金融そもそも講座

海外投資の留意点

第288回

前回は「海外に資産を持つことの重要性」に触れた。なので今回は「そもそも講座」ということもあるし、海外に資産を置くことに関する筆者の基本的な考え方を紹介してみたい。考え方をまとめられない人も、実際にやってみようかどうしようか迷っている方も多いと思われるからだ。

海外への投資に関する具体的な方法、商品などに関しては、ネットを調べればいくらでも出てくる。既にブームなのだ。しかしその一方で海外投資に失敗したという人の数は、成功したという人の数よりはるかに多い気がする。何故か。むろん戦後に日本は基本的に「円高」なので、海外投資がそもそも難しかったという事情はある。

ただしそれだけではなく、多分基本的な考え方を頭で整理せずに、その時の勢いで投資してしまったり、故に焦って売り買いを繰り返してしまったり、場合によっては詐欺にあった方もいたかもしれない。情報を断片的に判断して安易に投資を行うのは危ない。

実は「投資」はいつでも難しいし、胆力や我慢がいる。海外投資には独特の難しさも伴う。刻々の動きに関する情報が、時差や言語の壁があって入手し難いこともある。なので短期の波に乗ろうとしても無理なケースが多い。やはり「何故海外に投資するのか」というしっかりした考え方(円以外の資産の保持)を持ち、それを我慢強く貫く必要がある。

一番重要な“流動性”

投資で一番重要なのは「流動性」だ。具体的には、買ったもの(金融商品など)は売れるという環境が整っていること。売れない物を買うのは「趣味」にすぎない。例えば自分が好きな絵画など。基本的にはビッド(買値)とオファー(売値)がいつも一定の、合理的な範囲(普通は狭い)で立っているものが対象となる。主要株、主要国債券などがそれに当たる。金など貴金属の一部もそうかもしれない。

海外投資では「流動性」がさらに重要だ。一番危ないのは、政情が安定せず、海外からの資金の安全性を守る市場経済の法的枠組みができていない国だ。法的安定性、市場経済の原則が国の法制度に貫かれており、政権が変わってもその原則が変わらない国が海外投資の対象となる。

多くの先進国や一部の途上国がそれに当たる。権威主義国家は危険だ。政権がいつ何時、何を言い出すか分からないからだ。最悪の海外投資は、その投資が当該国から接収されてしまうことだ。接収されなくても、政権の方針で経済や投資の枠組みが大きく変わる国も危ない。今の中国政府が進めているIT大手に対する締め付け政策は、中国の新興企業全般に対する投資の危険性を思い起こさせる。

税制も重要だ。戦後の大きな投資のうねりを見ると、税制の変更が世界の資金の流れを大きく変えてきたことが分かる。いくら投資がうまくいっても、その利益に大きな税金が掛かるのなら意味がない。英国もそうだが、欧州の古手の投資会社には「カントリー・リスク」を専門に分析する部門を持っている投資会社が多い。投資相手国の「国としてのリスク」(政情、政権転換の可能性、法律の大きな変更などなど)を考えるのは非常に重要だ。

それらは「流動性が突然絶える」ことのリスクを避けるための努力とも言える。繰り返すが、大きなくくりで「市場経済」「民主主義」の2つの原則を守ってきているし、今後もその原則を変えないだろうと思われる国が望ましい。世界の投資家はその筆頭を米国と考えてきているが故に、多くの資金をこの国に投資してきたし、今もそうだ。欧州の一部の国もそうだ。この事情は当面変わらないだろう。

豊富な情報

次に重要なのは情報だ。国内にいればほとんどの情報を慣れ親しんだ日本語で把握できる。しかし海外の情報となると、日本語以外が圧倒的に多い。筆者は米国に4年住んでいたので、英語の情報はそのまま理解できるので英語圏の金融情報の入手には苦労しない。過去の世界と市場を支配した国は英国だったり米国だったりなので、英語は世界中で使われ、時に本来は非英語圏の国であっても例えばインド(人口14億人)などは英語を公用語の1つとしている。英国が離脱しても、EU(欧州連合)の会合で一番使われるのは英語だ。

