1. 金融そもそも講座

第261回 FRB、景気回復に決意

今回は「米中関係の現状」を見る予定だったが、FRB(米連邦準備理事会)が6月10日に新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まって以来の「経済見通し」を発表し、新手法を加えて政策スタンスを一層明確にしたので、この問題を取り上げる。

実は、最新のFRBの予測通りに米経済が展開するかどうかは分からない。第2波、3波など大きな感染の波が来る可能性は十分ある。世界全体として見れば「見切り発車的に経済再開」を急いでいるからだ。その場合は再びロックダウンだ。経済には大打撃となる。しかし現在予測し得る限りで、今後も世界経済の中心に位置する米国経済の進捗に関する中央銀行の見方は参考になる。日本の今後を予測する上でも。

政策決定の場となったFOMC(米連邦公開市場委員会)の声明と、それを受けたパウエルFRB議長のリモート記者会見からは、興味深いキーワードがいくつも出てきている。決意と、その限界を明確に示すものもある。それは今のマーケットの動きを理解する上でも役立つ。

半年ぶりのProjection(経済見通し)

Variable Median
2020 2021 2022 Longer
run
Change in real GDP -6.5 5.0 3.5 1.8
 December projection 2.0 1.9 1.8 1.9
Unemployment rate 9.3 6.5 5.5 4.1
 December projection 3.5 3.6 3.7 4.1
PCE inflation 0.8 1.6 1.7 2.0
 December projection 1.9 2.0 2.0 2.0
Core PCE inflation 1.0 1.5 1.7  
 December projection 1.9 2.0 2.0  
Memo: Projected appropriate policy path
Federal funds rate 0.1 0.1 0.1 2.5
 December projection 1.6 1.9 2.1 2.5

June 10, 2020: FOMC Projections materials, accessible version」の中間値(Median)部分を抜粋

上に掲げたのは、日本時間11日早朝に終わったFOMCの経済見通し(Projection)である。スペースの都合から分かりやすい中間値(Median)を掲載するが、これこそ筆者が待ち望んでいたものだ。本来FOMCは3カ月ごとに経済見通しを公表する。しかし今回の見通しは昨年12月以来のものだ。3月はとても見通しを出せる状態ではなかった。パンデミック故だ。私はこの表を見たときに、「やっと今後数年の米国経済に関する絵を頭に描ける」と思った。

まず注目されるのは成長率。2021年はプラス5%とある。「高い成長になるんだ」と思った。もっとも、成長率は前年との比較だから、今年は「マイナス6.5%」ということで、「発射台が低くなった分、来年の成長率が高くなるのは当然」というわけだ。12月の見通しでは今年が2.0%、来年が1.9%だったので「今は大きな荒波が米国経済を襲っている」と分かる。注目は2022年。成長率は3.5%に低下する。12月見通しの1.8%より高いが、だいぶ接近はしている。つまり2022年にはかなり経済は「正常化」の方向に動くということだ。

この大枠の見通しは国によって成長力格差などあるものの、日本など各国の成長率などを予測する上で重要だ。米失業率は4月14.7%、5月が13.3%と来ているが、FOMCは今年の末を9.3%と予想した。今よりは低くなるが依然として2桁に近い高い水準だ。2021年末で6.5%となり、その後低下ペースが鈍って2022年末で5.5%。昨年12月時点のFOMCの今年末の失業率見通しは3.5%だった。それを2022年末でも大きく上回るとの現予想。つまり米経済の回復には相当な時間がかかるということだ。

よって、インフレ率は低いままの予想。PCE(個人消費支出)で見て今年が0.8%、やや上がった2022年でも1.7%だ。長期に期待される2.0%にはまだ遠い。これを受けて米指標10年債の利回りは大きく低下した。

なんでもやる

ではFRBは、続く米経済の苦境に中央銀行として何をするのか。今回のFOMC声明でも冒頭の文章は「The Federal Reserve is committed to using its full range of tools to support the U.S. economy in this challenging time, thereby promoting its maximum employment and price stability goals.」だった。パンデミック以来この文章。つまり「使える手段は何でも発動する。最大限の雇用、物価安定のためにはなんでもやる」というもので、この言葉は黒田日銀総裁の最近の発言に通じる。

半年ぶりに経済見通しを出し、それを実現に導くために今回のFOMCで検討される方策(tools)としては選択肢が四つほどあった。

  • 1. マイナス金利政策の導入
  • 2. 量的金融緩和の規模の明示化
  • 3. ゼロ金利政策を長期間続けると約束する「フォワード・ガイダンス」政策の採用
  • 4. FF金利から中長期金利までに金利目標を設ける「イールドカーブ・コントロール」政策の採用

