金融そもそも講座

大きく動き始めた市場―今後の展望と付き合い方

第359回 メインビジュアル

「日本を含めて再びマーケットが世界的にも動意を見せ始めている」(前回寄稿文の冒頭部分)との筆者の見方は、本サイトでリリース前後に日米の株価が高値追いに入り、指数も大きく動いたことである程度裏付けられたと思う。相場はいつでもターン(方向転換)することがあるので慢心は避けなければならないが、大きな枠組みから考えれば、日米中心に総じて強い基調が当面続くと考えるのが妥当だ。

理由は ①米国経済にソフトランディングの兆しが強い ②その中でFRB(米連邦準備理事会)は慎重かつ間隔を置きながらではあるが、ゆっくりと秋口から利下げを行う可能性が強い ③世界のマネーが景気悪化の中国(とその関連市場)や政治不安の欧州を忌避する中で、日米印などの一部市場に集まっている ④世界の各市場で「資産」としての株価価値を高める努力(国や企業、取引所による)が進展しており、それを受けて世界中の投資家のお金が株式市場に向かっている――などが背景。

今回の株価上昇にはいくつかの大きな特徴がある。それは ①資金をもっぱら集める新興セクター(生成AI)が存在し、それが大きなけん引車になっている ②それに引っ張られ、少し遅れる形で循環的に資金が回り、市場全体が上げに転じている――ことだ。だから日本の市場を見ても、局面局面では「指数(日経平均株価など)が大きく上がっているのに、自分の持ち株は下げている」などの状況が生まれ、「どうして」と思う人が出てくる。

しかしマーケットや経済は複雑に全部つながっているから、一つのセクターだけが上げ続けると言うことはない。米国の市場を見てもそうだ。時間の経過の中で資金は循環的に動く。投資をしている人間としては歯がゆい局面もある。多分それは当面続く。それに対する筆者の考え方も後半で書こうと思う。

世界には「懸念すべき事」は多い。ウクライナやガザでの戦争行為は当面終わりそうもないし、中国の止まらない経済活動の鈍化は心配だ。米国経済にも鈍化の兆しが見える。しかし経済は複雑で、だから原油価格はあまり高くならずに、欧州や米国でインフレ率が下がってきているとも言える。時に鳥瞰(ちょうかん)し、時に近視的に分析し、そして多様な角度から市場に視線を送ることが必要だ。

米、急がずに利下げへ

FRBのパウエル議長は7月の上旬に米議会で証言し、その後議員達の質問に対応した。その際の最も重要な発言は「holding interest rates too high for too long could jeopardize economic growth」(あまりにも長く、あまりにも高い金利を維持すれば、それは経済の成長を危険にさらす)というものだった。国民の代表を集めた議会での証言であることを勘案しても、筆者は「おや」と思った。なぜなら彼の今まで発言(FOMC米連邦公開市場委員会後の記者会見など)のトーンと逆に聞こえたからだ。

今まではむしろ「利下げを考えるのは時期尚早」というニュアンスだった。しかし今回はポイントの置き方において大きく方向転換したように聞こえた。議員からは「金利高もあって自分の選挙区では住宅が大きな問題となっている」という発言が数多く出たが、パウエル議長はそれを事前に予測してこの表現を使ったようにも思えた。

しかし彼は同時に「物価上昇率の低下と雇用情勢の減速を考慮すればインフレだけがリスクではない」とも述べて、FRBとしての関心事項を「物価上昇に加えての景気」の両にらみにしたことを明確にした。この一連のパウエル証言のマーケット的理解は「年内に1回、ないし2回の利下げ」というもの。この間の事情は10日の日本経済新聞朝刊(都内最終版)一面トップ記事(「強まる楽観 日米株最高値〜米利下げを市場確信」)に詳しい。

もっとも常々「データ次第」を強調しているパウエル議長も、「秋には利下げが出来る」と確信しているわけではないと思う。時間の経過の中でその可能性が高まってきたと議員たちに述べたと言うことだろう。消費が少し落ち、雇用情勢にもそこそこの緩みが出てきている中で、「高金利の長期持続は経済に打撃」という視点から「そろそろ利下げ着手が妥当かな」と考えているのが実情だと思う。

市場はそれを「利下げのサイン」と確信したし、筆者もそう思う。ただし筆者は「FRBが利下げするにしても慎重に、急がずに間隔を空けながら」だと思っている。

How far ,How long ?

