金融そもそも講座

世界のマーケットに動意―各所で変化の兆し

第358回 メインビジュアル

しばらく日本を取り上げていたので、米国を中心に世界に目を向けようと思う。というのは、日本を含めて再びマーケットが世界的にも動意を見せ始めているからだ。

米国についてはお伝えしてきている通り「間隔を空けて高値更新」状態が続いているが、最近では「指数間の資金キャッチボール」の状態も生まれている。生成AI(人工知能)関連が買われた後は一旦売られて、その資金が成長銘柄、大型銘柄市場に移る。それの反復といった展開だ。弱い規則性をもって起きているので、動きを読めている人には良いマーケットのはずだ。

日本株にもやや動意が見える。今までの「円高でも円安でも動けず、上値は重い」と言う状態から、相場環境を素直に反映する動きが出てきて、高値追いのトレンドも見える。これには色々な要因が考えられるが、米債運用に関して大きな損失を出した金融機関の「益出しの日本株ETF売り」が一巡したという説に筆者は一番納得している。

どこかのマーケットで大きな穴が開くと、それを穴埋めしようと利益の出せる市場で一時的に売りが増える。これまでもよく見られた現象だ。もちろん市場での資金の動きが外部から全部見えるわけではないので分からない面もあるが、その手の売りが一巡したら、マーケットも本来の形に戻って動意を帯びるケースも多い。

欧州は欧州中央銀行(ECB)、スイスなどが全体的に利下げに転じているので市場環境は良いが、政治情勢が不安だ。特にフランスの国民議会(下院)選挙の結果は、今後の同国の内政・外交姿勢に大きく影響する。英国も選挙控えであり、成長産業(生成AI)を抱える米国のようにはいかない。今回の原稿では円相場の行方に関しても少し展望してみたい。

弱点散見も強い米景気

世界の主要マーケットを見ると、やはり強いのは米国だ。引き続き「間隔を空けて高値更新状態」が続いているし、最近では指数構成銘柄間の資金のキャッチボールも目立つ。これは単一銘柄、単一業種が高値を追い続ける状態よりは好ましい。資金が市場全体に行き渡る状態が続いていると言える。資金が株式市場以外に出ないというのがポイント。

世界の株式市場の中でとりわけ米国株が活況な理由については、以下の理由が挙げられる。

  • ①同国は世界の中で最も資本を置き続けられる状態(政治体制、法制度、社会理念など)の国であり、資金移動の自由も保障されているし、マーケットの規模も大きく売買が容易
  • ②何よりも世界経済を引っ張る成長産業(生成AIなど)のメッカであり、新興企業が起き、それが成長できる環境があるし、それを担保する資金確保は比較的容易だし、人材の移動も自由だ
  • ③よって世界中から資金が集まりやすくなっていて、それがまた米国での起業・企業成長を促している。本社機能も英語国である米国に置いた方が、世界的に商売がしやすい

などの背景があるためだ。落ちたとは言っても、米国経済はほとんどの主要国より成長率が高い。

しかしその米国経済も急激な金融引き締めとその後の長期金利高止まりの中で、弱含む側面も見せ始めている。値上がり一方だった物価にも変化の兆しが。マクドナルドなどお手軽レストランが大分安値メニューに力を入れ始めたし、小売売上高などにも消費減退の影が見え始めている。新型コロナウイルス給付金は既にかなりの家庭で消失したと言われる中で、米国の家計も消費余力は一部でかなり落ちてきているとも見える。

「金利」「エヌビディア」離れ?

しかし米国の物価が目に見えて下落し、それがFRB(米連邦準備理事会)の政策金利引き下げにつながる動きにはなっていない。米国市場では「もしかしたら利下げは近い?」という観測のすぐ後に「やっぱり年内はないかも」といった見方が出るなど、金利見通しに一喜一憂の状態が続いていた。その中で利下げ観測中に「間隔を空けた高値更新」が続いているというのが最近の特徴だった。

筆者の見方は従来一貫している。それは「米国の今回のインフレは相当に粘着的だ」というもの。まず賃金に大きな下方圧力が出ていない。一部では下がっているが、求人の数は多く、多くの職種で「より優秀な人を高い賃金で」という動きが続いている。家賃もそれほど下がっていない。米国では強い成長産業・企業が多く、それが雇用と高い賃金を下支えている。

