金融そもそも講座

マネー、世界から米国に移動か――有力投資先の減少で

第367回 メインビジュアル

ダウ工業株30種平均や米S&P500種株価指数の上値追いが続いたあと少し落ち着いたと思ったら、今度はしばらく大人しかった米ナスダック総合株価指数が新値更新に展開。米国で「株価指標の新値リレー」の動きが再開したように見える。一方で、10月末の衆議院選挙が「過半数を超える与党(連立)なし」の状態で終わり、次の「政権」の明確な形が見えないにもかかわらず、日本の株価は10月末の時点で上値追いになっている。新たなドル高・円安のトレンドが見える。

注目すべき点はまだある。まだ政策金利の下げが予想される米国で、長期金利の代表格である指標10年債利回りが一時の3.7%を下回った状態から大きく上昇。直近では4.3%まで付けた。通常は競争相手である金利が上がれば株価は頭を抑えられるが、今はそうなっていない。「なぜ?」と思う。

一方でビットコインなどしばらく静かだった新投資対象の商品も、上値を追ってきた。ビットコインはこの原稿を書いている時点では7万ドルを超えている。原油相場も動きが激しい。イスラエルがイランへの報復対象に石油施設を含めなかったことから、1バレル70ドルを割った状況。一方で金(ゴールド)は引き続き高値トライの最中だ。

今の世界の政治状況、安全保障環境などは「不安定」の一言だが、それにも関わらずの米・日本を中心とした株高トレンドの発生。欧州でも英国の株価が高い。それがなぜ起きているのか。今回はその背景を考え、今後の展望も試みてみたい。

few places to invest

のっけから筆者の仮説を書いてしまうのだが、今の世界は不安定であるが故に安心して世界の投資家がお金を置ける場所が少なくなっているのではないか、という点だ。それがアングロサクソンの市場や日本に回ってきていると考えられる。

前回のこのコラムでは中国を取り上げた。当局がバズーカ砲(一連の金融・株価・不動産対策)を打ち始めたのが9月24日。それから2カ月余。当初こそ大きく上昇し、振り返ると10月の頭には山の頂上を形成した。その後は中国政府が「バズーカ補強砲」を打ったりしているので「また上がるのか」との期待もあったが、そうはなっていない。

現状では香港ハンセン指数が2万前後、上海総合は3300前後。だれ気味だ。「バズーカ」の名称にもかかわらず弥縫策(びほうさく)の積み重ねで中国経済の活力を根本から取り戻す政策を置き去りにしているのだから(前回のコラムで説明)、中国株の持続的上値は容易なことではない。最近でも韓国のビジネスマンがスパイ容疑で逮捕されたと伝えられる。諸外国(外資)の中国を見る目は引き続き厳しい。

今まで世界のマネーが流れ込んでいたインドも、投資対象としての魅力を急激に落としている。過去1カ月のインド主要株価指数SENSEX指数の下げは急だ。背景は①インド政府が株式取引の過熱を抑える政策を打ち出した ②海外投資家が市場の不透明さを改めて警戒 ③大手財閥アダニ・グループの不正会計疑惑をめぐる諸問題――などだ。

①は具体的には株式売買に伴う課税強化。インド政府は1年未満の保有株売却によるキャピタルゲイン(売却益)の税率を15%から20%に引き上げ、1年を超える保有株についても10%から12.5%とする施策を明らかにした。先物・オプション取引の課税率も上げる方針だ。

また債券取引への規制導入も海外投資家の懸念を誘っている。インド準備銀行(RBI、中央銀行)は7月末に海外投資家が流動性の高い主要な国債を売買可能とした制度を見直し、新発14年国債と30年債を対象から除外すると発表した。先進国並みに自由に世界から資金を集めてきたインドの市場環境の大きな変化は、世界の投資家を惑わしてお金がインドから逃げている印象さえする。

インドは一例にすぎないと思われる。世界の大手投資家が懸念するのは「新興国にありがちな不透明なルール変更や企業統治」への不安だ。特にインドは懸念を誘う。政治的には西側に与しているし、将来の民主主義市場大国の観測もあっただけに期待されたが、今は世界の投資家がインドに少し逡巡している。

more money coming to U.S.

