金融そもそも講座

年初挨拶と為替2

第250回

2020年最初の原稿だが、早速世界のマーケットは波乱含みの様相だ。昨年末に米中貿易交渉が第一段階での合意に達し正式署名のメドも立ったため、年明けの海外市場は大幅高で始まった。しかしその後米国とイランの緊張が著しく高まり、マーケットもそれを懸念して高下する展開。つまり年初から波乱含みだ。

今年1年を見ても米国の大統領選挙という大きなイベントがあり、選挙の展開自体も材料だが、問題はその間もトランプ大統領が大統領兼候補者として今回のような重要決定を下して世界を揺り動かすこと。これは大きな不安要素だ。恐らくイランのソレイマニ司令官に対する暗殺指示も、念頭には大統領選挙があったと思われる。大きな外交案件発生で“弾劾”の件は米国の政治イベントとしてもはるか後ろに後退した。

昨年からの為替の続きと合わせて、今年の第一号をお届けする。

読めない展開

展開がなかなか読めない。原稿を書いている最中、その後もどう動くかは不明だ。一つはっきりしているのは、イランという中東の大国(人口は8000万を超える)と超大国米国が、当面抜き差しならない対立関係を深めたということだ。両国の雪解けは多分今年1年はない。イランは中東全域に自国とつながるシーア派勢力を抱え、その一部は武装勢力となっている。レバノン、シリア、イエメンなど。

対する米国は中東にサウジアラビア、イスラエルという二つの同盟国を抱えて、依然として大きな影響力を保持。中東全域に大使館、領事館、軍事基地、その他各種権益を持つ。中東にはロシア、中国も関与の度合いを深めており、トルコのように時に対立しながらも米国やロシアと強い関係を深く持つ国もある。情勢の展開は読めないところがある。

ソレイマニ司令官暗殺後の展開は、イランがイラクの米軍基地をミサイル攻撃。しかし「米軍人に死傷者はなかった」ということで、トランプ大統領は経済制裁を強めるが「アメリカの膨大な戦力は使いたくない」との立場を表明した。マーケットは行ったり来たり。依然として情勢は不安定だ。

筆者が心配しているのは、トランプ大統領という人の決断プロセスが、時に注意深さや戦略性を欠くということだ。この原稿を書く直前のニューヨーク・タイムズに「From his dealings with Iran, Syria, Yemen and Afghanistan, Mr. Trump has shown little evidence over the past three years that his decisions about war and peace are made after careful deliberation or serious consideration of the consequences.」と書かれていた。

戦略性の欠如

「イラン、シリア、イエメン、アフガニスタンに対する彼の対処を見ると、過去3年というもの彼の戦争と平和に関する決定が、注意深い配慮または結果に対する真摯な思慮を経て下されたという証拠は、ほとんどない」と訳せる。これは恐ろしいことだ。

イランに対する重要決定に関して想起すると、一つ前は米軍のドローンをイランに撃墜された際。トランプ大統領は「報復する」と言いながら、知り合いのテレビ・プロデューサーから「中東から手を引くと言っただろう」と言われて攻撃実行10分前に止めたという経緯があった。

これにはペンス副大統領をはじめ、政権内の高官はほぼ例外なく驚いたとされる。つまり政権内部にいる人にも、トランプ大統領という人の決断プロセスは読めないということだ。今回も「ソレイマニ司令官の暗殺」は、国防総省が「選ばれないだろう」と大統領に提示するオプションの中に入れておいたら大統領自身が選択したとされる。バグダッドの米国大使館が民衆に攻撃される映像を見ての決断だと伝わる。

側近にも分からないわけだから、マーケットが戸惑い続けるのも無理もない。「選挙に有利か」という観点が、彼の政策を予測する上では非常に重要だという事実は変わらない。しかしマーケットには「彼に示された選択肢」そのものは分からないので、「蓋を開けたらマーケットもビックリ」という選択は、特に外交・軍事の面では出てきそうだ。今年も「トランプ」は最大の材料だろう。

資本が動く要因の欠如

昨年最終の号で書けなかった「当局の意図」以外の二つの要素、「貿易・資本など実需の動き」と「マーケット・センチメント(市場心理)」について書き、為替の特集を締めくくりたい。

まず貿易。筆者が社会人になって以降、ずっと日本は米国と貿易問題を抱えていた。日米では常に貿易摩擦があった。それは日本の輸出超という形で存在した。しかし日本の貿易の対米黒字が縮小して年700億ドル前後になる中で、過去に比べれば前面には出なくなった。中国の方がはるかに大きな対米黒字国になり、中国の国内政治・経済体制も米国から見て日本よりは不当に思えるようになったからだ。この面からの円高圧力は低減している。

次に資本。国際間の資金の移動が何によって惹起(じゃっき)されるかは、税制変更などその時々によって違う。ただ、常にある一つ大きな要素は金利差だ。フォレックス(外国為替)をやったことがある人なら、高い金利の通貨を持つことのメリットはよく分かっているはずだ。金利は土日も働いてくれる。

金利差は日米間でも資金を動かす大きな要因となってきた。米国の金利は、かつて日本よりかなり高かった。しかし先進各国の金利差は、今は非常に小さくなっている。世界中の先進国が低金利状態になったのだから当然だ。資金は、金利差ではなかなか動けない状況になっている。

3番目にマーケット・センチメント。「なかなかバンドから出ない」というセンチメントが高まると、あえてトライする人も減る。そうした中ではマーケットに関心を寄せる人も減り、ますますマーケットは動意を失う。ドル・円はそういう状況だろう。円高には対外直接・間接投資に積極的な日本の企業・投資家の「安く外貨を買いたい需要」が待ち受ける。ドル高になると、日本の輸出企業の円転需要がある。

無論、米国のソレイマニ司令官暗殺時のように円高に動くときもある。しかし大きなドル・円相場の構図はそう簡単には崩れそうもない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。