金融そもそも講座

迫る期限

第248回

前回のテーマ「上値を追い始めた世界の株価」に1つあった大きな不確定要素は、「米中貿易交渉の行方」「その行き詰まりの可能性」だったが、雲行きは徐々に怪しくなりつつある。今回はその問題を取り上げたい。

というのも「中国が合意しなければ、私は関税を引き上げるだけだ」とトランプ大統領が直近でも言及している期限の12月15日が接近してきたからだ。依然としてマーケットは先行きを基本的に楽観視している。その背景には後で触れるが、米中両トップが直面している課題がある。一方で、それぞれの国には相手国に妥協するなと主張する強硬派が控えており、また深刻化して両国関係のトゲになりつつある香港問題もある。情勢はマーケットの期待ほどにはうまく進んでいないようにも見える。

迫る期限

12月15日が重要なのは、米政府が同日にスマートフォンやノートパソコンを含む中国製品およそ1600億ドル分について、15%の追加関税を発動する計画を以前から明らかにしているからだ。この文章を読者の方々が読むのは恐らく11月も末だから、半月後には期限が来ることになる。同措置はむろん米国の消費者にとっても打撃だが、中国の産業界に与えるインパクトも大きい。マーケットはずっとこの12月15日を、米中トップによる交渉第1段階に関わる正式署名の期限と見なしている。

もしこの日時までの正式署名をトランプ大統領が希望していたら、既にトランプ・習近平の会談がセットされ、その場所も選定されていなければならない。大国首脳同士の会談は、多くの場合数カ月前から判明しているものだ。しかしこの文章を書いている時点でその兆しがないのは、「交渉は難航している」(米中交渉筋)ということ。これに関して直近のロイター電は関係者の話を引用して、「米中の交渉は2020年にずれ込む可能性がある」と報じている。この報道で株は値を下げた。

1つ可能性としてあるのは、発動期限の延期だ。例がある。米商務省は11月18日、米国企業に中国通信機器大手華為技術(ファーウェイ)との一部の取引を認める一時的ライセンスを再度延長した。猶予期間の延長は90日間で、5月と8月に続いて3度目となる。これはファーウェイへの米国製品の禁輸措置に関連して、事実上の禁輸リストである「エンティティー・リスト(EL)」の指定に関わるもの。同省は5月から実施し、8月には制裁回避を防ぐため関連会社46社を追加した。同社への米国製品の輸出は商務省の許可が必要で、今後も企業の申請は原則却下される。

しかし一方でトランプ政権は、ファーウェイが既存のネットワークや携帯電話の安全性を保つために必要な部材やソフトウエアに限り輸出することを許可、それを8月に延長、その期限が間近に来ていた。米商務省がどう対処するか注目されてきたが、同省は11月18日に「再延長する」と発表した。トランプ政権としては中国側に善意を示すことで何とか第1段階のディールを締結し、その署名式も行って大統領の再選に弾みを付けたかったと思われる。

固い中国

しかし中国側の姿勢は「双方が引き上げた関税の撤回、一部撤回」が合意・署名の前提という点において譲歩していない。中国側の姿勢は「第1段階のディールの合意には、関税を相互に引き下げることを入れるべきだ」というもの。対するトランプ政権は、既に引き上げた関税はそのまま維持するという姿勢。「12月15日からの追加関税を見送る代わりに、中国は年間500億ドル相当の農産物を買うべき」といった主張だ。その点でどうしても折り合いがつかない様子がうかがえる。

確認しておくと、今回の話し合いはあくまで「第1段階(phase one)」に関するものだ。この後には第2、第3、第4……(どこまで続くか分からない)があり、その話し合いは長い時間を要すると思われる。いわゆる米国が問題視する「知的財産権の保護、国有企業のあり方、技術移転強要」など、非常に複雑な問題が待ち構えている。その合意はずっと先の、もしかしたら次の大統領の統治下での話になるかもしれない。もしかしたら米中関係は「ずっと課題だらけ」という状況が続く可能性がある。双方が覇権争いをしている限り、大国間に問題がなくなることはない。

問題はマーケットにとって破壊的な関係になってしまうのかどうか、という点だ。

最近明らかになってきたのは、新聞やテレビなどのメディアでは「米中対立」という見出しが躍り、その先行きを懸念せざるを得ない状況だが、実のところマーケットはメディアが騒ぐほどには米中摩擦を懸念していないのではないか、ということだ。

既に双方は相手国の物品に25%などの相当高い関税を掛けている。確かに米中の貿易関係は悪化しているし、それが世界経済や企業業績にも影を落としている。しかしマーケットは当のニューヨーク市場を代表に「高値追い」だ。なので「米中貿易摩擦をそれほどマーケットは気にしていない」とも言える。

摩擦:課題懸念の対象?

今後問題となるのは、それが米中摩擦の先行き(解決)への間違った楽観的予測に依拠したものなのか、それとも実際に経済の構造変化などを反映した根拠あるものなのか、という点だ。

確かに歴史的には、貿易摩擦・戦争は両国関係の悪化、国内経済の崩れ、生産や雇用の減少から戦争への道につながった。しかし考えてみれば、今の世界における経済活動はかなり「サービス化」している。我々の日常の支出にしてもそうだ。サービス支出が全体支出のかなりの部分を占める。実際の物品の購入に相当する部分は少ない。関税は主に物品にかかる。今の世界的な消費堅調には、そうした背景があるのかもしれない。

厳密に100年前の経済構造と比較したわけではない。しかし恐らく現代の方が「関税の相互引き上げ」で打撃を受ける経済分野は70年前、50年前、さらには25年前よりかなり小さいと思われる。もしそうだとするならば、マーケットが米中貿易摩擦に関する悪いニュースに脚気(かっけ)反応して株価を短期間下げるものの、それが忘れられるとすぐに戻す。そして時に史上最高値を更新するのは、「実は米中摩擦が今程度だったら世界経済はその変質(サービス化)の中で十分吸収可能なのではないか」と市場が判断していて、このマーケットの判断は案外正しいのかもしれない。

前回も指摘したように、それは「経済堅調なのに金融緩和」という特殊事情の中での出来事と考えることも可能だ。経済が堅調なのに、世界的にインフレリスクは低い。しかし考えてみれば今の世界的な低インフレは当分続きそうだ。「アマゾン・エフェクト」は時代を象徴する言葉の1つだし、それ以外にも世界では物価が上昇しにくい環境が整っている。賃金の安い労働力を見付けるのはまだ可能だし、工場の無人化、ロボット化も進展している。だとしたら、その状況は続く。

もっとも、「世界的に設備投資が弱い」という現状は、米中貿易摩擦の激化によって引き起こされていると見るのは正しいと思う。世界経済にとっても、そしてマーケットにとっても「米中貿易摩擦が緩和に向かう」ことが歓迎すべきであることに変わりはない。そうした視点を持って12月15日の期限を見守りたい。むろん、「期限の先延ばし」の可能性を含めて。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。