金融そもそも講座

厳しくなる歪み-大きく変わった中国情勢3

第320回 メインビジュアル

中国特集の続きをお届けする。今回はより大きな視点から、「中国という名の国」ばかりでなく「中華という経済圏」をどう考えたら良いのかに関して書こうと思う。また半導体供給に関して先行きが懸念される台湾について、実は中国本土に対する反撃ポイントもあるという点について触れたい。

「中国」というと私たちは自然とお隣の、人口の異常に多い異形の国(共産党の一党独裁という意味で)を考える。しかし中国に華僑などを含む「中華圏」(“中華圏”とは漢民族の文化的特色が支配的な地域の総称)は、東南アジア各国を含めて大きく広がる。その総人口は17億人に接近する可能性もある。“中国”を特殊限定的に「習近平率いる中国」としてのみ考える事は、恐らく経済的には正しくない。

米国と中国の間には一部で「経済と技術交流での分断」が発生していることは確かだ。しかし実は貿易関係を見るとまだ非常に関係は深いし、それは続くだろう。「分断」という単語ほどには米中経済は乖離(かいり)していない。それに加えて、筆者は投資家としてより広い視点で「中華経済圏」に着目する必要を感じる。

体制、軋むが揺るがず

先週も書いた「歪む経済」に関して。最新ニュースは、台湾・鴻海精密工業の中国河南省鄭州工場での労働争議だ。同工場ではつい先月にコロナ関連で従業員の集団脱出騒ぎがあったが、今回は労働争議。労働者が棒を振り回して監視カメラや窓を破壊する様子が動画共有アプリ「快手」でライブ配信された。

同工場は我々も日々使っているiPhoneを作っている。相次ぐ争議で「供給に支障が生ずる可能性がある」と伝えられている。今回の争議は会社側のボーナスの支払い延期計画や、敷地内で新型コロナウイルスに感染した従業員と新入社員(集団脱走の社員を補完)が一緒に生活させられているとの報道に関わるもの。

今の同工場の問題は政府の厳しいゼロコロナ政策が直接的な原因ではない。しかし中国を代表する工場での相次ぐ争議は、中国の「投資適格国の地位」に大きな疑問を投げかける。中国政府も批判を受けて、外国人の入国に関わる隔離期間を短縮などしているが、依然「長すぎる」との批判が絶えない。

「中国」が抱える問題は深刻だ。来年春に李克強首相が次の首相(李強が本命視されている)に代わるまでは今のゼロコロナ政策は基本的には変わらないだろう。中国という国の経済成長率も低いままだと考えられる。しかし習近平政権は3期目を始めたばかりで、その体制がすぐに揺らぐことはまずないと思われる。

カネ持ちの中国逃亡

ただし筆者が非常に注目している現象がある。それは裕福で消費する力が強い中国の富裕層が、かなりのペースで母国を後にしているとの報道だ。英フィナンシャル・タイムズなど数多くの海外メディアが報道しているし、様々な人に聞いてもそれは本当らしい。理由は前2回で取り上げた中国の大きな政策転換だ。

貧しかった中国に富裕層が生まれたのは、中国が鄧小平の改革開放政策で経済成長率を高め、様々なビジネスチャンスを国内で育んできたからだ。IT(情報技術)産業には一時の米国のシリコンバレーをほうふつとさせるような競争と創造、それに熱狂が生まれ、10億人を超える大きな国内マーケットを背景にすさまじい富を生み出して、中国の一部の人達は世界でも例が無いほど急激に豊かになった。

しかしその「改革開放政策」は、ここに来て党の基本文書からも登場が著しく減少し、「鄧小平隠し」が進行しつつある。また毛沢東時代を想起させるような「共同富裕」の大きな政策スローガンの下で、豊かさで目立つことは国内ではあまり推奨されない。

というより、いつ政治の矛先が自分達に向くか分からない。今は「習近平の権威に並んではならない」程度だが、国内政治状況では理由を付けられて実質的な「社会的抹殺」をくらう可能性がある。富裕層の焦燥は推して知るべしだ。

そこで「資産の一部か家族の一部を海外に」というのが、多くの中国富裕層の静かなる望みになっている。実際に様々な方法で家族・自身、それに所有する富の海外への持ち出しを行っていると言われる。最近の人民元安の一つの背景は、こうした富裕層の人民元売り・外貨買いにあるとされる。

大中華圏

中国からひそかに出るヒト、モノ、カネを吸い込んでいるのが、メディアでも取り上げられ始めた「大中華圏」と言われる経済圏だ。華僑を中心に東南アジアは言うに及ばず世界中にネットワークを持つ中国人中心の経済圏。それは中国と強い紐帯(ちゅうたい)を持つ。華僑は今までもヒトと資金のつながりを中心に、世界で無視できない存在感を示してきた。その影響は中国という国の範疇(はんちゅう)を大きく超えている。

「大中華圏」が一体どのくらいの構成人員を持つかに関しては諸説ある。例えばインドネシアでさえ総人口の5%程度と言われる。インドネシアの人口は約2億8000万人。その5%と言えば1400万人。同国よりも人口に占める中国系がもっと大きい国は、東南アジアに多い。「大中華圏」としてくくれる人口は17億人になるとの見方もあるし、実際にはそれよりも多いかもしれない。

実は中国は世界最大人口国の地位をインドに奪われようとしている。実際には既にインドの方が中国より大きい人口を抱える国になっている可能性がある。しかし「中国」を経済単位としての「大中華圏」の一部と考えると、中国圏人口(消費者)はすこぶる大きい。

今中国からの富裕層が中国国外に出ても、それは「大中華圏」の中での移動だ。そして中国国外に出た資金は、自由に動ける。その購買力たるやすさまじいものだろう。日本の企業として、また投資家として、そこに厳然と存在する大きな経済圏や消費者を無視できるわけはない。

中国という国には多くの難しい問題がある。それは繰り返し書いてきた。しかし「大中華圏」でも「華僑ネットワーク」でも表現はどうでもいいが、この大きな経済圏とのつながりを切るべきではないし、そことのうまい付き合い方ができる企業は将来が期待できると考える。投資家として、「大中華圏」とうまく付き合える距離感を持つ企業を見付ける必要があると思う。

長くなってしまったので台湾の「中国に対する反撃能力」に関しては、次回かその後に取り上げたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。