1. 金融そもそも講座

第257回 「その後」の形は?

このところずっと「ポスト・パンデミック」のマーケットや世界経済の回復のパターンを頭に描こうとしている。世界の政治家は必ず、国民向け景気づけの意味もあって「V字回復」と言う。果たしてそんなに簡単だろうか?

感染拡大・死者数増加のピークと同時に、ワクチンや治療薬が開発されればそれは可能かもしれない。しかしそれは難しく、開発できるのは「早くても1年から1年半先」というのが大方の見方だ。

「経済」の動きについて、いろいろなシェープが想像できる。一番先行きが悲観的なのは「L字型」という説だ。少なくともワクチンや治療薬完成まではそうかもしれない。そうすると、その回復の実際のパターンは「V」の字の一番下を横に伸ばした形ということになろうか。「ドスン」に近いにしても、経済が落ち込むには時間がかかる。世界の例を見てもそうだ。両サイドが傾いた側溝のような形だ。それを「U字型」と言う人もいるだろうが、恐らく底に関する時間的感覚はもっと長いし、両サイドの線はもっと上方が幅広になる形で傾く「側溝型」と言える。

では代表的なマーケットとして株式相場はどうか。今筆者が考えているのは昔懐かしいルート記号(√)の左右を逆にした形だ。先日出演した日経CNBCの「日経ヴェリタストーク」では紙にルート記号(√)を書き、それを裏返しにして油性フェルトペンで太くなぞり、それを視聴者の皆さんに示した。

時間要因

なぜ経済とマーケットでは思い描ける回復パターンが違うのか。それは「時間」のファクターが全く違うからだ。実際の経済では、経済活動が一度大きく落ち込んだあとの回復には、何をするにも途方もない時間がかかる。サプライチェーン(供給網)が元に戻るには一連の結節点とそれを結ぶ線のすべてが順調に稼働し、その流れがスムーズにならならなければ実現できない。資材調達の現場、生産、そして流通・販売。これには時間がかかる。

中国は予告通り4月8日に新型コロナウイルスの世界的・爆発的感染拡大の起点となった武漢(人口1100万人程度)を封鎖解除とした。その映像や様々な証言を聞いていると、実際の封鎖解除は順調に進んだとしても時間がかかることがよく分かる。「解除」という単語ほどには簡単ではない。

8日深夜零時に街は綺麗(きれい)にライトアップされ、朝から鉄道・バス、それに新幹線が通常通り運行を開始したと伝えられる。しかし人の流れは「武漢からの出」に傾いていたようだ。それまで武漢に封鎖で止め置かれた人がまず出て行っているというのが本当のところらしい。武漢のまちに関しては、このところ「新規感染者ゼロ」が続いている。なので人の流れを「出」から始めるのは自然だ。他の地域は武漢ほど徹底して検査していないだろうから、「入」には慎重になる。

ということは大勢の人手が必要な工場の稼働は、「多くの農民工が戻ってから」ということだ。それまでは武漢在住(残留)の人でのみ稼働することになる。また映し出された商店街を見ると、多くの個人商店はシャッターを下ろしたままだ。何千という死者(中国政府の発表よりはるかに多いと思われる)が出たから、商店主やその家族が亡くなったかもしれず、武漢の市民の多くが「本当に外に出て大丈夫か」「政府の発表は信じられるのか」と躊躇(ちゅうちょ)する声も聞かれる。住民の心理的ショックは残っており、それが癒えるのには時間がかかる。

人々の政府発表に対する疑念が中国ほどない他の国々では、「パンデミック終息」の宣言が出れば、人々の動きはすぐに活発化する可能性がある。特に南ヨーロッパなど。国民性や気候も関係する。しかし消費者が「先行き安心感」を持つには、何よりもまずワクチンや治療薬開発のメドが立つことが必要だ。それまではどの国でも疑心暗鬼は残る。

先取るマーケット

マーケットは違う。常に先取りが当然だからだ。人や物を動かすには時間がかかるが、マネーは判断次第で一瞬にして動く。自身のネットでの株式取引を想起すれば分かるだろう。