「1」はトランプ大統領がパウエル議長に要求していたもの。しかし当初から「採用されない」との見方が大勢だった。5月末の講演で同議長は「米国では有用でも適切でもない」と同政策の有効性を否定していた。欧州でも日本でも成功しているとは言い難い政策を、今の米国が採用すると考えるのには無理がある。実際に今回は言及もされなかった。

「2」については現状米国債の買い入れ額を「無制限」としているが、月によって変動があり、その規模は最近減ってきていた。これがマーケットに疑念を招いていた。なので「毎月1000億ドル」などと買い入れのペースを明確に示すという考え方。マーケットが先行きを予測しやすくなり、金利の予想外の上昇を阻止できる。今回この規模を月間1200億ドルと明示した。

「3」については、投資家や企業経営者が「将来、金利が上がるかもしれない」と借り入れを渋る要因を除去できる側面がある。なぜなら中央銀行が「一定期間のゼロ金利を約束する」わけだから、借り入れ意欲が湧く。それを今回「ゼロ金利を少なくとも2022年末まで」と約束した。

「4」は、米指標10年債の利回りが経済再開・雇用情勢緩和などを見て直近で1%に接近する中で、真剣に検討される可能性があった。米政府の強力な景気刺激策の財源がかなり国債発行に依存しているのは日本と同様だが、米国は海外からの借り入れも多く、国債依存を増やせば金利上昇リスクが大きくなる。短期ばかりでなく中長期の金利をコントロールして、イールドカーブ全体をコントロールしようという考え方だ。今回これは明示しなかった。

頭の片隅にもない利上げ

FOMCは今回「2」と「3」の二つを実質的に採用して、これまでも取ってきた米国経済支援の超緩和政策の明確化を図った。量的金融緩和については「無制限だが、必要とされる量」と曖昧だった規模を、中味についても米国債月800億ドル、住宅ローン担保証券月400億ドルとそれぞれ購入規模を明確化した。

「3」のフォワード・ガイダンスに関しては、声明などにその明確な文言はない。しかし17人のFOMC委員のうち15人が「2022年末まで現在のゼロ金利政策(0~0.25%の短期金利を維持)を続ける」との見通しを示している。実質的には「ゼロ金利政策は2022年まで続く」とマーケットに約束したようなものだ。これで「金利が上がるかもしれない」という借り手の懸念は払拭された。低金利維持のFRBの固い決意が示されたということだ。パウエル議長の発言によると、次回以降のFOMCはこの政策の採用をその期間とともに条件を示して、正式採用する可能性が強い。

「1」「4」の残る二つも、今後の「可能性」として残ったと考えられる。なぜなら、第2波、3波を考えれば、政策ツールとして残す方が賢明だ。マイナス金利政策は黒田総裁も当初は「ない」と言っていた。しかし経済状況の悪化の中で、採用せざるを得なかった。OECD(経済協力開発機構)などは、再びロックダウンなどの厳しい措置が必要になった場合には、世界経済への打撃は一層深刻なものになるとしている。

記者会見でのパウエル議長の発言は、今回の危機の特徴を端的に物語る。彼は言う。「The downturn has not fallen equally on all Americans, and those least able to shoulder the burden have been the most affected. In particular, the rise in joblessness has been especially severe for lower-wage workers, for women,and for African Americans and Hispanics.」(景気悪化の負荷がすべての米国人に平等にかかっているわけではない。低賃金労働者、女性、アフリカ系米国人、そしてヒスパニックが、特に深刻な失業増加に直面している)と述べる。今米国や世界で高まっている抗議活動のスローガン「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」の問題にも通じる。

FOMC声明後の当日のマーケットの反応は、「ナスダック高、ダウ安」となった。S&P500はほぼ保ち合い。これも今の危機の特質を物語る。「パンデミックが続くほどNetflixを見る人が増える」と考え、ダウ平均株価指数にはパンデミックに特に不利になる業種(航空関連、低金利持続が不利な金融業界など)が含まれると考えれば自然だ。しかしその後のニューヨーク市場は、経済見通しの厳しい部分に目を向けて、調整売り局面も経験している。世界の株式市場は引き続き神経質だ。

パウエル議長はさらに「We’re not thinking about raising rates. We’re not even thinking about thinking about raising rates.」とも述べた。「利上げなど、頭の片隅にもない」と。経済再起動に向けた中央銀行としての強い意思表明だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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