金融そもそも講座

日本市場の負け癖

第287回

内外のマーケットを見ていて、とても気になることがある。それは日本市場の「負け癖」だ。海外(主にニューヨーク)高を見ても時に上がらず、上がっても長続きせずすぐ下げに転ずる。海外が下げた場合には写真相場以上に下げ幅を拡大して下げてみせる。だから私は最近の東京市場を「下方傾斜型の写真相場」と呼んでいる。

それは6カ月の株価指標チャートで海外市場と東京市場を見比べてみれば鮮明だ。どの市場もアップダウンがある。当然だ。マーケットなので揺れる。個々の銘柄の動きもそれぞれだ。しかしトレンドとして代表的指数で見れば、海外のほとんどの市場が右肩上がりになっている。

一番きれいな右肩上がりのトレンドを示しているのはSP500だ。日本のマスコミ報道では見落とされているが(ダウとNasdaqしか報じない。不思議だ)、ニューヨーク市場全体を一番良く表す指標だ。6カ月チャートでトレンドラインを引くと少し上方に出っ張ったところがあるが、おおむねきれいな上方トレンドを示している。

ところが東京市場の日経225は今年2月半ばからきれいに右肩下がりにトレンドラインを引ける。驚くべき乖離(かいり)だ。もちろん東京市場ならではの理由が多い。ワクチン接種が他の先進国より遅れているとか。しかしそれにしても「なぜ」と思うのは私だけではないだろう。

昔の名前

ワクチン接種の進捗具合とマーケットの関係については前回取り上げた。オリンピック開催が分かっていたにもかかわらず日本のワクチン接種が他の先進国より大幅に遅れたことは、はっきり言って政治と行政の“失敗”だ。感染者が増えたら対処できない手法であることが分かっていながら、「クラスター対策」に焦点を絞り過ぎた。もっとファイナル・ウエポン(最終武器)としてのワクチンに当初からフォーカスすべきだった。そのツケが今回ってきている。

しかし筆者は日本市場にはそれ以外にも根本的な欠陥がいくつかあると思っている。その第1は「昔の名前で出ている歌手(企業)」が多すぎることだ。なじみがあって安心感があるが、「その銘柄はもうポートフォリオに入ってる」というファンドマネジャーや個人投資家が大部分。海外の投資家もそうだろう。

それは当該銘柄の新規買い増しには限界がある事を意味する。ファンドは規約によって、「1社の保有株時価総額は全体の何%」といった保有制限があるところが多い。良い材料が出ても買い増し余地は限られる。個人投資家も基本的にはそうだ。1社の株だけで売り買いをする人もいる。しかし資産として株を保有する場合は、いくつかの株を組み合わせて持つのが普通だ。1社の突出(保有割合の)はバランスを崩す。

はっきり言えば「新顔」が欲しい。新規銘柄は「これだ」と思ったらファンドも個人も上限を気にせずに買いに回れる。押したら買い、また押したら買えばよい。ということは、新規銘柄はなかなか落ちにくい。人気のある新規株の動きを見ていると、大体そうした展開を示す。買うと決めたのは投資家自身だから、買い対象としての当該銘柄への信念はしばらく揺るがない。古い名前の歌手(企業)はファンドの前任者が好きだっただけかもしれない。つい入れ替えたくなる。

買い手不足

買い手不在も問題だ。日本企業の株保有者のトップ、そうでなくても上位に日銀が入るような状況は、「(当局以外の)買い手不足」だからこそと考えられる。株価を支えなければ日本経済を支えられず、流動性付与の一環として当局が株を買っている。その買いが続いている限りはマーケットの下支え要因になる。しかし買い終えたり、日銀資産圧縮の対象になるときには売り圧力となる。現状少なくとも「積極的に買う」という状況は去りつつある。

「買い手不足」って、日本には魅力的な企業はないのか? そんなことはない。いっぱい有る。例えばトヨタ自動車などは水素を使った駆動装置(燃料電池車や水素エンジン車など)では常に世界の先頭を走っているし、EV(電気自動車)でも電池を含めて極めて優れた技術・製品を持っている。だからこその株価1万円突破(一時)だ。しかし名前は古く、日本の投資家だったらトヨタ株を持っていない人を探す方が難しい。

テスラのように急激に出てきた企業の株価が伸びやすい理由は、読者の皆さんには既にお分かりだろう。投資家は真空地帯で当該株の今後への夢を膨らませながら買う。だから当該企業の現在の業績が同業既存企業よりもはるかに劣っていても、買い余地がある中で買い進まれる。そして時には「物言う株主」になりながら新興企業にはっぱをかける。それがまた企業を強くする。少なくとも当初は企業にとっても株価にとっても好回転が生ずるのだ。

繰り返すが、「(新興企業は)実績もないのに買われる」と不満げに言われるが、それは違う。定まった実績がないからこそ買われるのだ。

マーケットは一つ

筆者はポンドが1000円をはるかに超えていた時期からマーケットを見ている。今は152円前後(執筆時)だ。なのに英国人はへらへらと海外旅行を楽しんでいる。それはポンド建て以外の資産を持っていたからだ。それ以外にない。日本はずっと円高傾向で来た国だ。なので日本人がこれまであまり日本円以外の通貨資産を持ってこなかったのは自然だし、賢かった。

しかし筆者はずっと以前から「日本人もそろそろ全資産の2割はドルなど自国通貨以外で持つべきだ」という意見で、株関係の講演会でも言い続けてきた。私の友人では米国株をずっと持っている人に「資産が大きく増えた」という人が多い。円高傾向が消え、一方でニューヨークの株価が大幅上昇したからだ。

円高は日本経済に重荷とマスコミは報じる。しかしそれは輸出企業の立場だ。資産を保有する人間として円高は全く問題がない。少ない円でより多くの海外資産を買える。怖いのは円安で、それは自分が持っている資産の価値が国際的に低下することを意味する。多くの円支払いをしなくては海外旅行にも行けなくなる。

日本人は給与も賞与も、お小遣いも年金も、家賃収入も配当も日本円でもらっている。円資産はもう十分持っている。今後持つとしたら海外資産だ。それはドルかもしれないし、ユーロとかポンドかもしれない。仮想通貨も一つの候補にはなりそうだ。とにかく円表示以外の資産を持つことは必要だ。

断っておくが、株価展開から見ても魅力的な日本株はいっぱい有ある。私の友人には「知らないうちに日本株資産が1.5倍になった」という投資家も居る。チャンスはどこにでもあるが、資産を一定程度日本円以外に多様化することは、今後を生きる日本人にとってとっても必要かつ重要な事だと思っている。今後もあまり負担に感ずることなく海外旅行に行くために。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。