バイデノミクスとマーケット
第274回何とも騒々しい年明けだ。世界中で新型コロナが猛威をふるって日本でも首都圏の1都3県に緊急事態宣言が発動された。世界でも、その変異株の拡大に伴い各種行動規制が強まっている。米国ではバイデン次期大統領の議会承認の最終手続きの最中に議事堂にトランプ支持の群衆が押しかけ、4人もの死者が出た。一方中国は香港の民主派に対する締め付けを強め、米中対立の行方は依然知れない。
株価はその中にあっても世界的に好調だが、米国の指標10年債の利回りが1.00%の水準をゆっくりと超えてくるなど、新たな流れも出ている。昨年最後の原稿で書いたが、米国の長期債利回りの上昇は要注意だ。もっとも世界的な中銀の緩和姿勢継続は変わらず、また日本を含めて世界各国政府は「営業規制強化に伴う財政支出の増額」を続けている。
1月6日にワシントンで起きた上述の騒動は、もしかしたら「トランプの時代」の終わりを意味するかもしれない。やったことがあまりにも「米国の規範」を逸脱していて、逆に米国共和党のトランプ離れを加速するだろう。それはまだマーケットとして織り込みが済んでいない「バイデノミクスの時代」の始まりを意味する。
特徴は二つ
まず、年明けのマーケットの特徴について。少なくとも二つある。「主役の交代」と「長期債利回りの上昇」だ。2020年の大部分の期間を通して、マーケットの主役はITを中心とする非接触型産業だった。「コロナ禍」の本質を考えれば至極当然だ。マーケットの動きもその性質に沿ったものだった。米NASDAQ指数の上昇は目覚ましかった。それに比べれば、伝統的・接触型企業の株価の上げは今ひとつだった。
しかし21年の年明けは、20年末から垣間見られた「出遅れ伝統株の逆襲」の継続で始まっている。それは比較的期間の短いチャート(例えば3カ月)を見れば一目瞭然だ。この伝統的・接触型銘柄の逆襲は「ワクチンの登場・普及(期待を含めて)とのセット」と考えればよく分かる。足元では、感染拡大で経済活動への制約は世界中で増えている。しかし日本を除く数多くの先進国や中進国で「ワクチンの接種」が始まったなかでは、「接種の進展で経済は元に戻る」との期待は高まって当然だ。
IT関連株価に天井感があるなかでは、当然資金は「ワクチンの接種拡大で業容が戻る」と期待できる伝統的・接触型企業群への期待につながる。実際に20年末からのマーケットで上げ潮を最も受けたのはそれら企業群と、その株価を束ねた株価指数だ。一時的ではあっても「主役交代」の印象もある。
政府の政策も主役交代を側面支援している。英国、ドイツそして日本と、各国は感染拡大に伴って規制を強化し、その中で財政出動の規模を拡大している。今回の日本がその良い例だ。「将来へのツケ」問題は頭にあるが、実際に議論している暇はない。政治家にとっても経済界にとっても「眼前の危機」乗り切りが前提だ。
バイデノミクス
今注目されるのは議会で当選が最終確認されたジョー・バイデン氏の経済政策だ。まだ広く認知されていないが、それを「バイデノミクス」と呼ぼう。深刻な今のコロナ禍故に、米国の次期大統領の経済政策は共和党よりもかなり思い切った景気拡大的なものになろう。バイデン次期大統領はジョージア州の上院決戦選挙でも勝って2議席を確保。この結果米上院は「民主50―50共和」のタイとなって、上院議長に就くハリス次期副大統領が決定権を持つ。
つまり「トリプルブルー」の完成だ。懸念された「議会のねじれ」はなくなった。議会勢力拮抗という制約はあるにせよ、バイデン次期大統領は思い切った自分の政策(バイデノミクス)を推進できる。実は株式市場には当初、バイデン次期大統領への不安があった。民主党が議会も制すれば、産業界への介入が強まるのではと警戒していた。しかし21年初の段階では「経済復興を目指すバイデン政権の経済支援策は思い切ったものになると期待できる。議会とのねじれ解消は好材料」との見方に変わった。
バイデン次期政権にとっては、トランプ支持者による議事堂占拠騒動で共和党が内部対立を露呈し、トランプ大統領も立場を失って弱い存在になることは、追い風になるかもしれない。トランプ大統領がジョージア州選挙管理の最高責任者に脅しをかけた電話音声が公表され、それが同州での上院議員選挙結果(共和党の敗北)に影響した。さらに支持者の議会への行進・暴動発生をトランプ大統領があおった故に「米国議会史上の汚点」とも言える事件が起きた。
その結果、米共和党は国民の間のトランプファンの多さ故に同氏支持の姿勢を維持している議員たちと、明確にトランプと決別した議員グループに割れた。つまり米共和党は一時的に求心力を失った状態だ。これはバイデン次期大統領への米政界の求心力を引き上げるだろう。「バイデノミクス」が予想外にパワフルになる可能性大だ。
舵握るジャネット・イエレン氏
一つ気にしておいた方がよいのは、長期債の代表指標とされる米指標10年債の1.00%を上回る水準への上昇だ。この原稿を書いている時点で1.055%となっている。1%台の米長期金利は昨年春以来だ。久しぶり。20年の一番低いレベルとしては春の0.380%があったから、それとの比較では相当上昇してきた。
米長期金利の上昇に関しては昨年末の原稿で「そもそも債券の利回り上昇は株式市場にとって競争相手の出現を意味する。またその一定水準以上への上昇は、世界各国の中銀が採用している『超緩和策』や、悪化する国家財政へのマーケットの警鐘となるものだ」と書いた。その時に筆者は「一つの目安」として1.5%の水準を指摘した。
この原稿を読者の皆さんが読む時に米長期債利回りがどうなっているかは分からないが、今までの1.00%への上昇は足取り緩やかなものだったし、FRB(米連邦準備理事会)の緩和姿勢からして1.5%への上昇にはまだかなり時間がかかると思われる。すぐの懸念は不要だ。
しかし1%を超えた米金利の存在は気にしておいた方がよい。バイデノミクスがFRBと協調するにしても、「財政の拡大→国債発行の増額」は確実だから、債券市場に供給される債券の量は増え、その分価格が下落(利回りは上昇)圧力にさらされる可能性がある。
バイデノミクスの舵(かじ)を握るのはFRBの前議長ジャネット・イエレン次期財務長官だ。彼女の手腕がさえればバイデノミクスも成功する可能性が高い。今の米国のマーケットはその成果に期待しているともいえる。
今年は日本のマーケットも注目だ。マーケットを世界的に鳥瞰(ちょうかん)すると、ITが走り、そして伝統株が追い付きつつある米国に比べて、日本株は相対的・総体的に出遅れたままだ。マーケットのゆがみは時間をかけながら調整されるのが普通だ。