金融そもそも講座

強さを見せ始めた日本経済

第349回 メインビジュアル

前回に続き米国の株価と大統領選挙の話を書こうと思ったが、昨年からテーマとしている「日本株、強基調の展開か」(2023年12月半ば)の検証とマーケットの現状について今回は取り上げたい。新しい少額投資非課税制度(NISA)を始めた方も多いと思うので、筆者が重要と考える“視点”をいくつか提供しようと思う。

2024年も始まって1カ月半だが、筆者が今日本経済に持っている素直な印象は、「活気づいてきた」というものだ。むろん日本経済全体、業界ごと、そして企業ごとの問題は多い。しかし問題を抱えているのはどこの国の経済・業界・企業も同じで、マーケット的には「経済活動活発化に寄与する動きが、どこの国、どこの業界・企業でより可能性高く起きているか」が重要だ。資金は可能性の高い方に集まるし、それを見抜ければ投資家としても良い結果が得られる。

筆者が「(日本経済が)活気づいてきた、動き始めた」と感じるいくつか例を挙げれば、上向いてきた企業業績、引きも切らずに日本を大勢で訪れ続けているインバウンド、KDDIのローソンへの50%出資、台湾の半導体受託メーカー台湾積体電路製造(TSMC)のソニー、トヨタなども巻き込んでの熊本第二工場建設計画発表、そして虎ノ門ヒルズのステーション・タワーや麻布台ヒルズなど次々に立ち上がってくる東京の新しい大規模商業施設など。

正直言って「少しノってきた」という印象なのだ。むろん、いけいけだったバブル期とは違う控えめな、疑念を残した“ノリ”だが、その分だけ長持ちする気配もある。

上向く日本の企業業績

まず企業業績。2月8日の日経には「製造業の稼ぐ力改善 4〜12月2割増益、米で車や機械好調」という記事がある。前日までに業績を発表した日本の製造業285社の業績を集計したもので、その結果は「上場する製造業の2023年4〜12月期の純利益は前年同期から2割増え、同期間として2年ぶりの増益となった」としている。

具体的には、「7日時点の純利益合計は12兆2094億円と前年同期比21%増えた。新型コロナウイルス禍からの反動で急回復した21年4〜12月期(98%増)を除けば、17年4〜12月期以来(44%増)の高水準となる」ということで、実質的には6年ぶりの大幅増益となっている。これは低業績・低位株価に悩んできた日本企業、それに日本市場にとっては朗報だろう。

日経は「米で車や機械好調」とその背景を指摘しているが、筆者は日本企業にも「値上げしていいんだ」という空気感が醸成されたことが、日本企業の業績アップに大きく寄与していると思っている。コロナ禍後の世界的なインフレの中で「値上げ」が当たり前になったことで、企業が動きやすい環境が作り出されていると思う。それは日本では製造業ばかりでなく、衣料、食品、レストラン業など実に幅広い業種で見られる。

一番環境改善が進むのは日本の主力輸出業界である車だ。日経は「牽引(けんいん)したのは自動車だ。半導体不足が解消され生産が回復している。自動車・部品の利益は95%増の4兆5465億円と、製造業全体の約4割を占めた」と指摘している。3月期の業績大幅上方修正を発表したトヨタが2月に入ってからの日本市場の牽引役になっているのは、よく知られている。

世界的に萎えるEV礼賛

同社を含めて日本の車業界の業績は今後も良いだろう。世界的に「車の電気自動車(EV)化」がここ10年位の世界的トレンドだった。二酸化炭素削減にはEV化が必要だという考え方が根底にあった。それには日本政府も同じような考え方に立った。

自分で言うのはなんだが、筆者は典型的な日本人的アーリー・アダプター(他の人に先んじて機器を購入する)だ。最新機器全般に言えるが、MIRAIはトヨタが発表した際に購入を決め、個人としては非常に早い段階で購入した。結局6年近く乗った。とっても乗り心地、運転しやすい良い車で家族も大喜びだったが、結局最後まで「距離の不安」から逃れることが出来なかった。燃焼素材の水素がタンクからなくなれば、ただの鉄の塊だ。水素ステーションは期待したほど増えなかった。最後までロングに走れる車を手放せる確信は持てずに2台持ちを続けた。

