1. 金融そもそも講座

第253回 新型肺炎とマーケット2

この原稿を書いている時点で、前回の原稿からおよそ2週間が過ぎたが、新型肺炎に関するマーケットの判断は定着しつつあるように見える。それは「過度な懸念はしないし、世界経済に対する影響も一時的で終わる」というものだ。

無論、新たな展開はそれを一夜にして変えうる。しかし、各国が引き続き中国がらみの人の動きを規制している中でのこのマーケットの即断。日々のメディア報道を見ると、トップニュースに新型肺炎とその関連情報が取り上げられている。しかしマーケットはその株価動向をもって「新型肺炎は一応消化した」と語っているのだ。

今回の展開では、マーケットがそもそも持つ性格がよく示されている。善しあしの問題ではなく、「マーケットの特性」を理解する上で非常に良い機会だったと筆者は思う。マーケットは既に「米国経済の健全性の確認」「中国経済の回復力」「世界経済の今後の展開」「個々の企業の事業運営・業績」などにも関心を向けている。

違った側面に意味

筆者は前回、新型肺炎(世界保健機構=WHOは正式名称を「COVID-19」とした)について、マーケットにとっての「違った側面」として次のような点を指摘した。「懸念一色」の風潮に対して、その時点での情報をもとにして「異なる視点」を提供しようとしたものだ。

  • 1. この新型肺炎の致死率は約3%という観測もあり、2002~03年に流行したSARSの致死率約10%を大きく下回る
  • 2. 患者数は既にSARSの時の中国国内感染者数5327人(WHO調べ)を上回っている一方で致死率が低いことについては、重症な肺炎に進行せずに発熱やせき、くしゃみといった症状で収まる人が多いのではないかとの見方もある
  • 3. 感染者1人からウイルスがうつる人数は1.4~2.5人とされ、SARSの2~4人に比べて少ない(直近の報道では、3次感染の可能性があるとの報道も)
  • 4. 新型肺炎の死者は、今のところ中国・湖北省で発生しており、死に至った方の大部分は「高血圧などその他の疾患」を抱えていた、との報告もある

このうちその後の情報に照らして変更すべきは「1」だ。「新型肺炎の致死率」を「約3%」としたのは、武漢を中心とする中国・湖北省の致死率の高さに押し上げられた数字であることがあきらかになった。

実際に中国以外の死者は極めて限られた数で、患者数が増えて時間が経過している割には増加していない。中国以外の致死率は「0.2%をやや上回る程度」との見方が定着しつつある。「2」については、患者数は中国を中心に増えている。

ではなぜ武漢を中心とする湖北省の新型肺炎患者の致死率(4%前後と言われる)が高いのか。それは発症源として患者数が激増しているのに医療の体制が整っておらず、患者とわかっても医師の処置が間に合わずに重症化し、死に至るケースが非常に多いためと考えられる。つまりそれは「医療体制の問題」と理解されつつある。それが整っている国では、死にまで至るケースはまれと言うことだ。

重症化率は低い

新型肺炎に対して広がりつつある一般的な理解は、「今回のコロナウイルスの伝染力は比較的強いが、体力のある一般患者を重症化させる力は弱く、致死率はせいぜいインフルエンザ並み」「適切に治療すれば、回復の見込みが大きい」ということだ。

にも関わらず日々メディアが相変わらず新型肺炎とそれに関するニュース(横浜港のクルーズ船の状況、中国での患者数・死者数の増加など)にかなりの時間をついやしているのは、「それがニュースだから」だ。検疫官の罹患(りかん)なども目新しいし、一般の人の懸念を呼ぶ。

しかし、マーケットが最初から見ていたのは、「新型肺炎の広がりとその対策で中国の経済活動がどの程度鈍化し、それが世界経済や企業活動にどう影響するのか」や、「世界各国が次々と打ち出している中国を中心とする人の移動に関する規制措置が、世界経済にとってどの程度打撃になるか」という点だろう。長期化、深刻化するとなれば株価もやや大きな調整をせざるを得ない。

ただ、マーケットは比較的早い段階で「影響は軽微」と判断した。なので日が経過するごとに上げ局面を多く演じ、この原稿を書いている2月13日の前日(12日)、ニューヨークの株価は過去最高値での引けとなった。ダウ工業株30種平均は3万ドルにまであと450ドルのレベルに到達し、ナスダック総合指数も1万に近い。S&P500種株価指数は3500が間近だ。

これは中国での患者数の伸びが鈍化していることや、中国政府が景気底入れの方策を検討しているとの報道なども後押ししている。しかし全体的に見れば、「マーケットは新型肺炎の影響は最初からそれほど心配はしていなかった。それが今の値動きに示されている」と言っても過言ではないだろう。

新型ウイルスとの直面は、人類史をひも解くと幾度か起きている。エボラ出血熱のようにウイルスが強烈だと寄生される宿主(人体)を殺してしまうので、それほど伝染力は強くなれない。患者が直ちに完全隔離されることもある。逆に今回の新型肺炎のように伝染力が強いケースではむしろ重症化率は高くなく、それほど死者も出ないという関係が成り立ってきた。

楽観的すぎるか?

マーケットはこうした関連を過去の経験によって学んでいたから、今回の反応になったと言える。これは今後のために記憶しておいてよいだろう。むろん、新型ウイルスの登場は、その特性が分かるまでは不安だ。しかし時間の経過はそれを徐々に明らかにする。そしてマーケットはそれを消化する。

今後の問題は「感染のピークは2020年の2月中、遅くても末」との中国政府の見解通りの展開になるのかどうかだ。中国では「ウイルスと戦いながら、職場に戻る時だ」とのスローガンが一部で出ていると伝わる。当然ながら中国政府は経済への打撃を避けるためにも、なるべく早く収束を宣言し、そして経済活動を元に戻したいだろう。そうしないとただでさえ頭打ちの中国のGDP伸び率は年率4%前後に低下しかねない。それは中国共産党の統治の正統性を揺るがす事態だ。

マーケットは新型肺炎に楽観的すぎるだろか。私はそうは思わない。そもそもマーケットは「先取り」が常だ。世が悲観の音楽を奏でるときにこそ、マーケットは「その先」を読もうとし、その読みはしばしば当たる。なにせマーケットの参加者は自分や、人様から預かった大切なお金を運用している。そこではそもそも、常に真剣に未来を読もうとしている。特に長期にお金を運用している投資家はそうだ。

今回の世界的な株高(新型肺炎騒動の最中での)は、当然ながら世界的な低インフレ、低金利や、産業構造の大きな変化、その恩恵を受ける数多くの企業が株式市場の主役になっているという環境のもとで展開している。そうした環境は恐らく続くだろう。

重要なのは、「それを脅かすものがあるとしたら、何なのか」という疑問を持つことだ。恐らく新型肺炎は、マーケットの大きな枠組みを変えるものではなさそうだ。警戒心は緩めてはいけない。しかし前回も書いたが、「過度な懸念」は不要だ。

次回からは新型肺炎以外の問題を取り上げる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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