金融そもそも講座

新型肺炎とマーケット

第252回

日々のニュースの関心が中国・湖北省武漢を中心として広まっている新型肺炎に集まっている。命、社会の安定に関わる問題なのでトップニュースになるのは当然だ。

マーケットでも大きな材料だ。
株価は新型肺炎をめぐるニュースにかなり振り回されていて、世界第2位の中国経済の足かせになりかねない。また、中国は世界的な製品のサプライチェーン(供給網)に深く組み込まれているため、世界経済への打撃も予測できる。

しかし「相場に織り込まれない材料はない」という考え方に立てば、その影響もどこかで止まるはずだ。SARS(重症急性呼吸器症候群)の時などを想起すれば、マーケットが他の要因に目を転じる時もそれほど遠くはない気もする。

今回と次回は、新型肺炎の現状、そしてそれが中国経済や日本、さらに世界の経済に与える影響を検討し、マーケットの人間としてどう考えたらよいのかを取り上げたい。

拡散する新型肺炎

この原稿を書いている時点で、新型コロナウイルスに起因する肺炎の患者数は、最も深刻な湖北省を中心に中国だけで1万人をこえた(2月1日現在)。チベットを含めた全地域で患者報告がある。問題なのは日々患者数が増加していることで、それに伴い中国国内のこれまでの死者は合わせて259人となり、大部分は湖北省で生じている。読者がこの原稿を読む時点では、これらの数字はさらに増大していることだろう。

日本を含め海外でも人から人へ感染した結果と思われる患者数を含めて、その数は増大している。中国や各国の水際対策にもかかわらず、感染拡大の収束は見えない状況だ。症状のない人からの感染も報告されている。

マーケットの視点で重要と思われるのは、中国が武漢を封鎖したのに加えて、北京や上海など主要都市での人の移動の制限、大きな集会の禁止などの措置を次々と打ち出していること。一部の統計によれば、中国国内の航空旅客と鉄道旅客はほぼ半分に減り、道路の交通量も25%減少しているとされる。経済活動への影響は甚大だ。米国を中心に、過去14日以内に中国を訪れた人の入国を禁止する動きも広がる。

武漢などを中心に空港が閉鎖され、各国は中国便を取り止めるか、大きく減便している。中国の高速鉄道、長距離バスなどは運休や一部間引き運転などに移行している。中国当局は春節休暇を数日間延長するなど様々な対策を取っていて、それは感染源の拡大防止には役立っているかもしれないが、その一方で中国の経済活動の鈍化は避けられない状況となっている。

異なる観点

ただし観点を少し変えると、この新型肺炎の違った側面も見える。

  • 1. この新型肺炎の致死率は約3%という観測もあり、2002~03年に流行したSARSの致死率約10%を大きく下回る
  • 2. 患者数は既にSARSの時の中国国内感染者数5327人(世界保健機関=WHO調べ)を上回っている一方で致死率が低いことについては、重症な肺炎に進行せずに発熱やせき、くしゃみといった症状で収まる人が多いのではないかとの見方もある
  • 3. 感染者一人からウイルスがうつる人数は1.4~2.5人とされ、SARSの2~4人に比べて少ない(直近では、三次感染の可能性があるとの報道もある)
  • 4. 新型肺炎の死者は、今のところ中国・湖北省で発生しており、死に至った方の大部分は「高血圧などその他の疾患」を抱えていたとの報告もある

WHOは、「(国際的に懸念される公衆衛生の)緊急事態」の宣言をやっと1月の最終週に下した。過去2日間にわたって検討したが、その際は見送っている。中国の立場に配慮したとの見方もあるが、客観的に見て「中国中心の肺炎」「致死率が低い」などの事情が判断材料になった。

この時点でWHOは、中国の意向も配慮し「人の移動」への制限などは必要ないと指摘した。しかし、その後の各国の動きは「人の移動」の面で中国が世界から孤立化する事態になっている。

予測は容易ではない

まだ進行中の新しい病気なので、その影響がどの程度広まるかは不明だ。SARSの時は制圧に約半年かかった。季節的な要因もあると見られるし、オーストラリアの研究機関は新型コロナウイルスの培養に成功したとも発表している。培養に成功すれば、ワクチン製造の見通しが立つ可能性がある。

SARSもそうだが、これまで中国発の様々なウイルス性肺炎が発生している。発生源は「武漢海鮮市場」と表記されるが、実は禁止されているにもかかわらず海鮮以外のヘビなどを含めてあらゆる野生動物の肉が乱雑に売られている、とも報じられている。それらがどうやらウイルス発生(人間への感染)源となったらしい。今はコウモリが疑われている。

中国の農村や都市の一部では、豚や鶏などが人間と極めて近接して生活していることが多い。また禁じられているにもかかわらず、様々な動物の肉が食されている現実も報道されている。そうした中国型の生活様式に問題があるとの指摘は多い。

今はこうした現実はあまり議論の対象になっていない。しかし長い目で見れば、生活習慣を中国がどの程度変えられるかというのは大きな問題だ。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。