金融そもそも講座

米戦略、ただちの成果は難しい

第264回

米中両国に関する記述を続ける。7月15日付の「第263回 鋭い対立の米中。ともに株価が上値追い」以降も、上海とニューヨークのハイテク銘柄は高い水準で推移している。さすがに「連日の高値更新」といった状態ではなく、全体的に見れば保ち合い圏での上げ下げを繰り返す展開。

一つには、各銘柄のマーケット・バリュエーションが歴史的にも高いレベルになったことがある。むろん過去にない新業態の登場なので、過去が当てはまるかどうかについては議論がある。しかし「天まで駆け上がる相場はない」という見方に立てば、今の米中のハイテク株のレベルに「高所恐怖症」を抱き、利食いの売りを入れたい気持ちの投資家も多いだろう。しかし少し安くなると買いが入る状態。

米中ハイテク株でも一気に上値を追えないもう一つの理由は、米中関係の今後が見えないという側面があると思う。7月25日の日本経済新聞一面の見出し記事「米、中国共産党を標的」は指摘通りだが、実際に米中経済関係が今とどう違うかたちになるのかが問題だし、米国の新対中政策が成功するかどうかも考える必要がある。

中国共産党潰し

23日にカリフォルニア州ニクソン大統領記念図書館で行われたポンペオ国務長官の演説全文(米国務省)は、端的に言えば「中国共産党潰し宣言」だ。わざわざこの図書館を演説会場に選んだのはニクソン大統領が米中の雪解けに手を付けた人物だからだ。

しかし同大統領はその一方で「中国共産党に世界を開くことにより“フランケンシュタイン”を作ってしまったのではないかと心配している」とも語っていた。ポンペオ長官は「それが今現実となっている」と警告するためにここを演説会場に選んだ。

米国が今の中国を支配する共産党を“フランケンシュタイン”と呼ぶのは、南シナ海、東シナ海で違法な領有権主張を展開し、新疆ウイグル自治区やチベットで地元住民の人権を激しく抑圧し、国民から表現の自由を奪い、少しでも体制に批判的な人間は弁護士であろうと教授であろうと拘束し、さらには香港市民の自由を奪おうとしているからだ。加えてハイテクの力で国内監視統制を強め、米国を含む世界の先端企業の企業機密を窃取している、と同長官は主張する。

同長官は中国の一般の人々を非難していない。中国“共産党”が悪の根源だとして、内政干渉の懸念は残るものの、「中国共産党を中国支配の今の位置から退場させることが米国と世界にとって必要」と語る。同長官は「私たちが共産党による中国支配を変えなければ、彼らが私たちを変える」と警告している。

変化の実相は?

多分それには時間がかかる。ではその間の米中関係はどうなるのか。それが分からない。両国関係では、米国がテキサス州ヒューストンの中国総領事館を、中国が対抗して四川省成都の米総領事館を、それぞれ閉鎖に追い込んだ。こうした緊迫した事態展開を見ながら思ったのは

  • 「政治的・イデオロギー的な両国の対立が、まだ深い関係にある両国の経済関係、特に最近結ばれた貿易取り決めなどにどのような影響を及ぼすか。それがマーケットにとっては重要だ」

というもの。中国が米国産の農産物を大量購入し、他にボーイングの旅客機なども購入するとなっていた合意だ。ポンペオ国務長官もこの点には全く触れないし、中国側も「では破棄します」とは言っていない。

米中が経済の面でもデカップリング(切り離し)しつつあるのは確実だ。米国は次々とファーウェイ(華為技術)など中国の企業と西側企業のつながりに楔(くさび)を打ち込みつつある。加えて、新疆ウイグル自治区での人権侵害に携わった中国政府要人などに対する制裁も発動している。これら一連の措置が「米中経済のデカップリング」の方向を促すことは間違いない。

しかし実際の輸出入にどの程度響いて、米中関係の新しいかたちがどうなるかは不明。日本を含む世界の貿易の行方も分からない。今年の秋には米国の次の大統領が決まるという微妙な時期でもある。米国の厳しい対中政策に賛同しつつある国としては、英国、オーストラリアやカナダなど。基本的構図はアングロサクソン諸国対中国だが、日本を含めて世界中の国が選択を迫られる局面が来る。

米国は覇権争いの中でスタンスを硬化させているが、他の国も南シナ海での中国のあまりに独善的な姿勢を拒否し(米国に加えてオーストラリア、英国など)、世界的パンデミックを生んだ国でありながら発生源も明らかにしない中国の姿勢に批判的だ。中国の初動対応も霧の中だ。共産党支配の中国に危険性を感じている国は多い。インドなどもそうだ。

鍵は中国の国民の動き

そこで問題となるのは、「では誰が中国の共産党に退場を宣告できるのか」という問題だ。米国は今のところ南シナ海など周辺地域での軍の活動を活発化させているものの、中国共産党を崩壊に導くために具体的に自国の軍事力を発動する考えはないようだ。

それを立証するのは、米軍の総司令官であるエスパー国防長官の最近の発言だ。米国がヒューストン中国総領事館の閉鎖を要求した7月21日、「中国人民解放軍は東シナ海や南シナ海で攻撃的な行動を続けている」「中国の指導者に、中国と中国国民が長年にわたって多大な恩恵を受けてきた国際法と規範を順守することを求める」などと述べたあとで、

  • 「私は紛争を求めていない」
  • 「年内に中国を訪問したい」

と述べた。つまり米国は中国との偶発的衝突も望まないので、リスク管理の話し合いをしたいというのだ。米国は中国の共産党支配終焉(しゅうえん)のための軍事的態勢をとっていない。

となると、中国共産党を倒すのは中国人民しかない。中国の歴史の中での体制転換は、民衆の支配者に対する蜂起から起きることが多い。では今の共産党体制に対する中国の民衆の不満度はどうだろう。おそらく多くの国民の判断基準は、「自分たちを食べさせてくれているか」「生活の改善をもたらしてくれるか」だと思う。

もちろん「自由に物事が言えない」「今の強権的な体制には我慢できない」という人はいる。筆者も何人かを知っているし、「今の中国からは抜けたい」「実際に国籍を米国、英国、日本など他の国に移した」人もいる。反体制的と見なした弁護士や大学教授に対する逮捕・拘束も国民の一部を怒らせていると思う。

しかし大部分の中国人にしてみれば、「あまり自分たちには関係ないこと」と映っていると思う。文化大革命が終わって以降の中国の歴史を見ると、確かに中国の人々の生活水準は上がった。世界中に観光客を輩出するまでになった。

「中国の人々の共産党に対する支持は、まだ高い」という意見もある。是非の問題ではなく、もしそうだとすると中国の人民が他の統治体制を選ぶのには時間がかかる。かつ過去選挙らしい選挙をしたことがない中国が、次の体制をどうやって選ぶのかは不明だ。中国にゴルバチョフ的な人間が出現する可能性もあるが、それも直近ではないだろう。「ポスト共産党」の中国が、最終的にどのような体制を選ぶかは霧の中だ。

新疆ウイグル自治区とチベットは独立するかもしれないが、それこそ今の中国の体制が一番警戒することだ。面積を見れば、この二つの地区は中国の総面積で実に大きな部分を占めている。その他、中国が三つ、四つに分かれるとの見方もある。しかしその移行は実に不安定なプロセスだ。この問題はまた取り上げたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。