投資の世界は非常に短期間でトレンドを変える。しかし今の筆者の見立ては、やはりニューヨークを中心とする米国のマーケットに「総量として入ってきている資金の量が増えているのではないか」というというものだ。株も上がる、金も上がる、そしてビットコインも上がるという大きな資金のフローは、世界の稼働資金が総量として急激には増えないという前提に立てば、「これら市場にあちこちから移動してきている」と考えるのが自然だ。

中国やインドが今は世界の投資資金を集める環境にないことは説明したが、実は欧大陸の国々も環境は良くない。例えばフランスやドイツなど欧州の主要国のマーケットを見ると、この10日ほどに大きな下げに見舞われている。欧州中央銀行(ECB)はFRB(米連邦準備理事会)に比較して「利下げ」に積極的で、株には有利。しかし「ドイツを中心に欧大陸諸国は景気が良くない」という事情がまずある。ドイツ経済の基幹は自動車産業。その不振は明らかだ。工場閉鎖やストが警告されている。

北朝鮮のロシア派兵、特にクルスク州でのロシア加担も世界の投資家には不安となっている。ロシアとウクライナの地域紛争が、北朝鮮のロシア支援の派兵によって「悪しき拡大」に向かっている強い兆候がある。北朝鮮が軍隊派遣によってロシア支援開始となった今、欧州諸国がウクライナに兵士を送る可能性が出てきた。少なくともその議論は既に欧州で起きている。それは欧大陸に投資している向きには不安だろう。地理的に近い。例えドーバー(狭い海峡)でも海に隔てられている英国は違う。

中国に加えてインドの投資環境悪化、さらには欧大陸のきな臭い環境は、それらの地域以外への投資資金移動を促すものだ。筆者はその大部分のマネーが米国に集まっており、一部は日本にも来ていると見る。

大きな枠組み

「米国は大丈夫なのか」と疑問に思う方も多いだろう。実は筆者もこの大国には懸念がある。「分断」はあまり好きな言葉ではないが、少なくともトランプ元大統領は「相手に対する容赦ない攻撃」をウリにし、米国の分断を煽っている。そのトランプ氏が好きな米国人が4割近くいるというのも事実だ。そういう意味では米国もシェイキー(揺れ動いている)な国だ。

しかし他の国と決定的に違う点がある。それは共和党のトランプ(4年限定)、民主党のハリス(2期目があれば8年)のどちらが大統領になろうとも、世界中から集まる投資資金に厳しい規制をかけるようなことはせず、「資本の移動の自由」は守るだろうという点だ。なぜなら、それは米国の利益になるからだ。国民の半数以上が株式などを保有している米国では、「株高」は基本的に善だ。加えて

  1. 人材の移動が容易で、資金調達環境も他の国より整備されている
  2. 世界中から優秀な技術者が集まり、実際に有望な企業が育っている
  3. 投資対象も多様で、世界でも格付けが高い有価証券も多い

というのが重要なポイントだ。つまり起業・投資環境が良い。世界を見渡しても米国は投資をする人間にとって相対的に安心でき、期待が持てる国だ。それは他の諸国・地域とは決定的に違う。多分、ユーラシア対立から離れている日本も、投資をして安心な国の仲間だ。

今のマーケットには他の要素も作用している。米国に資金が入っている(と考えられる)割には債券相場が下げて、指標10年債の利回りは一時よりはかなり高い。キーワードは「no landing」だと思う。つまり「着地しない、飛び続ける米国経済」。ハードにしろ、ソフトにしろ、今までは米国経済は着地(landing)を想定していた。

しかし、米国経済は案外に強い。長期金利の上昇はその反映だ。堅調な消費(GDPの7割を占める)を背景に成長率は比較的高く、大きな減少が予想された雇用も「どっこい強い」状態が続いている。それは毎回の経済指標によっていつでも心証変化しうる。今後も何度か検証されるだろう。しかし11月に予想される0.25%の利下げ(FOMC開催は7,8)に関しても、「見送りでも驚かない」との観測が出ている。

混沌とした訴訟合戦となって、投票(11月5日)が終わっても勝者が確定するまで相当時間(例えば1カ月)がかかってもおかしくない米大統領選挙。その帰趨(きすう)も気にかかる。しかし今の米国のマーケットには、それらの点を超える世界的な側面支援ファクターが存在しているようにも見える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。