金融そもそも講座

米国、利下げ継続へ=日本は利上げ模索状態を維持

第391回 メインビジュアル

2025年10月の最終週は、日米の金融政策決定会合の結果が同じ日(日本時間30日)に発表されるという珍しい一日となった。時期は重なるが、一日ほど結果発表日はずれることが多いが、今回は同じ日の発表となり、12月上旬から中旬までの日米の金融政策の方向性が明らかになった。ちなみに、12月はFOMC(米連邦公開市場委員会)が9〜10日の両日、日銀の決定会合は18〜19の両日で、かなり離れている。これも珍しい。

結果は、FOMCが「0.25%の利下げで新金利は3.75〜4.00%」、対する日銀が「0.5%で据え置き」となった。つまり政策金利レベルでは日米金利差は0.25%接近したことになる。にもかかわらずドル・円相場は152円台とどちらかと言うと円安・ドル高傾向。その理由に関しては、既に本稿で何回も指摘してきた。韓国の李大統領はトランプ米大統領との会談で3500億ドルの対米投資を決断、うち2000億ドルを現金で行うことで合意した。残る1500億ドルは韓国が得意な造船業への投資。

日本が米国に約束した対米投資は5500億ドルだが、「現金」という側面は報じられていない。大部分は米国のインフラなどに対する企業の投資・融資が主。いずれにせよ、欧州もその他の国も巨額の対米投資を約束している。つまり金利差が縮まろうが拡大しようが、今のトランプ支配の世界経済ではマネーが様々な形で米国に集まる仕組みが出来上がった。それに唯一抗っているのが中国だが、米中関係に関しては次の号で取り上げたい。

12月中下旬までの日米政策金利が決まったので、今回はその経緯を簡単に振り返った上で、最近動きが急になっているゴールド(金)に関して「そもそも講座」的に取り上げようと思う。あれだけ勢いよく上がり、その後は利食いで大きく反落しているこの“貴”金属に関して、考えたら最近取り上げていないことに気がついたからだ。

予想通りの日米の政策決定

30日早朝に決まった米国の利下げ(4.00〜4.25%から)と、同日昼の日銀の政策据え置きは、当初から予想されたものだ。動きがあった米国に関しては、引き続き雇用情勢が弱い。アマゾンのようにAI(人工知能)の利活用拡大の中で、特に事業不振でないのにも関わらず14000人ものレイオフを発表する企業も出てきている。つまり景気以外にも雇用に大きな影響を与える技術(AI)で、米国の雇用情勢はやや不安定になっている。FOMCはその点からも米経済支援に乗り出したと言える。

筆者は「人間は職業を作る動物」という認識で、必ずしも「過去の職業」が失われることに悲観的ではない。しかしレイオフが拡大したその時点では経済(消費)活動は鈍化するので、政策的手当が必要だ。パウエル議長は依然として「(低下はしてきたものの)インフレ率はどちらかというと高く、そこにはリスクがある」と述べた。しかし記者会見をずっと聞いていると、やはり従来の「インフレが優先的に心配」というスタンスではなくなっている。

パウエル議長は、市場も最も注目していた次12月のFOMCに関して、「それはforegone conclusionではない」と述べた。つまり「マーケットはそれが既定の事」のように利下げを考えているが、9月以降は政府機関閉鎖もあって一部データも出ていないし、「とてもそうは言えない」と強調した。これは中銀トップとして当然だろう。しかし筆者は1時間弱のFOMC後の同議長記者会見を聞いていて、「パウエル議長の関心は、インフレから雇用情勢に移った」という印象を受けた。

今回の「0.25%の利下げ決定」に関しては、二人の委員から反対意見が出た。一人はいつものミラン氏で「0.50%幅の利下げ」を主張した。もう一人は「据え置き」を主張し、声明にその名前を残した。なので、FOMCのメンバーの間でも意見の相違がある。パウエル議長も会見でそう述べていた。しかし今後の経済の動き次第の面があるが、筆者は「12月の会合でも利下げがある確率は6割以上」と読んでいる。

審議委員の中からも声高に「利上げ」人が出てきている中でも、日銀の金融政策決定会合は、「0.5%での据え置き」を決めた。理由を全体的に見ると、「米国の関税引き上げの影響をまだ見極めたい」ということだ。植田総裁を含めて多数を形成する委員は利上げ志向を持ちながらも、「決断するには至らず」と判断した。田村直樹審議委員と高田創審議委員は今回も「据え置き」に反対した。引き上げを主張したが、否決された。日銀の次の決定会合は12月の下旬とかなり先だ。暮れも押し迫る中で次の会合で日銀がどう動くか。それまで「0.5%の日本の政策金利」を前提にマーケットは動くことになる。

