吹き出したトランプ・トレード――インフレ(再燃)が分岐点か?
第368回大統領選挙前の前回コラムで指摘した通り、「世界のマネーが有望投資先減少の中で米国に集まりつつある」という形で環境は整っていた。しかしそれを勘案しても、トランプ氏再選がマーケットに及ぼしたインパクトは大きかった。その影響は続き、今後も時に大きいだろう。
筆者はトランプ氏勝利の最大の要因は「同じ言葉(freedomとfuture)しか繰り返さない退屈なハリス氏に対し、トランプ氏という人の常軌を逸した“痛快さ”が現状を不満と思う人々に刺さった」からだと思っている。そしてその「痛快さ」は様々な市場も大きく動かした。ニューヨークの米ダウ工業株30種平均は選挙後に2000ドル以上爆上げした。さすがに11月中旬には利食いの動きが出てきたが、上げ局面は目を見張るものだった。
トランプ氏の国内石油・天然ガス増産方針で世界の石油価格は大幅に下がって、原油は70ドル以下の状態が続く。一方でトランプ氏が“賛同者”を公言していたビットコインなど仮想通貨は、今もって大幅な高値更新モードだ。閣僚人事の決まり具合も足早だ。その軸は「忠誠心」で、既にトランプ政権“発足”の気配さえある。正式には来年の1月20日が大統領就任式だが、「トランプの米国」を世界は今から固唾を呑んで見守っている。
今後も規制緩和・減税政策などで「トランプ氏とマーケット」は「良好な関係」を維持すると思われるものの、その関係が複雑な局面を迎える局面もあるだろう。市場の「先取り」もそうだが、何よりも米国のインフレ再燃に対する懸念が残る。大幅な関税引き上げがテーブルに乗っているため。
跳梁跋扈のビットコイン
トランプ氏再選後のマーケットの成績表を見ると、一番上げたのはビットコインなど仮想通貨だ。前回(2週間前)のコラムで「ビットコインは7万ドルを超えている」と紹介していたが、今回は既に「9万ドルを超えた」と書ける。その一週間足らずの同通貨の上げ幅はほぼ30%に達している。さらに11月13日には9万3000ドル台の高値を記録した。半端ない上げ足だ。
多分二つ要因がある。一つはビットコイン業界に対するトランプ次期大統領の姿勢。選挙戦略もあったのかもしれないが、同氏は7月末に「アメリカを仮想通貨の首都、ビットコインの超大国にする」と発言した。次の大統領になる人の発言だから、トランプ氏当選でビットコイン、イーサリアムなどの仮想通貨が爆騰したのは自然だった。しかも次期財務長官には仮想通貨支持の人が有力視とされる。
もう一つは逆に、米国が「自国第一主義」で孤立色を強める中で、将来の「ドルの地位」に対する不安は強まっている。持っておきたい他の通貨もない中で、機関投資家も加わって仮想通貨の持ち高を増やしている現実。つまり今の仮想通貨高にはトランプ次期政権のプラス面とマイナス面がともに推進力として働いていると考えられる。故に急速な上げとなっていると考えられる。
ビットコインは今の日本ではあまり人気がない。メディアも「トランプ氏当選後に一番上がったのは仮想通貨」という事実をあまり伝えない。伝えているのは日経新聞くらいだ。多分、仮想通貨は一旦日本人の関心から外れと思う。筆者は日比谷の「聘珍樓」が日本のレストランで最初に始めた仮想通貨払いを、実際に行って仮想通貨で決済した最初の人間で、ビックカメラでも何回かビット払いをした。新宿にも有楽町にも「ビットコンで支払いが出来るレジ」が複数あった(今はどうなっているか知らない)。
しかし一時中国など各国が厳しいビットコイン、同マイニング監視に出て相場が大きく下げた段階で関心が離散し、その後はあまり話題に上がらなくなった。今回もそうだ。しかしその間に2021年には中米のエルサルバドルが「ビットコイン」を世界で初めて「国の法定通貨」として導入、また米国では今年に入ってSEC(証券取引委員会)がビットコインETF(上場投資信託)の上場を承認していた。
つまり日本人の関心が離散している間に、ビットコインは世界の投資家の投資対象として存在感を高めていたのだ。多分その傾向は、トランプ次期政権期間中は続くだろう。
減税と規制緩和
日本でもよく報じられたのは、トランプ氏当選後の株価の上昇だ。実はトランプ氏当選前から私が言うところの「新値リレー」(ニューヨークの3指数間で一定期間を置きながら新値を更新)はずっと続いていたのだが、11月5日からのニューヨーク株の上げ幅は半端なかった。メディアの関心もそこに集まった。
