金融そもそも講座

高値警戒感残るものの、強基調か=米経済と株式市場の今後

第389回 メインビジュアル

「歴史的に1年で最も弱い月」とされる9月を、米国の株式市場は極めて強い基調で終えた。ニューヨークの市況記事には「やや例外的なことに...」といった書き出しが頻繁に見られた。ニューヨーク市場が9月になぜ歴史的に弱いのか?実は日本にもその傾向があるのだが、その理由はあとで考えてみたい。

しかし問題は過去ではない。今後だ。誰もが頭の片隅にあるのは、株式市場に根強くある高値警戒感の中で、歴史的に弱いとされる9月も3指数がそろって上昇(ロイターによればダウ工業株30種平均1.87%、S&P500種株価指数3.53%、ナスダック総合株価指数5.61%高)して終わったことから、今後のマーケットはどうなるかだ。いつもの年なら11月からまた上げ基調も予想される中で、「10月は調整か」といった見方もある。

それを考える上で、今回は金融当局、特に政策金利の舵取りをするFRB(米連邦準備理事会)が同国経済の現状と今後の金融政策をどう考えているかを取り上げてみたい。一般的には「米当局は年内2回、来年は1回利下げ」と思い込んでいる人が多いかもしれない。しかしそれは一般的な見方にすぎない。既にパウエル議長は繰り返し、「株価はかなり高い」という警告とともに、金融政策には「pre-set course」(あらかじめ設定したコース)はないと警告している。つまり常に状況次第、可変だというわけだ。

米国経済の現状診察(笑)を難しくしているのは、トランプ米大統領の関税政策や移民抑圧政策だ。なにせそれまでの米国の経済(統計)は、「関税は一律的に安い」「移民は比較的潤沢に入ってくる」という前提で出来上がっていた。しかし今はトランプ関税政策故にあちこちに「物流のボトルネック」が生じているし、厳しい不法移民排除政策によって米国の雇用構造(供給・需要など)も変わってきている。

筆者がこの文章を書いている時点では、議会の予算審議が行き詰まって、一部政府機関は閉鎖状態。これも先行き見通しを難しくする。

なぜ9月が下がりやすいのか

米国のメディアが「今年は9月も上昇した。珍しい」と指摘するのには理由がある。長い歴史を持つS&P500指数の1945年から2024年までの月間変動幅を見ると、下がっている月としては8、9、2月と3カ月ほどあるが、9月が0.78%の下げで一番大きい。8月、2月は下げたと言っても「0.2%以下」の下落にとどまっている。

株価指標として最も新しく、スタート以来の上げが大きいハイテク株中心のナスダック総合株価指数を1971年から2024年までで見ると、月間で唯一下がっているのは9月。同月の下落幅は平均で0.95%。1%に満たない下げ幅だが、その他の月が全部上がっている(1月など2.51%も)のに比べると、目立つ。「株は9月に下げる」と多くの人が思う理由は十分ある。それは日本でも概ね言えること。

なぜ9月に株価は下げやすいのか。それを説明する説はいくつかあるが、筆者は以下のように考える。

  • 1.まだ夏休み気分が抜けておらず機関投資家も特に前半は動きが鈍いし、「年の残る期間から来年にかけての投資方針の策定」を終えていない
  • 2.2008年9月15日のリーマン・ショックのような桁外れに大きな株価修正(暴落)が9月にはあり、これが足を引っ張る形で同月の過去平均下げ幅を大きなものにしている
  • 3.夏休み明けで人々が動きだし、世界のマーケットに影響を与える国際会議も多く、それらは相場の変動を誘発することもある
  • 4.9月の翌月である10月の決算期を前にした投資信託の損失銘柄の処分などが重なる

歴史的に見れば、株価が年間で最も動きやすく、また上げる傾向があるのは年末から年始にかけて。新しい年への期待が生じている中で、投資計画遂行や銘柄選択の面からポジションを動かす市場参加者が増えるためとの見方が多い。

しかし今年は9月が結構大きな「上昇の月」となった。これからまた年末にかけて株価が上がるとなると、「ちょっと上げ過ぎではないか」の見方もある。それは実質国内総生産(GDP)の伸び率を株価が大きく上回るペースで上昇することを意味する。パウエル議長は今年のジャクソンホール会議で「(stocks are)fairly highly valued」(かなり割高)と正直に述べている。「このまま年末にかけて上げ続けるのは、ちょっとやり過ぎ感あり」という訳だ。

もっとも2025年について言えることは、「FRBの一年ぶりの利下げ再開」が大きな支援材料になっている。9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)の前後にニューヨークの株価が「利下げ歓迎」で大きく上げたことは記憶に新しい。その時の市場の一般的な見方は、「年内にあと2回。来年に入っても少なくともあと1回の利下げあり」というものだった。

