金融そもそも講座

実際には何を…私のケース

第317回 メインビジュアル

「マーケットと“予想”との複雑な関係」の最終3回目。今回はどうしても抽象的になりがちな話なので、具体的に「私はこうしている」という話を書こうと思う。その中で、私の基本的な投資スタイルにも触れたい。

瞬時瞬時、またはデイリーに取引をされている方も多いと思う。また長期の方も。投資スタイルは実は投資家の数だけあって自然だと思っている。動かせる資金の量も違うし、その置かれた状況や投資に対する基本的な考え方も様々。

私は全ての組織から離れた距離にいてどちらかと言えば自由だが、今ついている職業や仕事内容から「株は投信しか買えない」という方も多いと思う。私はかねて株式を本来賢く運用できる多くの人が、どちらかと言えばやや過剰な縛りの中に置かれている日本の状況は残念だと思っている。

しかし株式市場が日本でも米国でも国民資産のかなりの部分を占めている現実は変わらないし、その健全さの維持とそれへの参加は、成熟した市民社会、伸びしろのある会社の支援、そして時代の要請に合わなくなった事業を継続している企業への警告役として、重要な役割を担っていると思っている。

株価至上主義は良くない。しかし健全で社会と人々のニーズに合った企業は市場を通じてきっちり評価され、一方では時代外れな企業が制裁を受けるシステムは重要。それを動かす全体的な情報、その流れも重要だと思っている。

「今週のマーケット」

具体的にいこう。世界中の多くで、株式市場は月曜日に取引を始める。まだ土曜日に株式取引をしている国もあるが、日曜日はおおむね休み。先物市場は一部で動いているが、取引は薄いし、週初めの世界の投資家の目は月曜日のニュージーランドであったり、東京市場(時差的に世界でも早い時間からスタート)の寄り付きに集まる。

日経新聞さんもそうだが、世界の多くにメディアは「今週のマーケット」といったタイトルの配信をする。それは多くは日曜日の朝だ。月曜日の当該週取引開始の前に、世界中の投資家が情報を欲するから、そのニーズを満たす必要がある。重要な事だ。

「今日これを読んで、または見て一週間の投資を考えて下さいね」という記事や映像が主だ。私も日経新聞のサイトで日曜日に今週の主な予定の紹介や解説をしている動画をチェックしている。映像だが、適当な長さで重宝している。

CNBCやロイターにもタイトルは様々だが、「今週のマーケットではこんなことが予想されて、どのような数字が発表され、誰が講演し、何が注目点か」といった記事が数多く流れる。それらを全部読む(または見る)必要はないが、二つか三つは見ておきたい。

なぜならそれは、「マーケットの一応のコンセンサスを頭に落とし込む」作業の一環だからだ。マーケットのコンセンサスがどこにあるかを認識しなければ、自分の考えとの違いやマーケットへの参加のとっかかりが難しくなる。これは是非必要だ。

頭を作った上で……

頭を作っておいて、個々の情報(例えば日銀の短観や米国の物価・雇用の統計)に接すれば、それがコンセンサスからどのくらい離れているか、マーケットが膝蓋(しつがい)反応的にどの程度反応するかを予測できるし、「その反応が予想通りか、それとも過剰か」が分かる。まず土台を作っておいて、その後を考えると言うことだ。

一つ一つの数字が、その後のマーケットの大きな動きを予測する上で重要だ。例えば今だと米国の卸売・消費者物価が高めに出たら、「米連邦準備理事会(FRB)の引き締め姿勢は相当長く続く」と予想できるし、マーケットはその方向で反応する。そしてその反応が自分の予想より強烈か、弱いかも判断できる。なので、今起きている事、次に起きることに関する「考え方の土台作り」は非常に重要だ。

多分瞬時瞬時に動く人、その日その日に取引を完結する人は、予想されたこと(数字や講演)に対する相場のリアクション具合の中で、鞘(さや)を取る作業をしているのだろう。「これは明らかに過剰反応」と思われる動きがポジション関係で起きるから、その逆を狙う短期ポジション造成は可能だ。勝つ確率も高いと思う。言ってみれば「hit and run」(runは逃げる的意味)だ。

私はそれをやっている時間的余裕がないので、それはやらない。私はもっとマーケットの大きなうねり、経済の変化の中での企業の盛衰を見たいタイプなので、やれば面白いと思うが、ほぼやらない。私は一般的な表現だと「長期投資家」だ。

長く見る……

どのくらい基本的に長期投資家か。例えば国や民族に強い興味があり、NHKの番組の関係もあって何度も行ったインド。2000年前後かな。あまりに興味があったので日本で「インド投信」(最初興味を持った時にはなかった)が出たときに少し買った。しかし買ったまま確か7年ほどなにもしなかった。値上がりしたとは思うが、もっているだけでインドに関する興味は高まったし、同国政府の政策に注意を払えた。

米国の投信(ハイテクなど)も一つ気に入って買ったが、それはほぼほぼ10年間何もしなかった。米国が利上げ局面に入ったので様子見にしようと思って売却し、今はそれをドル預金として残している。これからはどうか知らないが、その時の担当者が「なにもしない人が一番勝つんですよね」と。迷惑な客だったと思う(笑)。

つまり私にとって一つ一つの数字(雇用や物価など)や、パウエルFRB議長の講演、FOMC(米国連邦公開市場委員会)の声明と付属資料は、その時どうするかというよりは「時代の大きな流れ」を読むきっかけ。時代の流れの変化も、たった一つの事を端緒とするケースが多い。それを見逃すのはあまりにも残念だ。

新型コロナウイルスの世界的波及で凄く伸びたNetflixの株価。契約者の数が伸びたから当然だ。しかしコロナが世界的収束に向かったから、同社の株価は大きく下げた。それが何を意味するか考える。しかしその会社が日本でJRと共同して「黒い山手線」(期間限定)を走らせている。それは何を意味するのか、また考える。一つ一つの事象と情報に意味がある。そう考えている。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。