金融そもそも講座

大きく変わった中国情勢

第318回 メインビジュアル

前回までの特集を続けている間に大きく変わったマーケット要因がある。それはウクライナではなく中国だ。この間に習近平総書記の3期目が確定し、しかも同氏の党内・国内での権力は人事面からも著しく増大した。そして台湾統一への意欲を強く前面に打ち出すようになり、さらにゼロコロナ政策の継続を強く示唆した。マーケットにとって大きな変化だ。中国は3回にわたってお伝えする。

筆者は10月22日から24日まで、「あと何回行けるかな? でもそうしてはいけない」という思いを頭の片隅に置きながら、台湾を訪問していた。回数を忘れるほど行っている台湾。この特殊な、日本に近い存在を取り巻く環境は刻々変わっているので、最新情報を交えながら文章を書きたい。

2019年9月中旬に香港を訪れた時には、「これが自由な香港を訪れる最後かもしれない」と考えて行き、本当にその通りになってしまった。今回の台湾はそこまでは考えなかった。あと3~4年は自由に行けるだろうと思う。しかし2027年に習近平が4期目を狙うであろう時期には、大きく情勢が動く危険性がある。

中国を巡る今の情勢は、同国国内経済状況、世界における中国の立ち位置、そしてこの大国に対する投資環境のいずれにおいても、「改革開放後の中国の歩みの中でも最も厳しい」と言える。その理由については今後2回にわたって説明する。

台湾の今

前回台湾を訪問したのは2019年の秋で、その前後には2018年にも。ともに仲間と一緒に行っているので、私はどう見ても「台湾大好き人間」だ。今回は台湾がコロナ対策で「三日間の入国隔離」をまだ実施している10月頭に計画。しかし世界的に規制緩和の流れがあるので、「台湾でも緩和される」との読みで事前にチケットを買ったら、10月13日に規制緩和の正式発表。隔離は撤廃され、自主規制に変更になった。読みが当たって良かった。

台湾といってもそれほど日本と風景が変わっているわけではない。同じような顔の人々が行き交っているし、漢字も読めるのでそれほど違和感はない。服装もやや違いが残るが、これには気象条件の差もある。日本語、英語をしゃべる人も結構いる。今回「歩道が凄く良くなった」と思った。台湾諸都市の歩道の凸凹は以前は特筆に値したが、今回は台北の、しかも中心部中心に動いたということもあったのだろうが、ほぼほぼバリアフリーが成っていた。オリンピックを開催できる。

台北101(台北ショッピングセンター)という一番高い商業ビルは瀟洒(しょうしゃ)で、なかなか迫力があった。89階建て。台北の街に凜(りん)として立っていた。古いビルにはエアコンの室外機がずらっと並び、それが「日本との大きな違い」と思ったが、やはり徐々に日本に近づいている印象がした。台北101の上空に中国軍機が大挙して出現することなどないようにと思いながら見ていた。

人々の生活ぶりは平穏だ。近くの公園では朝には様々なサークル運動が展開していた。太極拳もあれば、私が知らない武術のようなものを展開している一団もいた。公園中にそうしたグループが多数できる。日本の朝の運動と言えばNHKのラジオ体操第一と第二が90%以上なのと対照的だ。日本と同じで市内や公園の周りをジョギングする人は数多。その公園の近くにできた鼎泰豐の新店には、いつも大勢の人が並んでいた。

人々は「中国の脅しには屈しない」との雰囲気を醸し出していた。「半導体の世界的一大ロジ(生産・流通の)拠点。西側は我々の味方」というのも彼らの確信につながっている。実際に西側、ひいていえば世界経済における台湾の地位は高い。アフガニスタンの比ではない。しかし台湾を巡る情勢は、今回厳しさを増した。

権威欲しさに

なぜなら建国の父と呼ばれる毛沢東と並び、それを凌駕(りょうが)する地位に昇ろうとする習近平が、明らかにその権威付けの「一丁目一番地」に選んだと思われるのが「台湾統一」だからだ。米国、日本を初め世界中の国は「一つの中国」という中国の政策に同意してこの14億の人口を抱える国と外交関係を持っている。だから外交的解釈では台湾は中国の一部と思慮される。

しかし「実際には台湾は、中国本土の共産党一党独裁体制とは全く異なる民主主義体制を築いていて本土とは違うし、その地位は尊重されるべきで、ましてや中国は台湾を無理やり(武力)にその支配下に置くことには反対」という立場を多くの西側諸国が堅持する。つまり台湾の地位は非常に微妙なのだ。

習近平は、自分の経歴がこれまで台湾周りの本土の省担当が多かったこともあるが、何よりも自分の権威の数段引き上げの為に「台湾統一」を狙っている。中国本土国民の大部分も、武力行使は別として「台湾統一」は支持している。それを実現すれば、習近平は自らの権威を大きく引き上げられる。

ロシアのプーチン大統領はウクライナを自らの勢力下に引き戻そうと無謀な戦争(彼らの言う「特別軍事作戦」)に打って出た。その結果、西側諸国はロシアとの関係見直しを進めた。多くの西側企業がロシアから撤退し、半導体を含む多くの物資の対ロシア輸出規制に動き、国際的な決済システムからのロシア締め出しを行った。

影響は甚大

ロシアは経済規模としては米国のカリフォルニア州程度だと言われる。それでもロシアと西側の対立は世界的なインフレ(エネルギー価格の高騰などを背景として)を招いた。仮に中国が習近平の野望のもとに台湾に対して武力統一の実力行使に出た場合には、世界経済の環境は大きく変わる。よって投資環境には世界的な変化が起きる。それは間違いない。

人間は現状から思考をあまり飛躍させたくない存在だ。ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから「こんなことも起きるんだ」と世界の人々は気がついた。恐らく中国が武力侵攻を台湾に対して実施する直前まで、我々はそう考えるかもしれない。しかし「今は想像もできぬこと」は、しばしば振り返れば当然のように起きるものだ。

今後5年以内にも予想される中国の台湾統一の為の武力侵攻。むろん中国は今の台湾を無傷で欲しいはずだ。人々も、街も工場も。そのための努力はするだろう。中国との合体を望む勢力の育成だ。しかし香港の扱いを見た2400万人弱の台湾の人々が、共産党一党独裁下の中国との合体を望むとは思えない。「一国二制度」の幻想もうせただろう。

大陸から隔絶した島である台湾は、ロシアが対ウクライナで戦車を前面に立てたような戦略は取れない。しかし中国は軍隊の揚陸作戦装備の充実やその準備を着々と進めていると言われるし、今回の人事異動では軍のトップも「台湾侵攻シフト」になった。我々も頭の体操をしておいた方が良い。

中国が台湾に武力侵攻したとき、世界経済はどうなるのか、その時マーケットは、中国に進出している企業はどうすべきか、人民元はどうなるのか、日本の円は……と続く。今回は台湾を中心に書いたが、次回からは中国経済の視点から「習近平の3期目から」を考えたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。