金融そもそも講座

中国、ゼロコロナ政策転換4

第321回 メインビジュアル

今回の中国特集の最終回、4回目。「一連の政策転換によって中国経済には成長路線回復への光も見えてきた。しかしその前途は不安に満ちている」という現状を説明し、最後に先週最後に約束した「台湾について、実は中国に対する反撃ポイントもある」という点について触れたい。

習近平一強体制ができ上がったばかりの中国が、ここに来て防疫体制の「合理化」「適正化」と称して、今までずっと(2年半)維持してきた厳しいゼロコロナ政策を大幅に転換・緩和している。北京や上海のレストランにも客の姿が見えるようになった。

転換はなぜ? 経済の成長軌道の維持から考えれば持続不可な政策だったということが一番大きいが、近代中国でもごくまれにしか起きていない「市民の反乱」があり、「このままでは共産党の独裁体制も危うい」という判断があったと思われる。

ではマーケットが「歓迎一色」になったかというと、そうではない。これもなぜか。それはウイルスには弾圧も、懐柔も機能しないからだ。地方において治療体制が脆弱な中国は、まだまだコロナ対策に苦労する。それが見えている。すぐに楽観的にはなれないのだ。

しかしマーケット的には、中国政府が敗北を認めて方針転換したことは歓迎できる。また「独裁体制も市民の大きな反発、実際の行動には底流マグマの大きさによってひるまざるを得ない」という事実も残った。

「合理化」「適正化」という名の政策放棄

あれだけ「ゼロコロナ政策の堅持」を繰り返し述べてきた割には、中国政府の動きは素早かった。「公共交通機関を利用するときはPCR検査による陰性証明」といった義務の一部都市での解除などを皮切りに、この原稿を書いている時点で「集団隔離期間の短縮、自宅隔離の容認」などに進み、さらに「レストランなどでの食事許容」に進んでいる。

なぜそんなに急ぎ緩和策を打ち出したのか。それは経済面で見れば、移動制限が経済に深刻な打撃を与えていることへの焦りだ。人やモノの流れを少しずつ正常化させ需要を回復させなければ、「自由の放棄と引き換えに経済の成長と所得の増加を与える」という共産党と国民の間の、一種の中国的社会契約が危うくなったのだ。

ゼロコロナ政策継続では経済成長目標が達成できないばかりか、11月末に上海、北京、武漢などで広がった市民の抵抗、共産党・習近平忌避の動きが強まる可能性があった。緩和の大方針を決めたのは、12月6日の共産党中央政治局会議。7日に正式に緩和策を公表した。

この会議の決定事項を見ても、ゼロコロナ政策を「合理化」「適正化」しなければ、景気が停滞するとの危機感がにじむ。「重大な経済金融リスクを未然に防ぎ取り除かなければいけない」と強調。これまで重大リスク(ゼロコロナ政策の)は「金融のみ」を指摘してきたが、今回は「経済」も加えた。中国では若年労働者の失業率が20%近くに上っているとの見方もあり、今後の同国経済、それに治安維持への警戒感が台頭していた。それらの悪化を懸念したと思われる。

ウイルスは政府の思惑では動かず

しかしウイルスは中国政府の思う通りには動いてくれない。多分。それは日本を含めて世界各国が直面してきた事態だ。中国に取り付いたコロナウイルスだけが急におとなしくなるわけがない。一番の懸念は、急に方針を大転換したことで感染者が急増する可能性だ。その場合は、今度は共産党の方針転換(規制緩和への)に批判が高まる。そのかじ取りは難しい。

ウイルス対策で中国が抱える課題、つまり「地方の医療体制が脆弱」「国民の間でオミクロン対応のワクチン接種が進んでいない」という事実は残ったまま。14億の人口を抱える広大な中国では、地方当局のさじ加減で対策が各地方バラバラという事態も予想される。

マーケットの反応は実は冷淡だった。上海の株などは当初下げた。米国や西側の経済が「不況突入の可能性」を指摘されていることもあったが、中国の企業も消費者も「先行き」への不安が強く、マーケットとしてもそれを無視できなかったからだ。季節もあって、恐らく感染者は増加する。そうでなくても、中国の感染者数は同国としては高い水準を続けたままだ。

感染がまた増えたときに中国政府がどのような対策を打ち出すのか。それはまだこれからの問題だ。医療体制が整っていない地方では「街丸ごと隔離」の方針がまた出るかもしれないし、家の狭い都会では「自宅隔離」のリスクは消えない。だからインタビューを受けた中国の人々は、「歓迎、しかし不安はある」との判断で、それは西側諸国の経験からも十分にうなずける。

台湾の反撃ポイント

世界で一番懸念されていた中国でまずは光明が見えてきた一方で、世界には依然として大きな問題が残る。ウクライナがロシア深部でドローンによって攻撃開始したことは、大きな懸念材料だ。プーチン大統領は、「(ロシアの)核は防衛目的でしか使わない。しかし核使用の可能性は高まっている」と述べている。「核は使ったらロシアは一気に有利になるのか」という問題はここでも取り上げてきた。「ノー」だが、マーケットがどう反応するかは不明だ。

次回から取り上げる欧米での景気情勢を巡る不安も強まっている。米国経済は一部で顕著に弱くなっている。しかし肝心の雇用が非常に強い。賃金は依然として上がっている業種が多い。FRB(米連邦準備理事会)のターミナルレート(金利引き上げの到達地点)はかなり高いし先になるとの見方が広がる。

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今回のシリーズでは台湾問題を取り上げてきた。中国が台湾に軍事的に介入する可能性だ。習近平のレガシー作りの側面。しかしプーチンがウクライナで出はなをくじかれたように、台湾にも対中国でカードはいくつかある。中国の台湾侵攻を考える上で記憶しておいてほしいポイントだ。

  • 1.台湾から中国の首都・北京は極めて近い。中国の侵攻が苛烈なものになれば、台湾は北京や上海など中国の主要都市をミサイルなどで攻撃することが可能だ。台湾に抑止力はある
  • 2.米国は台湾に武器(軍用機などの部品を含む)供与しているばかりでなく、台湾と武器の共同生産の方針を明らかにしている。これは時間の経過が中国にとっても決して有利でないことを示す(ウクライナにおいて米国の武器は対ロシアで非常に効果的だった)
  • 3.かねてその安全性への懸念が指摘されてきた三峡ダム(南京や上海の上流に位置する)を台湾は攻撃対象に選ぶことができる。その場合、中国経済は大打撃を受ける

台湾の半導体メーカー各社は、半導体の製造工場の海外移転も進めており、「もしも」の時の台湾の態勢は整いつつある。いずれにせよ、中国が市民の反発もあってゼロコロナ政策を実質的に放棄に追い込まれたことは重要で、今後その点に関しても機会があったら書きたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。