金融そもそも講座

競い合いがもたらす結末

第281回

「世界経済に影を落とす米中対立」とか、それに類する表現がメディアで著しく増えている。しばしばそれは、「疑問を差し挟む余地がない」的な常識として使われることが多い。確かに我々は小学生の頃から「仲良くしなさい」「けんかは良くない」とずっと教わっているので、「米中対立」と聞いただけで少し心がダークになる。

しかし筆者は「(経済の視点、技術発展の視点から)本当にそうだろうか」と最近ずっと考えている。「そもそも」的に言うと、人間社会から対立とか競争とか競合が消え去ることはない。日本ではバイデン米大統領が中国を「最大の競合国(biggest competitor)」と見なしていると伝えられている。彼は正確には最初の外交演説で「最も深刻な脅威となりうる競争相手(most serious competitor)」と呼んだ。一方で中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は「中華民族復興」を唱える。双方に引く気配はない。

確かに米中が物理的に衝突するリスクはある。しかし米ソがそうであったように二大国のいさかいが「代理戦争のレベルで収まる」とするなら、現代における二大国の競争は二つの国による「膨大な資源の投下競争」「(世界の技術進歩を促す)科学・技術の競争」となる可能性が高い。それは世界経済にとって著しい刺激効果の側面を持つはずだ。

“天才少年”の確保

最近見たテレビ番組で一番面白かったのは、米国から見た中国内の目の敵(かたき)一番手会社の華為技術(ファーウェイ)が、自社に科された米国の各種制裁への打開策として数多くの「天才少年」の獲得に力を入れているというものだった。プログラム、ハッキング、数学、素材、ゲームなどとにかく著しく秀でた若者を高給で自社に入社させる努力をしている、というのだ。スマホの世界販売が落ち込むなど、同社を取り巻く環境は厳しい。しかし同社は成長を諦めずに、米国のIT大手凌駕(りょうが)を狙っている。

それは共産党が支配する中国という国の今の姿に重なる。なにせ「中華民族復興」が国民に約束したトップの夢なのだから、簡単に諦められる訳がない。米国を超えたいのだ。対する米国はどうか。バイデン大統領は3月末にこう述べている。「China has an overall goal ... to become the leading country in the world, the wealthiest country in the world, and the most powerful country in the world.」「That’s not going to happen on my watch because the United States is going to continue to grow.」

訳すと「中国は今、世界を指導(指揮)し、世界でもっとも豊かで、そして世界で最もパワフルな国になるという大きな目標を持っている」「しかし私の目が黒いうちはそうはならない。なぜなら米国は成長し続けているからだ」となる。「on my watch」は「私が大統領の間は」とも訳せるが、彼の視点はもっと長いだろう。かつ米国の政界全体が、「米国の前に中国が位置することは許さない」という総意を持っている。だから共和党から民主党に政権が代わっても対中政策の基本は変わらない。

ということは、今後世界の二大国の間で、資源(国家資金・人材など)の投下と科学・技術開発の二つの分野で熾烈(しれつ)な先陣争いが展開されることを意味する。それは世界の経済と技術にとって、実に大きな「刺激加速の方程式」が出来上がったことを意味する。

ポイントは台湾

急速に進んでいるのは、自国にとっての「インフラ構造」の見直しだ。例えば米国は設計を国内でしながら半導体のかなりの部分を台湾に生産委託している今の構造の脆弱性に気付いて、その見直しを進める。なぜなら中国は対外的には「台湾は中国の一部」と公言しており、台湾国内にも中国との一体化を主張する政治勢力があるからだ。

仮に中国が台湾に軍事侵攻し台湾の半導体工場を全て押さえたら米国のIT産業が被る打撃は計りしれない。米国の台湾擁護には政治理念からの問題もあるが、「半導体供給基地の確保」という視点もある。ではどうするか。当面は「中国の台湾支配を許さない」というスタンスであり、その先は「供給基地を日本など安全な同盟国に移したり、米国国内に持ってきたりする」ということだ。今の米国の台湾接近(アーミテージなど元政府高官の訪台)はその大きな方針に沿ったものだろう。つまり半導体一つを見ても、世界の設計・製造・販売の構図が米中対立の中で大きく変わるということだ。

中国にとっての弱みは輸出と食料だ。生産基地になり、その輸出で伸びてきた中国は、モノが海外で売れないと黒字を維持できない。なので習近平主席は「国内大循環を主体として、国内外の双循環が互いに促進する経済の新発展モデルを目指す」と表明した。狙いはサプライチェーンの強靭(きょうじん)化、消費の拡大、輸出の促進と考えられる。国内消費はある程度伸ばせるだろうが、「中国製品はもう要らない」と世界に思われては困る。対外イメージのある程度の維持が必要だ。新疆ウイグル自治区などで問題を抱える今の中国には課題だ。

また中国の食料自給率は70%にまで低下したと言われる。習近平主席は先頭に立って「食事を残さない」運動を展開している。過去の中国の食習慣を知る人間には驚きだ。中国の食料・飼料輸入はかなり米国に依存する。それは農産物の輸出先を維持したい米国の弱点でもあるが、最後は米国にとっての武器だ。

対中意識の財政投資

筆者が注目するのは米国の400兆円を越える財政投資だ。その半分を下回る額はコロナ禍関連で家計支援に回されたが、残る半分以上は「インフラ投資」とされる。しかし大きな視点としてあるのは「中国に追い越されないための投資」だ。従来の“インフラ”(橋、道路など)という言葉にはなじまないが、実は「半導体供給のインフラ整備」なども主体となっている。なにせ半導体不足が世界の自動車生産の制約要因になる時代だ。

これは金利さえ上がらなければ、株式市場には大きなプラス材料だ。なにせ国(米国)が全力を挙げて「中国との戦いのために財政支出をする」ということを意味するからだ。この支出によって売り上げが伸びる企業は多いだろうし、新技術開発や従来技術の革新に力を入れる企業は多いだろう。

残念な面もあるが、人類の歴史を見ると大国同士の対立、その最終形としての戦争は技術進歩に大いに寄与した。米国の宇宙開発と関連技術は、スプートニクショックに起因する。ロシアはその名前をワクチンにも使っている。勝利感が伝わる。その「大国同士の対立」が今人口14億の中国と、世界で指導的国家であり続けようとする米国の間で生じている。中国共産党も、成長がなければ国民から見捨てられる。

メディアで語られる「対立」には、確かに経済活動にマイナス面もある。しかしその一方で現実には世界の経済にとっての大きな刺激要因だという認識も必要だろう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。