金融そもそも講座

中国と米国

第262回

FRB(米連邦準備理事会)の発表を挟んだので、今回は(「第260回 緊迫する中国情勢」)の続きだ。今回はそもそもなぜ中国と米国は対立を深め、「新冷戦」という単語まで使われる事態に立ち至ったのかを見たい。

筆者の予想だが、対立が深まっても何のメリットもないので米中とも「ミサイルを撃ち合う」ような状況には至らないと思う。被害が甚大になりすぎる。会話もなかった米ソの冷戦時代よりも双方の意思疎通は続いていて、歩み寄りはなかったと伝えられるがポンペオ米国務長官と楊潔篪(ヤン・ジエチー)・中国共産党中央政治局委員(外交担当)は先日ハワイで会談した。

マーケットが米中関係に関心を払わざるを得ないのは、両国がGDP(国内総生産)の1位、2位の国であり、サプライチェーンでしっかりと結び付いていたからだ。中国は米国との貿易で巨額の黒字を出し、それを原資に発展した。しかし今は「デカップリング」がささやかれる。つまり両国の経済および関係性の「切り離し」だ。

切り離しといってもともに「地球村の村民」であって、程度問題だ。しかし双方がそっぽを向いたら日本および世界経済は新しい着地点を求めて呻吟(しんぎん)せざるを得ない。そのプロセスは難しく、情勢が揺れ動くなかで軋轢(あつれき)が起きる。

米政府高官を呼び捨て

「(米中の関係が)ここまで悪くなったのか」と思ったのは、中国のニュースを最近チェックしていたときだ。NHKのBS1の「ワールドニュース」(放送時間は随時)は役立つ。なんと中国の国営テレビの女性アナウンサーが「ポンペオ、ポンペオ」と米国務長官を呼び捨てで言葉汚くその悪行(中国への)を並び立てていた。

国家間の関係で相手要人を肩書き落としで、しかも呼び捨てにするというのはあまり例が無い。相手との関係を悪化させてもかまわないと見切った上でしかできない。さすがに「トランプ」とは呼び捨てにしないから中国は使い分けをしている。しかしポンペオ氏は国務長官であり、外交では米国を代表する。その人物を肩書きなしの呼び捨てだ。驚いた。

結論から言うと、「ここ5年、10年の単位で米中関係が再び緊密で平和的になることはない。米国の政権担当政党(よって大統領)が代わっても緊迫したまま」だろう。ポイントは以下5点だ。

  • 1.米国は共和、民主を問わず国全体の認識として、力を付け、それを誇示し始めた中国を自国に対する“重大な脅威”と判断しつつある。かつ今の中国の共産党独裁体制を「悪しき国家体制」「(自国とは)容易に共存し得ない制度」と見なし始めている
  • 2.対して中国は、貧しい内戦続きの国からやっと“豊かな大国”を目指しつつあるのに、米国が何かと容喙(ようかい)し、中国の発展、豊かな国になるプロセスを妨害しようとしていると見なしている
  • 3.数年前までは米国は、中国を「格下」で民主化を促せば政治体制も変わるかもしれないと見ていた。一方中国は米国を重要な輸出市場だと見なし、冠たる世界の覇権国とけんかをするのは不利と見ていた
  • 4.しかし今や両国は、相手の国を「容易には許容しがたい国」と見なし始めている。互いの国民を大量に殺し合う熱い戦争はともに望まないが、米国は「これ以上中国の台頭は許すべきではない」と考えているし、中国は米国を「目障りな存在」と見なし始めている
  • 5.この二つの超大国の折り合いは今後一層難しくなる。マーケットは「経済的関係は依然深いのに、政治的にはいつも緊張している」米中を常に横目に見ながらの展開になる

米:底流で続く中国警戒

重要な点がある。それは、米中の今の緊張状態は支持率調査でトランプ大統領をはるかにしのぐバイデン元副大統領が次の大統領になっても、底流として続くということだ。中国が新型コロナウイルスの発祥国、最初の感染拡大国というレベルの話を超えて、米国は「(中国は)自国の覇権と繁栄、安全保障、それに自由の風土を脅かす存在」と見なし始めている。その警戒心は党派を超えている。

