金融そもそも講座

グーグル提訴と市場

第269回

今回は、米国司法省によるインターネット検索サービスの巨人グーグルに対する反トラスト法(独占禁止法)違反訴訟を取り上げる。そもそも何が問題で、今後どう展開するのか。そしてマーケット(株式市場)への影響はどの程度のものか。

大統領選挙の2週間前になっての提訴にはやや意外感がある。しかしトランプ政権がこれを特に主導した形跡もうかがえない。人気取りになるとも思えない。巨大IT(情報技術)企業の存在には賛否両論があるからだ。その国境を越えた力に懸念がある一方で、我々に大きな利便性を提供してくれている。

今のマーケットの主役はIT企業だ。コロナ禍の中でも全体の上げを先導してきた。それを代表する「GAFA」の一番手「G」がグーグルだ。それに対する司法省の提訴。マーケットとしても関心を持たざるを得ない。GAFAに対する訴訟の動きは欧州でもある。それとの連動も気になる。

恐らく20年前の対マイクロソフト以上に難しい訴訟になる。米司法省の負けを予測する向きも多い。それでも司法省は提訴に踏み切った。そこには、米国の議会や行政府に存在する巨大IT企業に対する強い懸念を感じ取ることができる。マーケットの人間として見逃せない視点だ。

「ググる」

日本には「ググる」という言葉がある。「検索する」という言葉と同義で、それほどグーグルは検索という行為を代表する企業名だ。アルファベットが正式な上場企業名だが、グーグルの方が最初の企業名だし、今でもはるかに有名だ。

ではグーグル以外に検索エンジンは存在しないのか。登場しては消えたが、実は今でも残っている。日本人がもっとも多く使っているスマートフォン「iPhone」で見る。「設定」ボタンから「Safari」を見つけて進むと最初に「検索エンジン」があり、そこを開くと次の4つから選べるようになっている。

  • Google
  • Yahoo
  • Bing
  • DuckDuckGo

アップルが選択肢として残しているだけでも4つある。もってグーグルは「利用者は強制されたからではなく、自らグーグルを使用している」と反論している。

ちなみに筆者は最後のDuckDuckGoにチェックを入れている。この検索エンジンの特徴は「ユーザーの情報を記録しない」という点で、「プライバシーの保護」が行き届いている。それが気にいっている理由だ。この私好みの検索エンジンに関して書き始めると長くなるので、今回はやめる。

しかし読者の方々を含めて多くの方はGoogleにチェックが入っていると思う。自分でチェックしてみるといい。それはアップルが検索エンジンのデフォルト(利用者が選択する前の段階)にGoogleを採用しているからだ。表示されているだけで4つある検索エンジンだが、その効果もあってGoogleの検索市場における占有率は「95%に達している」(米司法省)とみられている。

難しい訴訟

今回の訴訟の大きな論点は、検索エンジンを使う際に我々は1円とか3円とかの検索手数料を払っている訳ではないという点だ。検索していただくのだからお金を払ってもいいようなものだが、実際にはお金の支払いは起きていない。無料。一般的に独禁法訴訟では「X社が市場を独占し、よってモノやサービスの価格が上がり消費者が不利益を被っている」という主張が展開される。

それがないのに、なぜ米司法省は提訴に踏み切ったのか。同省のジェフリー・ローゼン副長官は「(グーグルは)排他的な取引慣行によって独占的な力を維持している」と説明した。つまり「市場の独占が問題」との姿勢だ。今回の訴訟がこれまでの独禁法違反訴訟と比べて異質なことは明らかだ。

ではなぜ一般的な検索エンジンは我々にとって無料なのか。今ではNTTの電話番号問い合わせでも昼間・夜間では一案内で基本60円、深夜・早朝では150円取られる。以前はタダだったが、時代が変わった。ではなぜグーグルなど検索エンジンは今でも我々から検索料金を取らないのか。

それは我々の検索行為そのものが高く売れる“情報”だからだ。筆者は最近日光に紅葉を見に行ったが、その際に「日光 ホテル」と検索した。これは顧客(宿泊客)を欲するホテルサイドとしては、「そこにお客がいる」と分かる重要な情報だ。その他の物品やサービスへの我々の検索行為も、販売業者にとっては重要な情報だ。つまり検索エンジンをもっていると実に多くの情報が集まる。その情報は1円や3円の検索手数料(仮に設定したとして)収入の比ではない重要性を持つ。

その検索市場で95%のシェアを持つということは、普通に考えても「グーグルには膨大な個人情報が集まっている。それらの多くはあまたの業界にとって有用なもの」と想像できる。実際にそうだ。それがどう使われているかに関しては不透明な部分がある。人によって1日に検索を行う回数は違う。しかし筆者の例だとかなり多い。その検索画面には色々な宣伝が掲載される。グーグルはそこからも収益を得られる。

業界活性化も

貴重な情報が膨大に集まり、そして95%の独占から来る大きな広告収入故にグーグルの業績は良い。それ故の株高だ。それは「GAFA」に類する企業全般に言える。デジタル技術は基本的には「壁崩しの技術」だから、これら巨大IT企業は発生業態こそ違っても高みを目指せば各社の業態は自然と重なる。

巨大IT企業群は米国経済の強さそのものだ。「それを米司法省は手掛けた。米国の経済力を削(そ)ぐ動きではないのか」という意見もある。恐らく米司法省が見逃せなかったのは「G(グーグル)とA(アップル)」のマッチングだ。iPhoneの検索エンジンがデフォルトでGoogleになることは既に書いた。米スマホ市場では約6割のシェアをアップルが持つ。そのiPhoneのデフォルトを得るために、グーグルがアップルに年間最大120億ドル(約1兆3000億円)を支払っていることを司法省は問題とした。つまり競争者の排斥行為というわけだ。

司法省は訴状で2018年にアップルとグーグルの最高経営責任者同士が会談して、検索エンジンの収益拡大策について話し合ったことを明らかにした。それはiPhoneのデフォルト設定に関するものかもしれない。日本経済新聞の記事によれば、その会談の後にアップル幹部職員がグーグル社員に「両社はあたかも一体であるかのようだ」などと記した文書を送ったとされ、それを司法省は不適切行為の一例に挙げたという。

独禁法訴訟の決着には通常長い時間がかかる。米司法省の対マイクロソフト訴訟の決着には6年を要した。つまり「政権を超えた司法省の訴訟」という側面が強い。マーケットが直ちに材料視できない理由はここにある。問題は訴訟の効果だ。実はマイクロソフトに対する司法省訴訟で同社の体力が削がれた故に、GAFAなどが台頭できたという説がある。筆者はこの意見に賛成だ。

第265回「米ハイテク株の今後」で人気ゲーム「フォートナイト」の製造元であるエピック社のグーグルとアップルに対する独禁法違反訴訟を取り上げた。エピック社の訴訟は、司法省の対グーグル訴訟に相通じるところがある。

その回の最後に筆者は「繰り返すが、多分政治も動く。改めて考えてみよう。GAFA叩きは米IT産業への打撃となるだろうか。答えは「ノー」だ。そこが重要だ。GAFAが叩かれれば叩かれるほど、新たなネームの企業が台頭し、業界はもっと活性化する。なにせIT需要は膨大だ。私はそう考えている」と書いた。そして予想通り政治が動いた。

下線を引いた部分に対する筆者の考え方は変わらない。司法省がそこまで考えているかどうかは分からないが、それは短期的な市場への悪影響はあっても、長いタームで見ると米国の株式市場にとっては良い結果を生むと思える。マイクロソフトの訴訟疲れがGAFAなど新たな企業群を生んだように。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。