株高には二つ要因がある。一つはトランプ氏がずっと言い続けた大幅な「法人税減税」が実現に一歩近づいたこと。そもそもトランプ氏はビジネスマン出身。バイデン政権下でも株は上がっていたが、トランプ二次政権の少なくとも前半は「大きな株高」が起きると多くの人が期待した。「先取りの株高」と言える。
もう一つは規制緩和の進展への期待。「環境保護」などの理念を掲げたバイデン政権では、米国内での石油・天然ガス採掘のみならず、数多くの規制がかけられていた。しかしトランプ政権になればそれらの多くは緩和される。イーロン・マスク氏やトランプ政権の忠臣閣僚達がそれを担う。上院に加えて下院も共和党が抑えたので、かなり思い切った規制緩和が進む。人事も予算も思うがままだ。
「frack」(水圧破砕)を連呼し、「drill baby drill」(掘れ みんな掘れ)という人が大統領になるのだから、規範はガラッと変わる(カリフォルニアなど一部の州に反対はあるが)。米国内石油・天然ガスの生産量は増え、OPEC(石油輸出国機構)やロシアなど非加盟の主要産油国で構成する「OPECプラス」の力は低下する。当選後に世界の石油価格は5%以上下がったが、国内で採掘に当たる米国のエネルギー企業の株は上がった。
トランプ二次政権の最大の特徴は、元々は民主党支持だったものの今回の選挙から「トランプ支持、共和党支持」に回った起業家イーロン・マスク氏の政権入りだ。現時点では新設の「政府効率化省」(Department of Government Efficiency 略称はDOGE 伝統的“省”というより助言機関)のトップになる見込み。大統領選挙に立候補し、強烈なトランプ支持を変えなかったビベック・ラマスワミ氏と共同で政府(行政機構)の効率化に取り組むという。
イーロンのDOGE
この二人ともなかなか強烈な意見の持ち主だ。トランプ氏自身が声明で「この二人が力を合わせれば、私の政権が政府の官僚主義を解体し、過剰な規制に切り込み、無駄な支出を削減し、連邦政府機関を再編する道が開かれる」と述べている。イーロン・マスク氏は言う。「これは制度、そして政府の無駄遣いに関与するすべての人々、つまり大勢の人々に衝撃を与えるだろう」と。
一方のラマスワミ氏は昨年の予備選の選挙活動中に、連邦捜査局(FBI)、教育省、原子力規制委員会を廃止するとの公約を掲げていた。「大統領が任意の連邦機関を廃止できるようにする法的枠組み」を提唱したこともある。むろん今も彼がその考え方を持っているかは分からない。しかし二人は強烈な連邦行政機関圧縮を進めるだろう。今の米連邦政府予算は一般的に6.7兆ドルと言われるが、イーロン・マスク氏は「2兆ドルは削減可」と言っている。
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トランプ氏はDOGE設立に関する声明で、「同省の業務は2026年7月4日以内に終了する」と述べている。つまり短期決戦ということ。その間に米国の行政組織は大きな縮小となり、人も去ることになる。ツイッターの経営をマスク氏が握り、その直後に社名を「X」に転換したころの大幅な人員削減が参考になる。DOGEは助言機関だし、政府組織と一私企業では違うかもしれないが、それでも大きな動きだ。
来年から始まるトランプ第二次政権に関しては、「インフレ再燃」が一番のマーケット的懸念だ。日本を含むすべての国からの輸入に最低10%の関税を課すというのがトランプ氏の一貫した主張で、トランプ氏を知る多くの人が「それはするだろう」と言っている。さらに中国に対して「60%、いや場合によっては100%の関税を課す」と脅している。「辞書で一番美しい言葉は“tariff(関税)”だ」とも公言。
だから米国の物価には、今後確実に輸入インフレの圧力がかかる。しかし最近のニューヨーク市場では「大幅な行政組織の縮小と大胆な規制緩和でインフレ率の上昇は制御できる」という意見も聞かれる。それが株価の高水準維持の背景でもある。しかし指標10年債の動きなどを見ると、マーケットは依然インフレ再燃を懸念しているように思える。インフレが再燃すれば、金利はもっと上がる。株価の先取り気配とこのインフレ再燃懸念は当面最大のマーケットの懸念だ。