相場激変時にどう行動し、何を見るべきか
第361回2回前の原稿で「相場はいつでもターン(方向転換)することがあるので慢心は避けなければならない」と書いたが、そのターンが8月早々のマーケットを大きく襲った。
大前提だった「米国経済はソフトランディングの見通し」という想定に、7月の米雇用統計が大きな疑問を投げかけた。加えて、これまで慎重居士を貫いていた日銀の植田総裁が、多分自分の4月の記者会見での発言が「円安大幅進行」のトリガーになったことへの反省もあり、また各方面からの「円安是正を含意した金融政策運営」への要請を受ける形で、大方の予想外の利上げ(0.25%への)を行った。そしてさらに、「状況次第では今後も利上げを継続」と、市場に暗に円安是正を迫ったからだ。筆者にはそれは「植田総裁の変節」と映った。
運もなかった。この2つが時間を置かずに相前後して起きた。世界の中銀各行が利下げに舵(かじ)を切る中での日銀の利上げ継続姿勢の鮮明化。その直後の「米国のリセッション入り」をも予感させる弱い雇用統計。そもそも日米とも相場水準が比較的割高環境でのこの2つの出来事の相乗効果で、日米に限らず株価は世界的に大きく調整した。
その後、日米を中心に株価は大きな反発局面も示現したが、夏枯れの薄いマーケットの中で神経質な展開。今回は久しぶりのマーケット大変動なので、こうした時に「投資家としてどう対処すべきか」「混乱の中では何を一番見るべきか」などに関して、今回の教訓を踏まえつつも書いてみたい。
まず%で考えよう
8月の最初の数日間の株式市場に関しては、時におどろおどろしい言葉使われた。「ブラックマンデー時を上回る過去最大の下げ」は暗い表現の極地だった。一方で「過去最大の上げ」もあった。
相場とは長く付き合ってきたが、「ブラック」と付く相場急変は、その時の社会情勢と共に良く覚えている。強烈なのだ。発生直後には「この世も終わりか」といった雰囲気になる。メディアが騒ぎ、そして株価が目に見えて下げる。「ブラック」という単語は小売業界には良いが、マーケットには緊急時を意味する。
その最たるものが「ブラックマンデー」。1987年に起きた。まだ日経平均が2万円台の時の話だ。その時の下げ幅は3836円。率にして14.9%と15%近くだった。私はその時銀行のディーリング・ルームにいて、そのすさまじさをよく覚えている。夜もニューヨークの市場を見守ったものだ。
今回もっとも日経平均が動いた日は5日で、一日の下げは4451円だった。しかしメディアが一斉に「過去最大の下げ」と報じ始めたとき、筆者は「ちょっと待ってよ」と思った。数字は確かにブラックマンデー時を上回っている。3836対4451。しかし前者は日経平均が2万円台で発生しているが、後者は3万円台。日頃「分母に対して何%の上げ下げか」で考える癖が付いていて、iPhoneでマーケットの上げ下げを数字にしたり%にしたり(ワンタッチで切り替わります)している。そんな私にとっては、「過去最大の下げ」という表現は違和感があった。
株価にはその時代その時代の大台がある。私がニューヨークに居た1970年代の後半はニューヨークのダウ工業株30種平均は1000ドルに乗ったり落ちたりの繰り返し。「株は死んだ」と言われた時代だ。そんな時代もあるのだから、絶対値で上げ下げを語るのは実は無謀だ。その時の200ドルの下げは20%の下げだが、今は200ドルの上下も普通に見られる。
今の日本の株価は3万円台。2万円台だったブラックマンデー時とは違う。実際に4451円の下げも分母に対しての下げ幅は12%台で13%に届いていなかった。多分これからも株価の分母は上がる。経済が発展するということはそういうことだ。多分新聞社の取材を受けた専門家は%で考えて、「ブラックマンデー時には達していません」とも付け加えているはずだ。しかし新聞社やテレビ局はそれを報じない。「素人には分かりにくい」というのが理由だろう。
しかし上げ下げの数字だけで報道するのは正しくない。報道も%での上げ下げを付け加えるべきだ。その付言だけで投資家はかなり冷静になれる。だからこのコラムを毎回読んでいる方には、「ぜひ%で考えましょう」と提案したい。それによって今起きていることを冷静に理解できる。
命金に手を....
