1. 金融そもそも講座

第260回 緊迫する中国情勢

中国をめぐる情勢が緊迫の度合いを増している。あえて「めぐる」と書いたのは、中国が国内的にも国際的にもその大きな体を従来の枠組みでは収めきれなくなり、あちこちで軋轢(あつれき)を引き起こしているからだ。マーケットは「米中関係」を一番懸念している。それは当然だが、中国経済も先行き不透明、香港を含めてその対外関係も不安定。中国の今後の選択は世界経済の先行きに直接関係する。

中国は5月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で「香港版国家安全法」を香港の頭越しに制定した。実質的に「一国二制度」を骨抜きにするもので、香港では激しい抗議デモが展開されている。米国政府は議会に対して「香港は自由な地位を失った」との判断を示した。中国への警告だ。しかし顕著なのは中国が躊躇(ちゅうちょ)することなく、むしろ米国にけんかを売る姿勢を強めていることだ。中国の国営メディアは、香港をめぐって警告を発し続ける米国に「黙れ」とまで言っている。対米で好戦的気分を高揚させているようでもある。

特定の国での国家意識の高揚は危険だ。歴史的に見ても他国との衝突を引き起こしている。今の中国はその実力以上に意識高揚が見られる。中国は米国のようには国家理念を売れない分だけ気分高揚の割には鬱積部分を抱えている可能性が大きい。今後数回にわたってマーケットでも大きな材料になりそうな「中国をめぐる情勢」を取り上げる。

今の立ち位置

5月28日に終わった全人代で筆者の記憶に一番残ったのは、「中国は米国から(覇権国としての地位を)取って代わるつもりはない」という王毅(ワン・イー)外相の記者会見での言葉だ。その言葉自体が中国国内でも海外でも、「実は中国はそれを狙っているのではないか」との見方が存在することを示している。つまり否定せざるを得ないほどに実体が進んでいる可能性を示したとも言える。

中国はつい数年前まで「我が国は開発途上国」と主張し、であるがゆえに西側先進国に課されてきた様々な義務を回避してきた。確かに国民1人当たりの国内総生産(GDP)などを見ると、中国は依然として開発途上国に分類し得る。しかし人口14億人というその巨体ゆえに、そして着々と力を付けてきた軍事力、攻撃的対外姿勢、そしてハイテクパワーゆえに、並の先進国を大きく上回る世界的な影響力を持つに至った。

しかもその政治体制は「共産党の一党独裁」で世界でもほとんど例を見ず、民主主義と自由を基調・理念とする多くの先進国にとっては異質な存在だ。存在感が小さいうちはよいが、中国という国のあまりにも大きな規模ゆえに目立ち過ぎる存在となっている。今や中国外務省の報道官は世界中のメディアからあらゆる質問を受け、何らかの回答を行い、それが世界中に流れる。そんな存在感は米国のホワイトハウスの報道官をときに上回る。

「(政治的)異質さと巨大さ」「高まる軍事力とハイテクパワー」を中国自身もうまくコントロールできていないように見える。日本経済新聞社の中沢編集委員が書いた「コロナ禍で劣勢の中国『戦狼外交』と香港の危機」(電子版5月27日付)は、今中国が置かれている環境、そして中国国内の好戦的雰囲気をよく伝えている。過去に国土を踏みにじられた記憶が強く、我々が想像する以上に中国は被害者意識が強い。その裏返しとしての「戦狼外交」で、戦争を仕掛ける意思はまだない。その中で政治的理念を売れない中国が各国に売るのは、「実利」(一帯一路など)と「脅し」だ。

弱体化する国内経済

文化大革命以降の中国の大きな発展の原動力になってきたのは輸出だ。国内の安い労働力と海外の資本・技術の組み合わせで中国は一貫して巨額の貿易黒字を出し、それを成長と国力伸張の原動力としてきた。成長する力は近年落ちてはきたが、それでも去年のGDPは6.1%伸びた。しかしその先行きには黄色信号が付いている。

「香港版国家安全法」制定と並んで、今年の全人代で注目されたのは成長率目標を設定できなかったことだ。中国は世界で最初の新型コロナウイルス感染拡大国だったが、その分世界で最初の新型コロナウイルス制御国(今後再拡大の可能性はあるが)となった。経済を再起動させようとしているが、肝心の輸出が増えない。そして国内需要も伸びない。解除直後には脚気(かっけ)反応的に需要は伸びたが、持続力がない。「先行きが見えない」と李克強(リー・クォーチャン)首相の演説は苦しそうだった。そして示したのが「成長率目標を定めず」という方針だ。

新型コロナウイルスにはまだ確立した治療薬やワクチンはない。世界経済は当面「ボリュームダウン」の中でそろりそろりと回復するしかない。ボリュームダウンとは各国間の貿易量からGDP、劇場やスタジアムに入る観客の数、それにレストランの顧客数など全てについて言える。中国でも成長率が下がり、農民工を中心に職を失う膨大な人々が出る。

日本を含め世界中の経済がしばらくは大きな打撃を受ける。GDPの7割を消費が占める米国でも小売売上高が落ちて、消費者は貯蓄に走っている。中国は最大の輸出相手国での需要減に直面することになる。しかも香港問題ゆえに米国のトランプ政権は中国に対する新たな制裁を科す意向を示す。中国の消費者も消費に慎重になっている。ハイテク分野では米国の包囲網が強まっていて、今後の中国にとってはこれまでの高度成長は夢物語になる。

大国維持のコスト

しかし習近平(シー・ジンピン)政権は安易に米国に折れることはしないだろう。「中国の夢」を国民に約束して長期政権を狙っている。王毅外相は「中国は米国に取って代わらない」と言っているが、習近平政権の長期戦略は2049年の「建国100周年」を待たずに2035年くらいにはあらゆる面で中国を「現代化国家」にすることだ。それまでには「経済面でまず米国に追い付き、追い抜く」というのが目標だ。

中国共産党には大きなプレッシャーがかかる。共産党の「統治の正統性」を示すためにも目標を達成し、国民生活を豊かにし続けなければならない。失業者の大量発生は大きな問題だ。社会的にも政治的にも。しかし実際にはコロナ禍克服後の経済活動再開を当てに広州などに出稼ぎに来た内陸の農民工は、再び故郷に向かっているとも言われる。中国の輸出が戻らずに、「世界の工場」と言われた製造業の拠点が本格稼働にはほど遠いからだ。

国民に夢を売りながら、しかし実際には国内経済の不振に見舞われた国は、しばしば国民の関心を外に向けようとする。日本領の尖閣諸島周辺での活動を活発化し、南シナ海の基地化も着々と進めている。香港に対する統制を強めて一国二制度を骨抜きにし、台湾の世界保健機関(WHO)総会へのオブザーバー参加も拒否。台湾に対しても将来骨抜きが見えている一国二制度を提唱して囲い込もうとしている。

今後中国に重くのしかかるのは「大国のコスト」だ。ソ連はそれで崩壊した。歴史を見ても「大国」を張る国は、それの維持のために膨大なコストの支払いを余儀なくされる。軍事費、援助費、そして各種セキュリティー費用。いずれその地位を譲る羽目になる。今の米国がそうだ。

次回は、そもそも米中はどういう経緯で今に立ち至っているかを見てみたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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