6年後に150万円で中古車業者に売った。メーカーは「MIRAIの中古車市場がない」と言って、引き取りを渋った。新しいモノを買うのはリスクが伴う。今EVを買っている人は大部分が重い電池を積載し、それから動力源の電力をもらって走るEVを使っている。スマホと同じリチウムイオン電池が多い。しかしスマホと一緒で、この電池は熱すぎても、寒すぎても機能が著しく落ちる。

今年の北半球を襲った寒波は、欧州でも中国でも米国でも報告されている。その中でEVが陥った苦境はよく知られるようになった。零下30度を超えるような極寒の中では電池の放電が早く、車が予想したよりもすぐに動けなくなるのだ。「冬場にEVを使うのは危険」という認識が海外では急速に広まっている。EVは車両重量も重く車体損傷が早い上に、中古車市場も非常に不安定とされる。

この問題はまた別稿で詳しく書きたいが、世界的に「EV神話」の崩壊が始まっている。米レンタカー会社のハーツは「EV2万台の売却」を決定した。見直されているのはバイブリッド、プラグインハイブリッド車(PHV)型の車だ。この分野で日本メーカーが強いのは言うまでもない。筆者もMIRAIを買う前はプリウスに乗っていた。

動き始めた日本企業

日本経済の柱である車業界への順風以上に筆者が注目しているのは、相変わらずの「古い名前」で出場しているものの、日本の企業の動きが一部で素早く、予想外な形で展開し始めたことだ。断っておくが「一部」で、大部分の日本企業の意思決定は海外企業がいらいらするほどまだ遅い。しかしそれが「変化し始めたかな」と思わせる動きも出てきている。

KDDIのローソンへの50%出資は、当事者自身も「何を生み出せるか」について確信が持てないでいるようだ。しかし筆者はKDDIでさえも人口減少が進み、デジタル化、人工知能(AI)化で産業の壁がますます薄くなる中で、「何かを生み出さないと企業自身が生き残ってはいけない」という心理状態になったのは非常に重要だと思う。「5年前ではあり得なかった」日本企業間の組み合わせが今後生まれ、それが日本経済を活性化させる可能性がある。

日々のニュースを丹念に追っていると、「一億を切る人口の母国市場」を超えた事業展開を企業が練っているのが良く分かる。一つは海外への進出であり、もう一つは業種の壁を越えてデジタル、AIでつながり、当該企業の業容を拡大することの必要性だ。戦後日本が到達した「1億2800万の人口を抱えるマーケット」はそもそも大きくはなかったが、それも既に消えつつある。

そこで勝ちさえすれば残れる環境はもうない。企業価値を高め、様々な形で事業転換しなければ、後々経営者の存在価値が問われる。日本企業は動かざるを得なくなっているのだ。その典型は、政治的リスクを承知した上での日本製鉄のUSスチール買収合意だろう。

幸い日本に来るインバウンドの数は引きも切らない。テイラー・スウィフトのコンサートに行った人に聞いたら、「アリーナ席はほぼ中国語を話す人だった」と言っていた。残念な気もするが、それだけインバウンドが雪やおいしい食事、温泉ばかりでなく狙いを定めて日本に来ているということだ。香港でプレーしなかったメッシも、日本ではプレーした。マーケットとしても日本はまだ大きい。

筆者はバブルの頃のことも、その頃のマーケットもよく知っている。当時はマーケットも「いけいけ」だった。しかし今のマーケットは日本(企業、日本人)が変わらざるを得ない中で比較的静かに起きている。中国政府は、株式市場を監督する証券監督管理委員会(証監会)でトップを務める易会満主席(59)を解任した。日本と対照的に急激な株価下落に見舞われている責任を問われたと思われている。日本には当面その懸念はない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。