対中警戒論の高まりは実はオバマ民主党政権の2期目から始まっている。習近平(シー・ジンピン)国家主席がオバマに向かって「太平洋は広い。東の半分を米国、西の半分を中国が治めることにしよう」と語ったことが、米国の強い対中警戒心に火を付けた。そもそも米国にはそんな発想はなかった。米国は大西洋も太平洋も「自国とその同盟国が支配する」という発想だったから、非常に驚いたと思う。

中国はこのアイデアを拒否された後も、太平洋の西半分への強い意志を示し続けている。南シナ海での基地建設もそうだし、日本領の尖閣列島周辺海域での活発な活動もそうだ。ロシアにも言えることだが、社会主義を掲げる国はある種の劣等感を持つ。民主主義や自由が理想であることは分かっている。しかし彼らはそれぞれの国の成立の経緯や国民の思考・行動パターンからして「我が国にはこの制度が合っている」として権威主義的な政権を維持している。そこには確実に劣等感があり、それが時に攻撃的な姿勢につながる。過去に国土を簒奪(さんだつ)された歴史を持つのでなおさらだ。

繰り返すが、重要なポイントは「中国は自分の国の文化と相いれない異質な国であり、その体質は共産党独裁政権が続く限り変わらない。覇権にも挑戦してきていて気を許せないし、もっと言えば中国の伸張を押さえ込む必要がある」と、米国が考えている点だ。「14億の消費者を抱えるマーケットとしての中国は魅力的だが、その魅力を凌駕(りょうが)するほど“共産党の中国”は米国にとって危険であり、脅威でさえある」という認識で国全体が一致しつつある。

当然中国も身構える。今のトランプ大統領は気まぐれで、ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)が最近出版した本によれば「再選のためには中国に米国産農産物を買ってほしい」と習近平氏に懇願したそうだ。支離滅裂だ。しかし中国は既にトランプ氏を越えて米国を「今後自国にとって最も脅威の国」と見なしている。「(トランプよりは)多少は話が通じる」と思っているだろうが、バイデン氏にもあまり期待していないと思える。

中国のメディアからは、「最後は社会主義が勝つ」といった表現がしばしば聞かれる。つまり中国は今の世界の情勢を「体制間競争」と見なしているのだ。経済を資本主義で再生したのに、政治体制では「自分たちの社会主義が民主主義を凌駕する」と思いたいし、そう宣伝している。米国のみならず民主と自由を謳歌している日本、欧州なども警戒する必要がある。であるからして、世界的に中国嫌いが増えているし、中国包囲網が形成されつつあると言える。

中国:二つの戦線での戦い

それを承知しているから、中国共産党は対外的には相当狡猾(こうかつ)に動いている。共産党はその組成からして民主組織とは全く違う。そもそもなぜトップにその人がいるのか不明だ。選挙もなく選ばれるケースが多い。ということは意思決定プロセスが不透明だということだ。今の習近平氏もそうだがトップはしばしば専制的であり、党内競争者をそぎ落としながら権力基盤を固める。

トップに非常に聡明で、先見の明がある場合、そのトップが率いる組織(国)はうまく回転する。中国は1945年の第2次世界大戦終了時には実に悲惨な状態で、その後も文化大革命の苦しい時期を過ごした。経済的には今も膨大な貧困層を抱える開発途上国だ。しかし日本に対してだけでも年間700万人近い観光客を送るまでになった。経済は成功物語と言える。その手腕は素晴らしいし、恐らく鄧小平を含めて優秀な人が多かったのだと思う。

しかしこれからは成長の手本もないし、難しい。世界の中国を見る目も厳しいなかで、今後も「共産党が支配する中国」の正統性を世界に、そして国内で示していかねばならない。軋轢は増している。あれだけ関係が親密だったオーストラリアとの関係悪化は良い例だ。EU(欧州連合)も中国に対する警戒レベルを高めている。狡猾に動いても、おのずと限界がある。

内憂もある。それは経済の悪化と失業者の増加だ。国民に対して「統治の正統性」を示し続けるには、民を豊かにし、「何も自由なことが言えない」という国民の不満を経済で吸収しなければならない。しかし「あの党に任せておけば、我々を豊かにしてくれる」という漠然たる期待を、今のコロナ禍の中で維持するのは容易ではない。

一方の米国。戦前の対日、戦後の対ソ連でもそうだが、米国は「価値観が合わず、自分の国に実際的に脅威になる」と思った国に対する姿勢は実に厳しい。今はその最大のターゲットが中国になっている。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。