金融そもそも講座

動き出した中国株――どう見るべきか

第366回 メインビジュアル

中国株価の動きが急だ。代表的指数である上海総合指数で見ると、9月中旬過ぎまでほぼ3年間に渡って基調的に下げ続けて2700前後だった。しかしそこから突如急騰に転じて、直近の高値は3670台(10月初旬)。つまり指数はポイントで見て1000弱、%にして37%も上昇した。一連の金融・経済措置(後述)を反映したものだ。しかしその後は一転して不安定な動きとなっている。

中国経済の全体的状況は、よく報じられているように厳しい。不動産不況は深刻化の一途で、改善の確たる兆しはまだ見えない。成長率は低く、なによりも若者の失業率が非常に高い。地方政府の財政は土地使用権の売却で潤っていたのが、最近は悪化の一途。国の財政も苦しい状態で、財政措置を打ち出す余裕も少なくなっていると見られている。希望を失った人間による殺傷事件なども多発。

その中での株価急騰。それは過去に見ない足早なものだった。エネルギーをためていたようにも見えた。しかし国内投資家を中心にしばらくは踊ってみたものの、「持続性は?」と誰もが考え始めたのが今の状況。日本でもいくつかの証券会社が個人の買える投信を売っていて、ポシションをお持ちの方もいるかもしれない。それもあるが、とにかく隣の大国で起きていることなので、何が起きているかを取り上げておきたい。株価急騰を誘った措置がどんなものだったのか、そしてマーケットが息切れしたときに中国政府が打ち出す可能性のある次なる措置はどんなものか。

筆者はある国への投資で非常に重要なのは、その国の予測可能性だと考える。お金を長く置くにに値するかどうか。それも考えてみたい。

中国版バズーカ?

中国の大規模金融・市場刺激措置の発表は9月の下旬から始まった。まず24日に国務院新聞弁公室は、中国人民銀行の潘功勝行長による「質の高い経済発展に向けた金融支援に関する解説」と名付けた記者会見を開催し、次の3点の金融政策を発表した。

  1. 預金準備率と政策金利の引き下げ
    預金準備率の0.50ポイント引き下げ。金融市場へ長期流動性約1兆元(約20兆円、1元=約20円)を供給。2024年内に市場の流動性の状況を見つつ、さらに0.25~0.50ポイントの預金準備率引き下げを行う(景気全般対策)
  2. 住宅ローン金利の引き下げと住宅ローン頭金比率の調整
    商業銀行での既存の住宅ローン金利を新規融資金利近くまで引き下げるよう誘導。1軒目と2軒目の住宅ローンの最低頭金比率を統一し、全国一律で2軒目の住宅ローンの最低頭金比率を現行の25%から15%に引き下げる(不動産不況対策)
  3. 安定した株式市場の発展を支援するための新たな金融政策ツールの創設
    金融機関の資金調達力と株式保有力の強化のため適格証券、ファンド、保険会社が資産担保を通じて中央銀行から流動性を獲得できるスワップファシリティーの創設。また、株式買い戻しや株式保有増を目的としたリファイナンス、銀行が上場企業や主要株主への貸し出しを提供することを誘導する政策ツールの創設(株式市場対策)

これらの措置と会わせ中国政府は、「政府系ファンド、中国投資(CIC)傘下の中央匯金投資(匯金)による上場投資信託(ETF)などの保有増」「新たな政府系ファンド組成も検討」「機関投資家による株式投資や企業の自社株買い資金の調達を支援」「企業のM&A(合併・買収)を推進する新たな施策を近く発表」「主要な商業銀行の中核的自己資本(普通株式等Tier1資本)を増強」――などの株価対策を打ち出した。

これだけメニューをそろえられたら、マーケットは当然反応せざるを得ない。何せ2021年末のコロナ期からずっと低迷していた中国市場だ。国内投資家は不動産の損を取り戻すチャンス到来とばかりに、ドッとお金を株式市場に注ぎ込んだ。それ故の指数の37%の上昇である。中国株を組み込んだ投信は品薄からその何倍も上がったものもあるとされる。一連の措置については、一部では「中国版バズーカ」との表現も使われた。その後一連の措置は時間を置きながらそれぞれ実施に移されているようだ。

急騰、その後は不安定

一連の措置発表の段階でマーケットに「意外」と受け取られたのは、その規模感だ。預金準備率の引き下げなどは、過去にも何回かに分けて実施されていた。しかしそれは、「経済の低迷や株式市場の不振を、当局は一応気にはしているのだな」と市場関係者が推測できる程度のものだった。本気度は伝わってこなかったのだ。

