金融そもそも講座

上値を追い始めた世界の株価

第247回

世界の株価が上値追いを始めている。季節的にも上昇しやすい時期だが、他にいくつかの要因も指摘できる。東京市場も過去3カ月のチャートを見ると株価は明確な上げ基調にあるが、それ以上に上昇が目立つのはニューヨーク市場だ。11月の第2週には、週明け早々に代表的な同市場3指数(ダウ平均株価、S&P500種株価指数、ナスダック総合株価指数)がそろっての史上最高値更新となった。その後も堅調推移を続けている。

今回はその背景、その持続性を考えてみたい。米中貿易摩擦のように先行きが読めないものも多いし、マーケットが常にそうであるように「不確実性」は残る。しかし様々な懸念要因があるにもかかわらず、株価が今年の夏まで見られたレンジから上に抜けてきたこと自体が大きな意味を持つと考える。

世界的上げ基調

東京やニューヨークばかりではない。多くの国の株価指数を見ると、過去3カ月の上げ基調は明確だ。株価が低迷を続けている国を見ると、国内政治情勢が不安定だったり、どこかの国と厳しく対立して制裁を課されていたりするケースが多く見られる。それがない国の株価は、大方において上げている。欧州や、アジアを見てもそうだ。その背景にはいくつかの要因がある。

  • 1. 米中貿易摩擦がむしろ緩和に向かっているとの楽観論
  • 2. 先行きが懸念されていた世界経済だが、米国を中心に「案外底堅い」との見方
  • 3. 決算シーズンにあって、特に米国企業の業績が好調なこと

などが指摘できる。米中貿易摩擦に関しては、依然として行きつ戻りつな状況にある。米有力紙であるウォール・ストリート・ジャーナルが11月の初めに「米中が10月中旬に暫定合意した貿易交渉の『第1段階』(phase one deal)の11月中の署名場所に関して、トランプ米大統領はアイオワ州を考えている」と報じたり、それに関連してロス米商務長官が同じ時期に、中国通信機器大手ファーウェイへの輸出免許について、「米国の一部企業にもう間もなく(very shortly)出される」と述べたり、これらの報道をきっかけに、ニューