず周辺国(バーレーン、UAE、サウジアラビア等)の米軍基地、時には石油・天然ガス関連施設、空港を報復攻撃の対象としている。
世界経済へのインパクトの視点から考えると、焦点は「ホルムズ海峡」(通航可か通航不能か)だ。世界のエネルギー供給の通路として20%前後という大きなシェアを持つ。例えばイランが機雷封鎖などをして長期間にわたって通航不可になると、石油価格の高騰は不可避。その状態が続くと米国のみならず世界経済はスタグフレーションのリスクに直面する。
しかし筆者はこの中東での局地戦を見る「マーケット的視点」を読者の皆さんに提供しておきたい。この紛争が終わっても、まだ3年は続くトランプ米政権を見る上で有用な視点だ。それは「TACO(トランプ氏はいつも腰砕け)」だ。この単語を忘れかけている読者もいるだろうが、筆者は今回の一連の出来事は「TACO イラン・バージョン」だと思っている。
齟齬(そご)する米国、イスラエルの狙い
それを詳しく述べる前に、今回のイスラエルと米国による対イラン攻撃で抑えておきたい要点を記しておく。
まずイランとの交渉中に開始された両国による攻撃の目的は、齟齬する部分も多い。イスラエルは「今後25年間にイスラエルを滅亡させる」を国是としているイランのイスラム体制の打倒・転換が狙いで、イランに核武装させないという決意は固い。米国はそのイスラエルを支援したい一方で、もう半世紀以上も「反米」を国是として中東で不安定化勢力(ヒズボラ、ハマスなど)を支援してきたイスラム体制の著しい弱体化を狙った。歴代政権が出来なかったことで、実現すればトランプ米大統領のレガシー(政治遺産)になる。
攻撃そのものについては両国がイランとの交渉中での開始(2月28日)であり、「時間稼ぎをしながらイラクを罠に嵌(は)めた」という見方もある。真偽はここでは論じない。ただしこの攻撃は国際法上認められないというのが大方の見方だし、トランプ米大統領は他国への宣戦は議会の権限であるとする国内法違反も犯している可能性が強い。
これらは今後多くの議論を呼ぶだろう。しかし既に戦争は後戻りが出来ない地点に来ており、マーケットへの影響は既に甚大だ。特に石油価格と株価。世界的なインフレは、過去において必ず石油価格の大幅な上昇を背景としている。第1次(1973年)、第2次(1979年)の石油ショックは世界を揺さぶった。中東での紛争はその連想を呼ぶ。米国も世界も恐れるのは過去の石油ショックの再来だ。
しかし筆者は、その可能性は小さいと思っている。今回イランは国内に国民の体制批判を抱え、周辺諸国も対イランでまとまりつつある。既に米国、イスラエルの攻撃によって軍事的にも大きな損失を被っている。米国とイスラエルに対抗できる勢力としては革命防衛隊(19万人)程度。イランの友好国である中国もロシアも、あまりにもの米国の強力な軍事力と凄まじい攻撃を目の当たりにして、イランを支援できないでいる。言ってみればイランは「孤立無援状態」だ。心配なのは革命防衛隊の自暴自棄(ホルムズ海峡封鎖)だけだ。
TACO
その基本的な認識の上で、筆者が今回の一連の出来事は「TACO イラン・バージョン」だと考える理由を述べたい。
TACOは「そもそも『フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)』のコラムニスト、ロバート・アームストロング氏が2025年5月2日同紙コラム」内で使用したもの。当時大きな波乱源となっていたトランプ氏の相互関税に関連して、「大規模な関税引き上げを強硬に主張するものの、株式市場が混乱すると結局その方針を撤回・延期する傾向」があることを皮肉ったものだ。TACOとは「Trump Always Chickens Out」。
振り返っても、トランプ米大統領は自分の発表・発言などでマーケットが大きく荒れる(株安、ドル安、債券安など)と、その翌日かそれ以前に自分の行為(発表・発言)を否定、ないし修正する発言、行動を取った。高く発表した関税率は低くした。前日した主張も次の日には引っ込めることもしばしばだった。それ故の「TACO」(トランプはいつもマーケット動揺にびびって撤退する)のネーミングだった。