例えば日経平均株価を3カ月チャートで見ると、相場が大きく下げてきて一旦大きな底を付けたのが3月中旬だったことが分かる。その後の戻りは急だが、その後折れている。よく見てほしいのはこの3カ月チャートの形状だ。先に指摘した√の左右を逆にした形になっていることがお分かりだと思う。ニューヨークのダウ工業株30種平均などの動きも似たようなものだ。筆者はこの「リバース√」の発想を3月末に得た。

今見える底の時点で相場を動かしたのは、「世界各国の大規模経済政策の発表、ないしその希望」「感染のピークアウトを早める各国の厳しい外出禁止措置」など。よく「Buy the rumor, sell the fact」と言われるが、多くの場合はrumor(噂)はexpectation(期待)だ。「そもそも」的に言うと、「マーケットは簡単に期待で動く」という点が重要だ。

実体経済は違う。筆者は政治家が「V字回復」という言葉を使うときに、「どこまで分かっているのだろう」といつも疑問に思う。耳に聞こえは良いが「世界の経済」ではあり得ない。多分彼らの頭の中では経済とマーケットが混濁している。全く別物だ。時間感覚をどのレベルに置くかという問題だが、あまりにも現実離れしている。

それは既に書いた通り、武漢の封鎖解除の実体を見れば分かるし、前回指摘した「ピークアウトやその後の経済回復軌道」が世界各国で齟齬(そご)するという問題もある。経済活動や人の雇用が戻るには長い時間がかかる。

「その後」を迎えている中国・武漢でも、例えば北京行きの航空路は回復していない。これは「首都防衛」の考え方に基づくもの。「出」を自由にしているのに、北京には直接行けない武漢市民。延期している全国人民代表大会をなんとしても早期に北京で執り行いたいとの中国政府の意向が読み取れる。

同じような問題(齟齬)は日本国内でも起きている。沖縄など日本の島嶼(しょ)部の多くは「不要不急ではない感染地域からの来訪を控えていただきたい」と言っている。当然だろう。人の流れが戻るには、世界的な感染終息が前提だ。しかし繰り返すが、マーケットはずっと先を歩く。時には駆け足で。

勝てる道?

マーケット的に重要なのは「リバース√のその後」だ。筆者の基本的な考え方は、「時間の経過はワクチンや治療薬の開発が接近することを意味する」というもの。つまり新型コロナウイルスだけを見た場合には、マーケットは時間を相手に「勝てる道」を歩む可能性が高いということだ。

既にワクチン、治療薬ができているインフルエンザでも集団感染は起きるし、それによって生ずる死者の数は決して少なくない。医療体制が整った日本でもそうで、それが不備な米国では数万の数に達する。これまでのところの、新型コロナウイルスによる死者の数よりはるかに多い。しかしインフルエンザにはワクチンや治療薬があるために、感染者の自己隔離と学級・学校閉鎖などの局地対応で済む。それはまたCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が歩む道でもあると期待される。

しかし原油価格の急落など、その他の要因もまた大きくマーケットを動かすかもしれない。COVID-19だけでも相場への織り込みは平坦な道ではない。そのプロセスには様々な要素がある。「やはり経済の落ち込みは半端ない」という見方が強まって先行き懸念が極度に高まることも予想されるし、特に途上国では大きな暴動、政治的混乱が生ずる可能性がある。

今の段階では第二次、第三次などの感染状況のアップダウンによってそれへの対処(外出規制、social distancing 確保方法の改訂)がオン、オフで繰り返し出される可能性が高い。新型コロナウイルスはSARS(重症急性呼吸器症候群)のようには簡単に消えてくれそうもない。だからまだ二番底の可能性はある。マーケットの先行きを正確に読める人はいない。

中国に続き欧州、さらには執筆時点で最悪の状態(toughestとトランプ大統領が表現)の米国でも感染のピークは過ぎつつあるようだし、実は「時間が味方」というのも一つの考慮要因だ。VIX指数(恐怖指数)もかなり水準を下げてきた。あとは投資家一人ひとりの判断だ。その集積がマーケットのトレンドとなる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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