しかし繰り返すが、バフェット指数など各種の株価水準の判断指数が「割高」を指し示している中で、「そんなに上げ続けるのかは疑問」という見方も市場には根強くある。

米国経済の現在地

そこで今回は米国経済の「現在地」を改めて検証する。私がどう考えるかという以上に、世界最大の経済大国である米国の金融当局がどう考えているのか。そこにフォーカスする。直近で米国経済に対する分析を披露しているのはフィリップ・ジェファーソン副議長。9月30日にフィンランドの首都ヘルシンキで「Monetary Policy in the Shadow of Geopolitical Tensions and Trade Conflicts」(地政学的緊張と貿易紛争の渦中での金融政策)というタイトルで講演した。タイトルそのものが、世界の中銀が置かれている難しい立ち位置を象徴するようだ。

彼の講演の「Economic Outlook」(経済見通し)部分の書き出しは、「Recent data indicate that U.S. economic growth has moderated, and the risks to both sides of our dual mandate have shifted.」というもの。「最近のデータは、米国経済の伸びが鈍化し、インフレ抑制と高水準の雇用確保というFRBのデュアル・マンデート(二重使命)へのリスクがシフトした」と述べている。彼は「労働力需要の方が供給力よりも落ち込んでおり、雇用情勢に対するリスクが増大している」と説明。つまり雇用悪化がより大きなリスクになった、と指摘しているのだ。

同副議長はさらに、「労働市場の悪化は、経済活動が今年になってやや活力を落とす中で生じている。今年上半期のGDPの伸び率は年率にして1.5%であって、これは昨年の同2.5%からの大きな低下だ。消費者の支出が細ってきたことがその背景であり、私としては今年の残る期間も上半期の1.5%前後の成長率にとどまると予想する」と述べている。つまり米国経済の早急なパワー回復はないという判断だ。

一方で副議長は「一部の商品に関しては、関税引き上げの関係で価格上昇率がアップしている」とも述べている。これはジャクソンホールでのパウエル議長の発言とも相通じるものであり、また利下げの際のFOMC声明文(Inflation has moved up and remains somewhat elevated.)にも通じる。つまり、利下げしても米金融当局は一貫して「インフレ警戒」のスタンスは崩していないのだ。

米国には資金が集まっている

「FRBの政策リスクは、労働市場への配慮が必要」との方向にシフトした。しかしインフレは、低下トレンドにあることは確かだが「まだちょっと高い」という状況。言ってみれば対処が難しい経済・金融情勢。当然ながら、金融当局のかじ取りは難しいままだ。筆者は前回のエッセイで、「今回の声明ではインフレに対する警戒感を緩めていない。依然インフレ警戒モードなのだ。それが0.25%という利下げ幅に示されているとも考えられる」と書いた。「年内2回」とする金融市場の楽観的な見方に釘を刺す意味もあった。

その後の米金融当局の幹部のスピーチを見ても、「年内2回利下げしますよ」と語っている人など誰もいない。当然なことで、「明日何が起こるかもしれない」不確定な状況の中では、「今後こうなります」などと明言できないのは明らかなのだ。

年内2回利下げ説の根拠とされるドット・プロット(FOMCが定期的に公表するデータ)は19人の理事がそれぞれの予想を「私はこう思う」と書き込んだもの。「それを数字的に集めるとこうなる」とメディアは推測する。しかし実際の政策決定の場になるとその後のデータが集まるし、議論も展開される。論破されて意見を変える人も出るだろう。「(トランプ米政権の過去に例のない政策故に)米金融政策は手探り状態が続く」というのが筆者の考え方だ。

政策運営が引き続き難しい事は分かったとして、今後の米国の株価はどうだろうか。筆者は強い素地を続ける環境があるとの見方だ。むろん株価だから、一定期間の調整は当然ある。しかし筆者の頭を離れないのは、「トランプ関税の合意に基づいて米国に流入が予定されている資金の規模の大きさ」だ。

2回前のコラムで「ホワイトハウスの集計だけで5.1兆ドル」と紹介した。関税合意で米国に各国が投じる資金規模だ。そしてそれに加えて、各国はボーイングやエネルギー、農産物などを米国から買うと約束させられた。これは大きい。かつ例えばAI企業の業績などは、別に米国経済だけに依存しているわけではない。

エコノミストはつい「経済成長率の差」「金利水準やその差」で市場の動きを解説したがる。しかし実際に市場を動かしているのは、そういう概念的なものではなく「実際の資金の動き(需給)」だ。理屈はどうであれ、市場に流れ込む資金が多ければ株価は上がるし、米国に入ってくる資金が多ければドルは上がる。筆者にはあと3年半は、よしあしにかかわらずトランプ的現実が続くことは念頭に置いておいた方が良いと思う。

トランプ関税は、非合理的な面が強い。しかしそれが実際に世界のお金を“非合理的”に動かしている。市場は従来の相場観から少し離れた動きをしても、おかしくないかもしれない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。