重要なのは、今回もそれが繰り返されているということだ。念頭に置きたい肝心な点は、今のトランプ米大統領の基本的目標だ。それは①今年秋に迫った中間選挙で勝つ ②いつも馬鹿にしているオバマ氏やバイデン氏などをはるかに凌駕(りょうが)する偉大な大統領として歴史に名を残す(レガシー構築)――だ。この点を頭に入れておくことが重要だ。いろいろ自分のアクションに理由付けをするが、トランプ氏の行動の起点はこの二つだ。よってそれに合致すると思えば行動し、外れると思えば撤退(Chickens Out)する。
当面その中間選挙に勝つためには、マーケットの安定と支持率のアップが必要だ。それを念頭に最近のトランプ米大統領の行動を見ると、納得出来ることが多い。イランの脅しで世界の石油価格が指標WTI先物で1バレル119ドルに上昇したら、それまで「4〜5週間対イラン攻撃は続く」と言って長期化を示唆していたのを「もうすぐ終わる。攻撃の進捗状況はかなり良い」と述べて、マーケットに「早期攻撃終了の感触」を送った。それを受けて石油価格は1バレル80ドルに下落。市場が希望を見いだしたからだ。
状況次第で発言をガラッと変える。いつも見ている景色だ。トランプ米大統領は「(戦争継続は)4〜5週間」と言う前は「数日で戦争は終わる」と言っていた。言うことがコロコロ変わるが、最も頻度高く立場を変えるのは「マーケットに異変」が起きたときだ。異変とは原油価格急騰や株価の急落。「中間選挙」が頭をよぎるのだろう。
中間選挙
なぜトランプ米大統領は中間選挙を勝ちたいのか。今は上下両院を共和党が多数を占める。彼にとっては非常に良い環境だ。しかし負ければ予算・法案が簡単には通らなくなる。トランプ政権2期目は急速にレームダック化する恐れが強い。彼はそれを警戒する。もっと重要な事は、「大統領弾劾」(下院が過半数で起訴決議がなされ、上院で弾劾裁判が行われる。必要賛成票は3分の2以上)に直面する危険性があることだ。彼は自ら「上院はどうしても勝ちたい」と言っている。
それには国民の支持が必要だ。歴代大統領が出来なかったイランのイスラム体制を崩壊させれば自分の支持率を上げられるし、レガシーとなる。そう考えてネタニヤフ・イスラエル首相の誘いに乗ってイランを攻撃した。当初は華々しい戦果があったが、それ以降は「戦争長期化」「ホルムズ海峡封鎖」の懸念から石油価格が急上昇。それによって株価が下がったことで、トランプ米大統領の発言はぶれるようになっている。戦争長期化は物価の上昇に繫がり、逆に支持率の低下につながると考えたのだろう。戦争が長引けば、米国兵の死傷者が増え、国民が許さないことは明確だ。
それをマーケット的視点で見ると、次のような展開を予測することが出来る。
「トランプ氏が市場の緊張感を高める行動をする」→「原油価格や株価が大きく下がる」→「下がった段階では、トランプ氏がTACO的に修正行動に出ることを予測してポジションを動かす」
と言うことが考えられる。それは短期的な行動で、「相場とはじっくり取り組みたい」という投資家は多いと思う。筆者は長期的に見ても、イラン、特にその体制(イスラム)の基盤を軍事的、社会的、経済的に構成している革命防衛隊は厳しい状況に追い込まれると見る。イスラム体制は大きな賭け(ホルムズ海峡封鎖など)に出るかも知れないが、最後は大きく弱体化すると見ている。なぜならそれは自国の石油も輸出出来ない禁じ手だからだ。
今後の注目としては、トランプ米大統領の行動原理とイスラエルの強い対イラン攻撃意思とのずれ発生の可能性だ。トランプ米大統領と違って「イスラエルの25年以内の滅亡」を体制の目標に掲げるイランは決して許せないし、放置できない脅威だ。ハマスをたたき、ヒズボラを追い詰めたイスラエルには「イランのイスラム体制崩壊」の絶好の機会が来ている。しかしトランプ米大統領は、中間選挙で自分が不利になるようなことは気乗り薄だろう。
イスラエル国民の対イラン戦争支持率は8割を超える。トランプ米大統領、ネタニヤフ首相ともに秋には選挙を控える。しかしその抱える基本的動機の違い故に、米国とイスラエルには今後の継続に関して意見の齟齬が生じる可能性は指摘しておきたい。