1. 金融そもそも講座

第249回 為替:レンジは続くのか

「マーケット」という表現は、しばしば「株・為替」を意味する。それほど株式相場と為替相場はマーケットにとって代表的な存在だ。最近は「債券」も関心を集めるようになったが、あまりにも高値(低金利)に張り付いて、危機のときにしか注目されない。今回は「株」と並んでマーケットの代表である「為替」について取り上げてみる。

ここ2〜3年、この二つは非常に対極的な動きを示している。株が「高値追い」の形でかなり活発な動きを示すのに対して、為替相場はFX取引をやっている人が嘆くほど値動きが小さく、よってボラティリティー(変動率)も下がっている。実際のところ、テレビ・ラジオなどでニュースの最後に読み上げられる為替相場、特にドル・円相場は既視感の強いものだ。なぜそうなのか、そして2020年はどうなるのか。2回にわたって検証してみたい。

狭まるバンド

まず一番の関心の的であるドル・円相場の過去数年の動きを振り返ってみよう。インターネットで「チャート ドル・円相場」と検索すれば各種のチャートが出てくるので、参考にしてみてほしい。それらを見ると、実感通り最近の動きが非常に狭いことが分かる。2017年の春からドル・円相場は安定期に入って、大まかに言うと「上限115円、下限105円」という「10円バンド」に入っている。2018年は多少ドル高の年、2019年は多少ドル安の年という印象はあるが、10円バンドは変わらず。

では記憶に鮮明に残っている「為替相場の激しい動き」が最後にあったのは何年だったのかとチャートを見ると、それは2016年だと分かる。2015年のドル高を受けて、2016年は前半にドスンと円高・ドル安になり、その後ドルが盛り返して120円に接近した。しかしそれを受けた2017年の春から、ドル・円相場は動きを狭めた。その後もメジャー通貨で対円のレベルを大きく変えた通貨はある。ユーロやポンドなどだが、それは後で扱う。ドル・円相場はそれ以来静かなままだ。

3つの重要要素

なぜドル・円相場は動かなくなったのか。筆者は変動相場制が始まるきっかけになったニクソン・ショック(1971年)が発生したときはまだ大学生だったが、その後ずっと為替は身近だったし、実際に銀行で為替ディーリング部門に籍を置いたこともある。その経験から言うと、為替相場はさまざまな要因で動くが、大きな要素を挙げれば以下の3つだ。

  • 1. 政府の意図
  • 2. 貿易・資本など実需の動き
  • 3. マーケット・センチメント(市場心理)

この順番に意味はない。マーケットはしばしばそれらの要因の絡み合いで動くので、為替相場には各要因がいつもそれぞれ入り込んでいる。しかも各要因がその時々に主張の度合いを変える。1ついえることがある。それは「政府の意思」、特に米国政府の明確な意図が示されたときに為替相場は大きく動く可能性が高く、歴史を見れば実際に動いてきた。

例えば1985年のプラザ合意(9月22日)。米国が主導し、日本や西ドイツなどが協調的なドル安路線を取ることで合意した会議だが、その後のドル・円相場の展開は実に急激だった。思い出す方も多いだろう。発表翌日の9月23日の1日24時間だけで、ドル・円レートは1ドル=235円から約20円下落した。1年後にはドルの価値は著しく下がり、150円台で取引されるようになった。こんな相場激変の芸当は、先進国通貨についていえば他の2つの要因ではほとんど起こりえない。

実はプラザ合意は、そのときに顕著だった米国の対日貿易赤字の是正が目的だったといわれている。インフレ抑制のための米国の高金利によって世界中から資金が集まってドル高になり、いわゆる「双子の赤字」(貿易・財政)が世界的に問題視される中での「政府の意思」(特に米国の)が強烈にマーケットに示された結果だった。マーケットも政府の意思にはしばしば逆らえない。

ぶつからない範囲

今の状況はどうか。既に米国の対外貿易赤字の大元は、日本ではなく中国に移った。日本が対米国で年間700億ドル程度の黒字に対して、中国が対米で出している黒字は3000億ドルにものぼる。その分が米国の赤字だ。米国の関心はこのところずっと「対中国」にあって、トランプ大統領は日本(円)をも問題視する発言を時々するが、国同士の親密度もあって、いってみれば「二の次」だ。日本側もデフレ圧力になり、経済へ打撃になる円高は避けたい気持ちが強いので、まず100円を切りそうな円高の可能性は今の状態ではまずない。実際に過去2年間は105円近辺がドル・円のフロアになっている。

ではドル高・円安の可能性はどうか。日本の一部メディアには「貿易立国・日本にとって円安は有利」という見方は残っているが、実際には既に日本企業は米国をはじめ世界に工場を展開しているし、輸出入の貿易関係が複雑になる中で「日本経済にとっては円安優位」とはいい切れない状況だ。加えて米国は、トランプ大統領にとっての票田(ひょうでん)である、鉄や自動車などの各種基幹産業の保護意識が強い政権意向もあって、基本的にはドル高嫌いの傾向がある。

米国の一番目先にあるのは人民元だが、視界にはむろん円も入っている。120円のドル・円は、米国政府にとって目障りだろう。その範囲、つまりバンドの中にいれば、ドル・円相場は「政府の意図」とはぶつからない状況がある。具体的に言うと、「105円以上の円高(ドル安)だと日銀が懸念」「115円以上のドル高(円安)だと米国が懸念」という状況の中に、今のドル・円相場はうまく収まっているということだ。

トランプ大統領がドル高嫌いなのは明らかだとして、筆者が注目しているのは人数が絞られてきた米国民主党の大統領候補者たちが、為替の問題をどれだけ取り上げているかだ。比較的注意をはらって候補者の意見を聞いているが、特に「今の円相場は安い」と攻撃材料にしている人はほぼ見うけられない。もうちょっと人数が絞られてきたらさらに詳細に検討したいが、「主戦場は中国」「ドル・円相場を取り上げても票にならない」という政治情勢が米国でもできあがっているからだと思う。

3要素のうち、今回まだ1つしか取り挙げられていない。しかし為替を扱っている人はせっかちだろうから、後編をまたずに結論を言うと「2020年もドル・円相場はあまり動かない可能性が高い」というものだ。ただ1つ気がかりなことがある。それはドル・円のチャートが三角保ち合いの突先(とっさき)に差し掛かっていることだ。

次回は資本や貿易の流れ、そしてマーケットのセンチメント(心理)の面からも見てみたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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