金融そもそも講座

激化する米中対立とマーケット

第280回

激化し、そして当面緩和の兆しが見えない中国と欧米諸国の対立。マーケットへの影響も出はじめた。日本経済新聞電子版は3月30日に有料会員限定で「米中対立、消費株にも影 衣料・日用品に不買圧力」というネット記事を掲載した。市場と米欧・中国対立の図式を的確に描いた良い記事だと思う。

筆者は現在の対立の核をなす中国の新疆ウイグル自治区には2012年に仲間と行った。シルクロード旅の一環で同自治区の主要都市ウルムチ、トルファンを経由し、ウズベキスタンのサマルカンドまで足を延ばした。その旅の印象を含めながら、同時にマーケットへの今後の影響を探りたい。

筆者の判断は、「個別銘柄では影響する。しかし既にかなり準備はできているのではないか」というものだ。西側諸国企業は「中国依存」の危険性に早い時期から気付いていたし、その準備もしてきている。ただし中国での需要の伸びが大きな企業もあって、結果的に中国ビジネスが拡大し、中国での「不買運動」の打撃を市場に読まれた企業もある。

筆者はハイテク分野を含めて西側と中国・ロシアなど権威主義国家の対立全体を楽観視はしてない。しかし今の段階ではマーケットの方向性を左右するほどではないと考える。

中国にとって枢要で危険-新疆

実はチベットもそうなのだが、新疆ウイグル自治区は今の共産党が支配する中国が決して手放せない地域だ。中国の地図を見ていただければよいが、この2つの地区(チベット、新疆ウイグル自治区)を合わせると、今の中国の国土全体の約3分の1を占める。分離独立の動きのあるこの2つの地域が中国を離れれば、中国の国土は驚くほど縮小する。

加えて新疆ウイグル自治区は中国のエネルギー供給にとって非常に重要な地区だ。車で移動すると分かるが、風と雨が少ない同地区には地下資源ばかりでなくグリーンエネルギーの重要な供給基地になっていることが分かる。道路沿いに延々と続く風車などが目に付く。面積も広大だし、そのポテンシャルも高いのだ。

そこは2000万人とも言われるウイグル族の住む地区だった。だから自治区になった。しかし今はチベットと同様に漢民族が大量に移住して、人口比はかなりウイグル族不利に傾いている。彼らが話す言葉はトルコ系で、新疆を案内してくれたウイグル族の若者は、「じっと聞いているとトルコの人達が話す言葉は分かる」と言っていた。

しかし観光バスのなかでも「誰が聞いているか分からないので、しゃべることには注意する」と言っていたし、「パスポートは持っていない」とも。ウイグル族の人々は当時から厳しく管理されていたのだ。それが一層厳しくなったのは2014年春にウルムチ南駅で発生した爆破事件。今の中国トップの習近平(シー・ジンピン)国家主席はこの時新疆ウイグル自治区の視察に来ており、爆破事件は彼が北京に戻る際に駅を利用する前後に起きた。「暗殺未遂」との見方が強いし、難を免れた習近平は「反政府の動きを徹底的に封じろ」と命じたとされる。

ひどい抑圧

中国政府による同自治区の住民に対する抑圧ぶりは、英BBCなど西側報道の通りだと思われる。王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は「ウソ」と言い回っているが、ウルムチを逃れた多くの住人がその苛烈さを証言している。人権に強い関心を持つ米国や欧州諸国がこの問題を取り上げない訳がない。

対する中国は国内ネットの力を使って西側企業に圧力をかけ始めた。特にスウェーデンの衣料品大手へネス・アンド・マウリッツ(H&M)への中国国内批判が高まっている。同社は中国で400店舗超を持つ。昨年「新疆ウイグル自治区に工場を持つ中国企業との取引を停止する」と発表したことが背景にあると見られる。「だったら中国で商売するな」という姿勢だ。3月24日にはアリババなどの中国国内ネット通販サイトでH&Mの商品が検索できなくなった。

先に紹介した日経のネット記事には、マーケットが先行きを危ぶむ日本企業としてファーストリテイリング、良品計画、アシックス、資生堂などの企業名を挙げているが、この記事は3月30日付なので、その後の各社の動きは自らチェックする必要がある。しかし「俺たちは大きなマーケットだぞ」というのは中国の対西側(企業)けん制の大きな柱だから、様々な手を使って西側諸国・企業に圧力をかけてくるだろう。

もっとも、中国がそうすれば西側諸国でも中国製品のイメージは大きく悪化する。そのリスクをどこまで中国が覚悟するかだ。多分無差別な西側企業攻撃はできない。中国企業が作れない品質の製品を誇る西側企業は多いからだ。国や企業に対する姿勢を短期間に変えるのも中国がよくやる手だ。中国は依然として海外依存の強い経済であることは西側全体にとっては優位だし、企業は今後もリスクを背負いながらも中国ビジネスを続けるだろう。中国は今後も資本と技術が欲しい。

察知していた西側企業

日本を含め西側諸国は「中国依存のリスク」を早くから察知していた。特に生産面ではそうで、筆者は2008年に当時のNHK衛星放送の「地球特派員2008『激変 ベトナム最前線〜チャイナ・プラスワン戦略を追う』」で生産基地を中国だけに依存するリスクを避けるためにベトナムに工場展開を進めている日本や韓国、それに台湾などの企業を現地取材した。その後「プラスワン」の対象国は従来のタイなどに加えてミャンマーなどにも拡大。

確かに中国は14億の人口を抱え、成長力も強いし、消費者の消費意欲も高い。西側諸国企業には魅力的なマーケットだし、日本企業を含めて売り上げベースで中国依存が高まった企業は多い。しかしこうした西側企業全体が「不買運動」の対象になるわけでないし、中国政府も国民の不満の高まりを避けるためにもそれは避けるだろう。いくつかの国や企業の「狙い撃ち」になる可能性が高い。その意味では世界のマーケット全体への欧米・中国対立激化の影響は限定的になると思われる。

狙い撃ちにされた企業の株価は、短期的には打撃を免れない。しかし中国による台湾産パイナップルの輸入停止措置がそうであったように、逆に西側諸国で当該企業・国への支援の声が高まる事も予想される。良いモノは誰でも買いたいので、中国国内での対欧米テンションの低下と共に事態は沈静化という事態も予想される。

それでもこの問題は長期的には大きいので、次回も取り上げたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。