「利下げは尚早」という見方は米国の金融当局者の間でも主流の考え方のようだ。例えば6月下旬にワシントンの会合で演説したFRBのミシェル・ボウマン理事は「The time is not right yet to start lowering interest rates, adding she would be open to raising if inflation doesn't pull back.」(いまだ金利を引き下げるに適切な時期には至っておらず、もしインフレが沈静化しないなら金利の引き上げも選択肢だ)とさえ述べた。つまり米当局者の頭の中には、マーケットが忘れたいと思っている利上げが依然として「選択肢の中」なのだ。

彼女は加えて、「次々に発表される経済統計によってインフレが目標である2%に向けて持続的に低下しているなら、金融政策が過度に景気抑制的になるのを防ぐためにFF金利をゆっくり(gradually)と引き下げる時がいつか来るだろう。しかし我々はまだ政策金利引き下げが適切だと言える地点に到達していない」と述べた。

さらにボウマン理事は、「米国のインフレ率は下がってきたと言っても、我々が注視している物価指標でも3%をやや下回ったぐらいだ(目標には遠い)。まだまだインフレ率を押し上げる数々のリスクが存在する。インフレ抑制の歩みが滞り、さらには逆回転したら、今の政策金利(5.25〜5.50%)を引き上げるのに躊躇(ちゅうちょ)しない」とも述べている。

注目されるのは、この一連の発言がことさら株式市場に影響を与えたと言うことがなかったと言うことだ。仮に2カ月前にこの発言をマーケットが聞かされたら、株価は全体的に大きく下げていたはずだ。しかし今回影響は軽微で、株価は下値硬直性を示した。もしかしたら米市場は「年内利下げはもともと可能性薄。もしあったらラッキー」くらいに考え始めているかもしれない。ある意味の「金利」離れ。

もう一つ言うと、米エヌビディアの株価のアップダウンを中心に動いていたナスダック総合株価指数も、やや目を他社にも移している兆しが見える。エヌビディアのGPU(画像処理半導体)は生成AI市場で8割のシェアを持つので圧倒的だが、他社も動きを速めているし、司法省もエヌビディアの独占ぶりを問題視して調査を開始した。まだ明確ではないが、エヌビディア(の上げ下げ)をあまり気にしないナスダックの動きも出てきた。ある意味の「エヌビディア」離れかもしれない。

ドルは、基調強い

東京の市場にも変化の兆しが出てきている。この原稿を書いている時点で日経平均株価は4万円の大台にかなり接近している。今までは3万9000円に接近すると下げていたので、ETF(上場投資信託)にまとまった売りが出ていた状態から少し変化の兆しが見える。日本経済の弱さは変わっていないし、日銀が今後の金融政策で「narrow pass」(狭き道)を余儀なくされるのは見えているが、筆者は注目すべき動きだと思っている。

為替に関しては、相変わらずドル・円の水準が注目で、様々な意見が出ている。この原稿を書いている時点でドル・円は160円台の後半。マスコミは38年ぶりとか騒いでいる。今後については、「当局の介入があっても効果は一時的。基本的にドルは強い」というのが筆者の考え方だ。

触れたように、米国の金利が年内は高止まりすることを前提にすると、円高に向かう力はドル高の基調的圧力(金利の高いところにお金が流れるという)になかなか勝てないと考える。日銀はどう考えても、市場が驚くほどの足早な国内金利の引き上げにはなかなか踏み切れない、と思う。米国の金利が下がらない中で、日銀が自在には日本の国内金利を引き上げられないと考えるなら、ドルの基調的強さは変わらない。

円高になっても円安になっても、当局やマスコミは「投機筋の動きで……」と言ったり書いたりする。しかし筆者はこの表現が陳腐だと考えている。もちろんマーケットには投機があり、それは良い潤滑油になっているケースが多い。しかし普通の投資家(機関を含めて)が資金のより良い置き場を探すのは当然の動きであり、その際に「金利」(利回り)を大きなファクターとするのは当たり前だ。

「投機のせいで円安」と言う言い方をする時は、その裏で「政策は悪くない」と言っているように聞こえる。メディアもその表現を便利に使うと、問題の本質から遠くなる。筆者は過去数回の原稿で、「日本に基本的な成長戦略、改革意欲がないことが問題」と指摘してきた。円の変動が起きる度に「投機」のせいにするのは、もうやめた方が良い。

原稿執筆時点で160円台に突入した円相場を「投機」と判断して日本の当局が介入したとして、その後どうなるか。筆者は下がったドル買いへの需要は膨大なものになると考える。実はドル以外の通貨、ユーロ、ポンド、スイス・フランなどに対しても円は著しく安い。一方でドルはほぼ全ての通貨に対して強い。それが望ましい状況だとは思わないが、ドル・円だけを「投機」だと問題視して貴重な外貨を介入に使うのは賢明とも思えない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。