次に感じたことは、ポジションに余裕を持つことの重要性だ。相場格言に「命金に手をつけるな」というのがある。株式投資は余裕資金でやるべきだと説く格言だ。日々の生活費、マイホームのための頭金、子どものための教育費、老後の生活資金を投じるのは絶対駄目。心に焦りが生まれる。新NISA(少額投資非課税制度)が政府推奨で登場するようになったが、今回見ても分かる通り株は時にすさまじい動きを示す。
余裕資金の投資なら、「今は下がっているが、この動きはしばらくすれば落ち着く。そしてまた上げ相場になるだろう」と余裕を持った運用が出来る。今回の相場激変は、もちろん高速取引などコンピューター由来の取引の増加という面もあるが、世界的に株取引の経験の浅い人が多かったからかもしれないと考えている。焦ってしまったのだ。「多少の動きでも狼狽(ろうばい)しないお金」での運用ということが重要だ。
筆者は「上げて良し 下げて良しの 株価かな」というフレーズが最近お気に入りだ。余裕を持って運用していれば、あの4451円の下げ局面で「これは行きすぎ」と考えて買いの手を入れることが出来る。実際に私の何人かの友人はそうした。株価が大きく下げても、それは「end of the world(世界の終わり)」ではない。世界の人々の生活は続き、株価が表象する企業の活動も続く。だから下がった局面でこそ思い切って買いの手を入れるのは合理的な投資行動だ。
「結構上がったな」と思える局面での「売る勇気」も重要だ。私の好きな言葉は、「鯛(たい)の頭と尻尾は市場にくれてやる」だ。鯛の頭は「兜(かぶと)焼き」「兜煮」にするととってもうまいので「(捨てるなんて)冗談じゃない」と思う人もいるだろう。私もそうだ。しかし相場的には「鯛の頭と尻尾を見限る勇気」は必要だ。タイムマシンに乗って見ない限り、誰も相場の天井で売り、底値で買うことはできない。
VIX指数の動きを見る
今回改めて思ったのは、日経平均やダウ指数の上げ下げを数字や%で見るのと同じくらい、VIX指数を見るのが必要だと思った。VIXは「恐怖指数」とも呼ばれる。シカゴ・オプション取引所(CBOE)がS&P500種株価指数を対象とするオプション取引の満期30日のインプライド・ボラティリティを元に算出しており、1993年より公表。VIXは今後30日間のS&P500の予想変動範囲を表現している指数で、「今後を見ている」というのが重要だ。
実際に自分のスマホでいつも簡単に見られるようにしよう。iPhoneだと株価のところで右上の「3・」を押し、「ウォッチリストを編集」に渡り、出てきた検索窓に「vix」と入れて、それをリストに追加すれば良い。私の場合だと、ニューヨークの代表的な3指数、その下にラッセル、そしてVIX指数を入れている。つまり「常に監視」の指数だ。さらに言うと、エヌビディアやアルファベット、アップルなどのハイテク銘柄はその下だ。各指数や株価の上げ下げの数字は、どちらかと言えば「結果」だ。しかしVIXは本来「今後30日間の相場動向予想」の面があるので、「VIXがいくつで終わったのか、どういう展開で引け味(ベクトル)はどうか」は重要だ。
一般的に市場が落ち着いているかどうかの目安は20と言われる。筆者が原稿を書いている時点の同指数は26.49だ。20を上回っているが、8月の頭には60を超えていたから、それに比べればかなり「落ち着き」の方向を向いている。株価で「落ち着き」とは、経済や企業の成長につれて株価がゆっくりと上がることを意味する。結構見ていて飽きない数字だ。読者の方々も少し注目してほしい。