その前提に立てば、これからの日米を中心とする株式市場の関心は「どのようなペースで?どの程度の上値を目標に?調整はあるとして、どの段階でどの程度?」などに移行することになる。この文章を書いている時点(日本時間11日朝)で、ニューヨークのS&P500株価指数は5600の水準を突破して、大きく上値を追った。それまで数日間上値を追えないでいたダウ工業株30種平均も実に430ドル近く上昇した。

以前ニューヨークの株の軸は「金利が上がるか下がるか、下がるとすればいつ下がるか」だと書いた。しかし今、残っていた「利上げ」の可能性はすっかり消えた。パウエル議長も議会で「その可能性は小さい」と言った。それに加えて最初に紹介した「高金利の過度な長期化を警戒」発言をしたわけで、市場はそれに大いに安心した状態だ。確実なのはFRBの次の一手は「利下げ」だと言うこと。ただしFRB内のタカ派の納得を得られるまで時間が必要と考えれば、利下げは「秋口(9月)」が自然だ。

FRBのカレンダーで見ると9月のFOMCは17日、18日の両日。18日に声明が出て、その後パウエル議長の記者会見となっている。もし市場の観測通りに今の5.25〜5.50%から最初の0.25%利下げが9月行われるとしたら、それは今から約2カ月後ということになる。それはそれほど先ではない。

それまでは「米国には急速に伸びる成長産業が多い」という基礎的要因もあり、米国株は上値トライとなる可能性が高い。それを足早に織り込みすぎてその後調整となる危険性も高いが(特に金利低下を織り込み過ぎるケース)、少なくとも筆者は当面はそうした展開予想を立てている。

過ごし方は?

そこで問題となるのは、市場参加者として現状のマーケットとどう付き合うのかだ。投資家は一人一人置かれた状況が違い、投資の狙いも様々。短期売買(デイトレードを含む)に喜びを感じるという人もいれば、「10年後に2倍になっていてくれたらうれしい」という人も居る。それはそれぞれの投資家の考え方次第だ。しかし今のマーケットを支配的に動かしているのは期間損益のある機関投資家(オイルマネーを含む)であり、彼らの考え方をしっかり押さえておいた方が良いのは確かだ。

「指数(日経平均株価など)が大きく上がっているのに、自分の持ち株は今下げている」問題は、最近多くの友人から聞く。確かに生成AI関連(半導体関連を含む)の株価の上げ足が速いので、その他業種の有名銘柄を中心に持っている人が自分の持ち株の不調を見て愕然(がくぜん)とすることはあるだろう。指数の上げを見て小型株に狙いを定めている人もがっかりすることが多いかもしれない。今は世界的に大型株中心の市場だ。株式投資で主な生計を立てている私の友人(小型株中心の運用)も、「辛い。結局一番上げているのはヘッジ的にやっている指数連動型投資」と述べていた。

言うまでもなく、目ざとく「これから上がる株」を見付けるのは至難の業だ。だから「オマハの賢人」と呼ばれるバフェット氏は「限られた銘柄で、自分が理解できる範囲で成長すると思われる株を長く持つ」という哲学を変えていない。筆者も基本的にはその考え方に賛成だ。株取引にはコストが伴う。昔よりかなり安くなったが、それでも売り買いに伴うコストは積み重なるとバカにならない。「それは構わない」という人はいいが、長い目で投資している人には勧めない。

重要なのは、経済が比較的良く、当該企業や業種が時代の要請にあった社会的価値の高いビジネスをしているのなら、市場の資金は循環的にそうした企業、業種にも回ってくるということだ。例えば仕事が忙しくて10年以上前に1000万円を米国の好きな投信に入れてその後何もしなかったら、昨年に見たら4倍になっていたという話を友人に聞いた。

日米とも株価指数が上値を追っているのを見ると、様々な形での指数連動型投資も良いように思う。指数を作成している企業は、時代の要請に合った企業を随時入れ替えているので、一つの不祥事で株価の下落余地のある個々の銘柄よりも安定しているかもしれない。こうした銘柄・投資選択肢の話は始めれば切りがない。またにしよう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。