金融そもそも講座

新型肺炎とマーケット3

第254回

新型コロナウイルスとマーケットとの関係が大きく変わってきたので、今回は予定を変更して引き続きこの問題を取り上げたい。

患者数は中国での増加数より「それ以外の国々」(韓国やイタリア、それにイラン)の合計増加数の方が多くなり、南米を含む世界5大陸にまで感染者は広がった。

そうした中で世界各国は重層的に国内外の対策を打ち出している。米国では感染対策の司令塔にペンス副大統領が指名された。

対策の柱は「検疫の必要性」から、人の移動を制限し、集会やイベントの抑制・中止、宴席の自粛などを伴うもので、明らかに景気悪化の要因だ。

株式市場は新たな世界的金融緩和を織り込んでも「経済への打撃は大きい」との見方で一時下げた。しかし市場が際限なく下げることはない。今回はこれまでと別の角度から、この病魔とマーケットとの関係を「そもそも的」に考えてみたい。

世界的増加

新型コロナウイルスの現状をどうみたらよいのか。筆者が原稿を書いているのは2月最終週後半。比較的しっかり推移していた世界の株式市場が、前半の数日間で大きく下げに転じた週だ。楽観論が一時的に消え、下げ局面演出のきっかけとなったのはイタリア、韓国、イランで、週末だけで患者数が急増したこと。マーケットはパンデミック(世界的な大流行)の予兆を感じ取った。

特に懸念されたのは、欧州南部に位置して観光やビジネスで人の往来が激しいイタリア北部(ミラノがあるロンバルディア州やベネト州など)での患者数の急増。人の移動の激しさ故か、そこから欧州各地、さらには南米のブラジルなどに飛び火。

韓国やイランの感染拡大は、宗教がらみの行事での大規模な人の集まりが起点になったとされる。韓国では累積患者数が1000人を超え、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」関連を入れない日本の患者数を大きく上回った。そのため、世界では韓国からの観光客の入国を規制する動きが広がった。

改めて示されたのはCOVID-19(WHOが定めた新型コロナウイルスの正式名称)の感染力の強さだ。イタリアのケースは、たった一人の感染者が多数の感染者を短時間で連鎖的に生み出したことが分かっている。韓国やイランの例で明らかなのは、「密集した大規模な集会は感染者の集団(クラスター)を生む」ということだ。

日本政府が大規模集会やイベントの自粛を要請しているのはこれに基づく。当然ながら今の日本では各業界が動いている。感染者を出した企業はもちろんのこと、多くの企業が従業員の在宅勤務を推奨している。恐らく世界的にも宗教行事を含めて大規模な集会やイベントは当面、「中止か延期」となる見込みだ。

適切な対策規模とは

中国を含めて各国が今後直面するのは、「COVID-19のためにどの程度までの措置を実施して感染拡大を阻止すべきか」という問題だろう。これはマーケットにとっても非常に重要な問題だ。過度に恐れて経済活動を縮小させれば、経済や社会の打撃が拡大する。

致死率が10%前後に達したSARSとは違って、今回のCOVID-19は1~2%(発生源の中国・湖北省を除く)とされる。筆者は時々考える。それは、一時より大幅に交通事故死を減らした日本でも毎年3000人台(2019年は3215人)の方が交通事故で亡くなっている。依然としてすさまじい数だ。

しかし車を使った経済活動、つまり車社会を止めようという議論は出ない。できる事は「なるべく死傷者を減らす」ということで、車の安全性能を高め道路を整備している。日本はある程度それに成功した。日本の交通事故の死者はかつて1万人を超え、「交通戦争」とまで言われていたが減少したのだ。

米国では今でも1年間に1900万人がインフルエンザにかかり1万人が死亡している。日本のインフルエンザによる死者数は年間1000人前後とされる。とても残念なことではあるが、それでも経済活動は通常通り行われている。インフルエンザは罹患(りかん)した人に、外出を控えるよう要請し、治療薬を処方する。その手順が社会的に決まっている。まだ治療薬がないので比較は出来ないが、COVID-19と経済との関係を考える上では、「インフルエンザと経済の関係」は、一つのヒントになるかもしれない。

「新型コロナウィルスのためにどの程度までの措置を実施・継続して感染拡大を阻止すべきか」。この問題に最初に直面するのは中国だ。湖北省や北京での厳しい措置もあって発表ベースでは中国での感染者の増加ペースは低下している。WHOも「中国の一連の措置は効果があった」と言っている。しかし問題は経済活動への打撃となる措置をいつまで続けるのかということだ。

中国の今年第1四半期の経済成長率は「ゼロないしマイナスになるかもしれない」との見込みもある。その場合、中国の今年の経済成長率目標の「6%前後」の達成は厳しくなる。「中国国民に豊かさを与え続ける」という共産党の統治の正統性が問われる事態だ。中国では「患者数の増加ペースの減少」をもって、「多くの地区での規制緩和・経済活動の再開」が課題となるだろう。再び患者数が増加するリスクを犯しながらだ。

折り合いが重要

非常に重要なポイントは、感染拡大阻止を優先するあまり経済活動を抑制し過ぎると、各国経済、ひいては世界経済が疲弊して富や職の喪失という問題に直面するだろうということだ。経済も社会も弱体化する。経済が強くないと医療体制も維持できないし、病人を含めて社会全体が弱い人々を助けられないという点も考慮しないといけない。

感染拡大を食い止めることは絶対的に必要だ。そのために一定期間を決めて集会・イベントの自粛も必要な措置だと思う。しかし「経済に大打撃だが、日本は一旦全てを止めて」的な一部の議論には賛成できないし、マーケットもそれは予想していないだろう。人類はその歴史の中で常に「新型ウイルス」とは戦ってきた。SARSのように終息したウイルスもあれば、インフルエンザのように毎年人類を襲うウイルスもある。人類は生まれ来る新型ウイルスとは相手の脅威(きょうい)に応じて折り合いを付けるしかない。ウイルスの増殖は抑制できても、根絶は難しいからだ。

一番良いのは、数カ月後に特効薬が生まれ、時間はかかると思われるがワクチンが作られることだ。そうすると状況は大きく変わる。日本政府は今後、効果が期待される抗インフルエンザウイルス薬「アビガン」の臨床結果の発表を行う予定という。中国では患者への投与もされているという。

恐らくマーケットもCOVID-19との折り合い場所を探っているのだろう。投資家も自分の立ち位置を考えなければならない。COVID-19は今後もマーケットにとってワイルドカードだ。相場はしばらく波乱の展開だろう。しかしそれはマーケット的には投資タイミングを探る機会でもある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。