実際にネット化が進展した今の世界で流通する情報の「8割は英語」とも言われる。英語情報をいかに把握するかは、海外(の市場)で何が行われているかを知る最短手段だ。その点今はかなりの英語情報が日本語化されている。ウォール・ストリート・ジャーナルもブルームバーグもロイターもそのほとんどの記事を日本語で配信している。日本人も英語情報をそれほどの時差なく入手できる。

しかし筆者はドイツ語、中国語、フランス語を支障なく読める能力はない。なのでいつも「非英語圏の情報には弱いか、把握が遅れる」という意識を持っている。やはり現地の主要な新聞とかは現地語で読みたい。しかしそれができない。考えてみると、これらの情報も英語化された後に日本語されるケースもある。しかし量も少ないし、ややタイムラグがある。

考えてみると、筆者が過去に行ったインド投資も米国への投資も比較的情報を得やすかったという点が大きい。今は翻訳機能を持つサイトも多いので、かねてより日本語で情報を得られるチャンスは著しく増えた。その意味では海外投資のハードルは低くなったと言える。

海外情報、外国語情報に触れるもう一つのメリットは、「海外の見方」「海外投資家の見方」が分かるという点だ。同じ事象、例えば今だったら感染症としての新型コロナウイルスに関しても、日本と海外では大きく視点が違う。日本は連日「新規感染者」を大きく情報として流すが、海外では既に「重症患者の発生件数」を大きなポイントとしてみている。だから新規感染者が日本から見て桁外れに多くても、重症患者の推移の方を見て経済の正常化に政府が踏み切る。例えば英国。

これは世界経済の今後を見る上で非常に重要な点で、「日本の見方とは違う見方がある」と知っているだけで、マーケットの見方が違う。

余裕が重要

国内投資でもその側面が強いが、海外投資はより一段と余裕のある資金で自分が心理的にもマネジメントできる範囲で行うと言うことが必要だ。海外では突然政治情勢が大きく変わるケースがある。トランプ前大統領は米国という国の形を大きく変えた。マーケットには有利に働いたが、変化自体は大きかった。米国がそうなのだから、海外の我々がよく知らない国を投資対象とするには、なかなか難しい。頭の体操として、例えば「緑の党が政権をとったドイツはどうなる」は面白い問題意識だ。

重要なのは、投資の量だ。前回「全資産の2割は海外」と書いたが、分母をどこにおくかはそれぞれの人の判断だ。不動産を仮想的に現金化したりして、自分の全財産の2割を考える人もいるだろうし、金融資産の2割を海外投資に向ける人もいるかもしれない。筆者は「2割」を目安にしているが、もっと3割、4割を考える人もいるかもしれない。

「余裕を残す」がポイントだ。我々の日常では、暗号資産(仮想通貨)のビットコインなどを使わない限り、支払いの大部分は円だ。カードでもデジタルでも日本人はほとんど「円」で支払っている。給与も年金も家賃も投資収入も円で入ってくるので「心配ない」という人もいるかもしれないが、例えば交通事故や病気、家族の死など、いつ何が起きるか分からないため、「動かせる円資金」は確保しておくべきだ。その上での海外投資だ。

「余裕」は資金的にもだが、心理的にも重要だ。自分の財産のかなり大きな部分を投資、特に海外投資に回すと、それに心が奪われてしまう。それは自由な発想を阻害し、いわゆる「はまった、困った状態」に入り込む。あくまで投資、得意海外投資は余裕を持って行うべきだ。

最後になったが、やはり日本とは違った経済体質を持つ国を選ぶべきだろう。例えば米国。そのメリットについては前回書いた。途上国も良いかもしれない。日本と同じようなサイクルの国に投資をするなら、あまり意味がない。とにかく投資は「健全に自分の資産を増やすこと」が目的で、取引を繰り返したり自分の説にこだわりすぎで大きな損失を出すのは邪道だ。詐欺にも気を付けたい。その意味で海外投資は信頼できる証券会社を経由して、じっくり行うことを薦めたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。