しかし9月下旬からの一連の措置は、措置そのものが多岐であり、かつ多分野にわたった。「いよいよ中国当局も景気の悪さと、それを象徴する株価の持続的低迷に本気で対処せざるを得なくなった」と判断せざるを得なかった。なにせ「株式市場の発展を支援するための新たな金融政策ツールの創設」といった語句まで見える。復古的社会主義の色彩を強める習近平政権にも「まだ資本主義的措置を実施する意図が残っているのか」と思わせるものだった。

多分それは習近平政権の国内経済政策の行き詰まりとも関係している。同政権には「本当に経済が分かる閣僚は誰もいない」というのは有名な話。実際に経済や雇用情勢の悪化も、政権としてあまり気にしていないのではないかとの見方もあった。しかし今や経済の悪化、マーケットの低調さは「共産党の統治の正統性」を問われかねない政治問題になりつつある。「動き始めざるを得なくなった」とも受け取れた。

「統治の正統性」とは、「共産党が中国を治めてくれているから、中国は発展し、人民が豊かになれている」というもの。いってみれば、中国共産党と中国人民の暗黙の了解のようなものだ。しかしそれは最近危ういものとなっている。

中南米経由で米国に亡命する中国人は増え、若者には職を探せずに諦める人が増え、さらに日本人も被害を受けた「絶望した人々の犯罪」も増えてきた。共産党の指導部もさすがに不動産不況、中国経済の悪化、それに伴う社会不安の増大を懸念せざるを得なかったのだ。そうした背景で政府や中銀が本気になったんだったら、「株はとりあえず買いだ」と中国の投資家は思った。

長期には疑念

それから約2週間後の10月の初旬から、中国マーケットの雲行きは急に不安定になった。下げる日も多くなり、筆者がこの原稿を書いている10月中旬現在では上海総合指数で3200前後。だから急騰と同時に買った人はまだプラスの状態だが、高値3674.40からは大幅に下げた。

なぜ持続的上昇、気の長い上昇につながる気配が見えないのか。一つには余りにも足早に上がったことだ。それは誰が見ても、「うっぷんを溜め込みすぎた故の爆騰」に見えた。そんな状態が続くわけがないから、自然に調整したとの見方。

しかしもっと重要なのは、不動産不況、人々の購買力低下による需要不足、雇用環境の悪化、地方政府の財政状態の悪化、成長率の鈍化など「中国経済が抱える構造的な問題」を解決に導くには、今回の一連の措置では力不足との見方の台頭だ。経済が本当に強くなる兆しがあれば、株価は将来を反映する形で持続的に上がる。しかし今はその状態ではなさそうだ。

市場での根深い先行き懸念には、「当局の本気度」をまだ信じ切れていない点が1つ。通常経済を活気づけるためには金融措置に加えて財政面(基本的には支出増)での措置が必要だ。しかし今までのところ目立った「財政措置」は取られていない。背景は地方政府を含めた中国の政府機構全体の財政状況の悪化。胡錦濤が2008年11月に打ち出した「4兆元の経済対策」のような大規模な財政出動はなかなか難しい状況だ。思い返せば、あれこそ「バズーカ砲」だった。4兆元は当時の中国のGDPの十数パーセントに相当した。

中国当局は「マーケットの息切れ」を予想して、今後何らかの財政措置を今後打ち出す可能性がある。それには注目だ。日本でもそうだが、当局は「マーケットに負ける」ことを世にさらすことは好まない。一定の期間は「勝ち」を演出しなければならない。「中銀と喧嘩するな」とか「当局を甘く見てはいけない」というのは、どの国でも同じだ。中銀を含む当局の習性を考えれば、「アップダウンはあっても、今回も上げ相場はしばらく続く」と考えることは可能だ。

しかし筆者はその可能性を認識した上で、①最後は自分(習近平)の権威を最上位に置く抑圧的国家体制 ②アリババとそのトップにかけた桎梏(しっこく)のように、企業に対しても成長抑制的な今の中国の反企業風土 ③「国家の安全」を第一として、スパイ取り締まりなどの措置の外国企業への敷衍(ふえん) ④それによる外国企業の対中投資抑制姿勢 ⑤米国や西側との厳しい理念的対立による断絶や、一部国際取引への制限――など多くの問題を指摘せざるを得ない。これはまた取り上げる。

故に現在の中国株の大きな動きに興味を持っている方々には、次の言葉を贈りたい。「Enjoy the party but dance close to the door(パーティーを楽しみなさい。しかし出口の近くでね)」。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。