米中、相互疑念は強いが互いに切れもせず=依存関係は続く
第392回
「今の米トランプ大統領支配の世界経済ではマネーが様々な形で米国に集まる仕組みが出来上がった。それに唯一抗っているのが中国だが、米中関係に関しては次の号で取り上げたい」と前回書いたこともあり、今回は「米中関係の今の構造と今後=そのマーケット的影響」という視点から書いてみようと思う。
戦後はかなり長い間、「米ソ」が基本的には世界の2主役であり、様々な面で影響力を競う対立関係にあった。しかし核軍縮などでは協調的であり、米ソが直接的に戦場で対峙・戦火を交えることはなかった。ロシア(ソ連)はもともと人口1億4000万の「国土は広いが、人口は希薄な国(特に東部)」であり、民政技術には弱く、世界中に目を光らせる体力はなかった。「社会主義の最初の実験国」としてのストーリー性はあったので、その面で威光があっただけだ。プーチンは今でもその「かつての威光」の維持に躍起になっている。
ロシア(ソ連)に代わって米国とともに世界で大きな影響力を発揮しているのは、今や中国だ。「一帯一路」などのグローバルな構想力もあり、ロシアの10倍という人口はそれ自体が大きい。国内総生産(GDP)も日本やドイツを抜いて世界第2位。「GDPで近く米国を抜く」というかつての予想は現在の経済苦境で難しくなったが、それでも総合力で米国に迫りつつある。弱かった軍事力の増強で、日本など周囲の国々を軍事的に威嚇するまでになっている。
歴史的にも世界に覇を唱える巨大な国同士が仲良かったことはほぼない。お互いが気になる存在だから、何かと対立する。今の米中関係もそうだ。テーブルの上では軽い握手もするが、その下では激しく足を蹴りあっている。最近の米中首脳会談でもそれは明らかだ。お互いに笑顔は作っているが、相互不信は隠せず暫定合意にとどまる。
ではマーケットの視点から、今の米中をどう見るべきか。そして今後は。
がっぷり四つ
正直な印象を書く。筆者には最近の米中関係は相撲で言う「がっぷり四つ」というイメージだ。それは10年前とは大きく違うし、2年前とも違う。10年前は経済力・技術力はまだ圧倒的に米国が優位だった。海軍力や空軍力も中国は米国に太刀打ちできなかった。2年前でも力関係は接近した印象はあったが、まだ「中国の方が下」の印象だった。
しかし今は「ほぼほぼ互角」という印象がする。成長率は落ちたと言っても、中国の経済力は伸びている。様々な形(模倣も含めて)で科学技術力の面でも米国に追いつきつつある。一部の中国企業の業容は米企業のそれに劣らなくなった。人口(14億人)は米国(3.4億人)の4倍以上だ。国民生活のレベルはまだ米国が上だし、世界の人々の「その国に住みたい」という憧れ度では中国は劣る。
しかし今の中国は、鄧小平の時代から温めてきた「レアアース(のほぼほぼの独占国)」という武器を前面に押し出して、様々な国との交渉で対等に渡り合うようになった。レアアースは希少で、高性能なモーターや電子機器の素材として欠かせない。EV(電気自動車)やスマホ、家電など現代の先端技術製品には不可欠だ。
この分野で、中国は世界生産の7割のシェアを持つ。それだけでも大きいが、レアアースは精錬が非常に環境負荷の高い金属類で、中国はそれを戦後ずっと国内で続けてきた。資源そのものは他のいくつかの国・地域にもあるが、高い環境負荷への諸外国の忌避傾向もあって、中国のレアアースにおける世界シェア(生産・精錬、加工など)が異常に高くなる結果となった。
鄧小平がかつて「中国には石油はないがレアアースがある」と言ったことは、今でも語り継がれている。米国を含めて日本を含む西側には油断があった。レアアースがIT、AI社会の進展の中で重要性を増したことは確かだ。しかし「将来は重要性が著しく増す」とかねてから見なされてきた鉱物の生産・精錬・加工を、世界は結果的に中国に依存する形になった。「西側の慢心」と言って良い。中国はその西側の油断につけ込んで、今は米国のみならず西側世界全体を脅せる立場になっている。
武器としてのレアアース
最近の中国は、「武器としてのレアアース」の使用意図を隠そうともしない。米中関税交渉でもそうだ。中国は実質的にレアアースの禁輸措置を打ち出した。トランプ氏は怒り、中国に100%の関税を課すと脅し返した。しかし一部レアアース不足で米自動車メーカーの有力工場で生産が事実上ストップした。慌てたのは米国だ。レアアースを巡る米国産業界の脆弱性が明らかだった。中国がレアアースの輸出にさじ加減を加えるだけで、米国経済が危機に立ち至ることが明確となった。