金に高まる注目

ところで今回は暫く取り上げてこなかった「金」「金相場」に関して。金投資の有効性や全資産の中で何%程度をゴールドにしておく方が良いのかといった基本的問題に関して取り上げたい。というのは、10月末の熊本市での講演(350人ほどの方で満員でした)でもそうだったが、「投資」に関わる話をすると最後の質疑のコーナーで必ず一人、二人の方から「金はどうだ」という質問をいただく。これは最近に限った事ではなく、私の講演会ではずっとそうで、「金投資」が日本の投資家の間でも一つの大きな関心の的になっていることを示している。

特に最近はそうだと思う。長いチャートを見ると、1980年代、90年代はオンス当たり250ドルから500ドルの範囲でレンジ取引だった。しかし上がり始めたのは2000年代に入ってから。2010年代の初めの頃には1700ドルを超える水準に達し、その後1250ドル前後で8年ほど揉むが、その後はほぼ一貫してうなぎ登り。今年の10月中旬以降には一時オンス4400ドルに迫る急騰を見せた。しかしその後は一転して大きく反落し、筆者がこの原稿を書いている時点では4000ドル前後で推移している。

最近の高値からの反落に関しては、単純に「それまでの上げが急すぎた」ことの反動だと思う。毎日高値更新を繰り返すような状況だったので、調整は必至だった。問題は2019年の1250ドル前後から始まった金相場急騰の背景だ。それはひとえに「価値」を表示していると思われるドルを含む各国通貨、その他の国債など有価証券全般への信認が落ちてきているからだ。それには色々な理由があるが、一つ共通しているのは「債務の増加」。特に金に関しては各国国家債務の増加が「金への回帰」を促している。

金は昔からその価値を広く人類に認められていた。古代の宝物の多くは金で出来ている。その「価値への信頼」は人類が過去共有してきたものだ。その輝き、その重さ。「危機のベルが鳴ると、人々は常に金に走った」と言われるが、それは今でも変わらない。世界では今静かに「信認の危機」があり、それが人々を「金を持ちたい根源的な欲求」に駆り立てているように見える。世界各国の中央銀行もその仲間だ。

「資産の保持の為には何を持てば良いのか」は非常に難しい問題だ。仮想通貨など色々な価値の保存手段が出てきている中でも、「伝統的な価値保存手段」である金の価値は、多少の価格変動にもかかわらず高まっている最中だと言える。

メリットとデメリットと

「そもそも講座」なので、投資対象としての金のメリット、デメリットに簡単に触れておく。

金投資のメリットは以下の通り。

  • ① 金は人類が太古からその価値を認めてきた存在。多くの国で王権の象徴であり、インフレや自国通貨安に強い耐性がある。人類がこれまでに採掘した金の総量は約216,265トン前後(世界金評議会)と推定され、これはオリンピックサイズのプールにすると約3.5杯分にすぎない。むろん今も産出は続くが、その増加のペースは遅い
  • ② 地政学リスクや金融危機になる度に金は「資産の避難先」になってきた歴史がある。人類一人一人にはその歴史が記憶としてあり、それが金への変わらぬ信仰になっている。貨幣や債券は発行元の信用に依存するが、金はそれ自体が「人々にとっての価値」を持つ
  • ③ 中央銀行は戦後の一時期「金からの離脱」を図ってきたが、最近ではむしろ金の保有量を増やしている。よく知られているところではポーランドが金保有に積極的だし、中国も保有量を増やしていると言われている。金は政府間信用度も高い(筆者はニューヨーク連銀の地下で各国保有分の金のインゴットの移動を見学したが、それは荘厳だった)
  • ④ 金は基本的にはドル建ての国際価格で取引される。通貨が弱い国の投資家にとっては、価値が自国建てで上昇しやすい傾向がある(例えば今の日本など)

一方で、金投資にはデメリットもある。

  • ① 現物はとにかく重い。メープルリーフなどの金貨でも、手に持ってみると極めて重い。それを大量に持って移動するのは車などの移動体がなければ無理だ。つまりいざという時に簡単に持ち運べる存在ではない(サイゴン=現ホーチミン陥落のベトナムの金持ち達が大量の金を持ち込んだら、乗った小型船が沈んだという都市伝説もある)
  • ② 国債など金利のある投資手段は土日でも“金利”収益を生むが、金は持っていても利息も配当金も生まない。それ自体には「利回り」がない。ETF、金鉱株投資などでそれを回避する手段はあるが、その場合には金は手元にはない(なので金の資産をコインなどである程度手元に置く人が多い)

メリットでもデメリットでもあるのは、時に世界の資金が大量に流入したり、一斉に利食われたりして値動きが荒いことだ。最近それが示された。しかし世界各国政府が大衆迎合的な政策を進める中で、国家や個人の債務残高は増大傾向にあり、有価証券への根源的信用度が低下基調にあるときには、常に「価値保存手段としての金」は、その役割を持ち続けるだろう。

筆者は自分の資産の10%前後を金現物、コイン、ETF、それに金鉱株などで持つことには価値があると見ているし、ウォール街にもそう見る専門家が多い。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。