この段階で筆者には、「米中関係は、ほぼほぼイーブン(互角)だ」と見えた。レアアースがあまりにも中国にとっての切り札となったからだ。米国は豊かな、大きなマーケット(中国製品にとっての)を持ち、それは中国の輸出産業にとって垂涎(すいぜん)の的だ。中国は戦後の日本と同じく、豊かな米国市場への製品輸出で大幅な黒字を出し、国力を蓄えてきた。だからこその高い経済成長だ。「レアアースという武器を持つ中国」と「大きな市場を武器とする米国」。それが対峙している。
他の要因もある。米国が中国に売らねばならないものがある。それは農産物だ。日本も買っているが、中国の米国産大豆の買い付けは規模が大きい。トランプ氏・習近平氏の米中首脳会談の一つの大きな議題は、「米国による中国への大豆輸出」だった。売れないと米国の農家(トランプ氏支持者が多い)が困る。しかし中国には代替輸入先がある。ブラジルなど中南米の国だ。中国にはこれも交渉カードになった。
一方で米国は「先端半導体」という武器を持つ。中国はこれをまだ大規模には作れない。自国の弱点として中国は自覚していたので、合法・非合法を問わずに技術力向上、生産能力増大に力を注いできた。しかしまだ追いついていない。最先端半導体そのものもそうだが、その製造装置も今まで中国は輸入に頼ってきた。米国が日本やオランダなど同盟国と足並みをそろえれば、そこは中国の弱みだ。
つまり両国が持つカードを並べると、「どちらが優位」とは言えない状況になった。その意味で私は「米中は四つ」と言っている。国力はまだ米国の方が上だ。国民一人当たりのGDPもそうだし「開かれた米国」は、トランプ氏の時代になって様変わりしたが、多くの世界の人々にとって依然米国は魅力だ。対して中国はまだ閉ざされた国だ。使えるSNSも違う。景色の撮影さえ気を付けないといけない。大きな橋は軍事機密の対象だし、実際に日本のビジネスマンに多くのスパイ嫌疑がかけられ、拘束されている。
切れないTACO 同士?
それをマーケット的視点で見ると、ある意味「お互いに弱点のある“TACO 同士”」ということになる。米中が対立するとマーケットも緊張する。緊張とは株価の下落であったり、債券利回りの変動だったりする。なにせGDPの世界一位と二位。対立が長引けば世界経済の変調は容易に想像が付く。
繰り返すが、重要なのは「中国は米国に輸出が出来るので経済成長が出来る」、一方で米国は「中国から順調にレアアースが輸入できるからフォードが車を作れる」という「弱みの関係」だ。お互いに強気発言で交渉に入っても持つ弱みは消えない。それを理由に米中が戦争状態に入る覚悟はないだろうから、最後は「落とし所」を探ることになる。
一つ指摘しておきたいのは、米大統領は選挙に選ばれているので「統治の正統性」がある。対して、選挙が一切ない中国では中国共産党の「統治の正統性」は希薄だ。あるとすれば、国民に対する成長約束だ。「中国共産党も習近平も我々が選択したわけではない」と中国の人々は思っている。しかし「豊かになる生活」を保障してくれるのなら、共産党の小うるさい体制下でも我慢する、というのが中国国民の「暗黙の了解」だ。米国というマーケットを失うことは、中国の成長に大きな足枷になる。だから出来ない。多分それが中国の長期的弱みだ。
一方の米国もレアアース確保と農産物の輸出先が欲しい。だから中国とは最後は喧嘩できない。つまり冷静に考えれば「米国と中国は、本気で喧嘩できる仲ではない」と読める。マーケットもそう読む。「TACO」を「最後はビビっておりる」を意味とするならば、米中対立は「TACO—TACO」で終わる。つまり、米中対立の激化で相場が水準を下げても、「両国は最後には妥協する」ので、その後の相場水準の回復を見越すことが可能だ。
その想定の正しさが証明されたのが韓国での米中首脳会談だった。お互いに最後は喧嘩できないので「今後一年間はお互いの矛を納める」という妥協を図った。中国は一年間のレアアース輸出規制の実施を見送り、米国は対中100%関税を撤回すると約束。大国同士が「一年間の約束」って興味深い。一年なんてすぐだ。その間にトランプ氏が中国に行き、習近平氏が米国訪問するという手筈だそうだ。
筆者は当面(例えば一年後も)、米中が対立したときに同じ現象が起きると見る。「TACO—TACO」現象だ。つまり対立して言葉の応酬(特にトランプ氏)はあっても、最後はビビってマーケットを安心させるような落ち着き所を探すことになる、という展開だ。
問題はその一年の間に、米中がそれぞれの弱みをどの程度克服できる手段を見付けることが出来るかだ。多分全面解消は難しい。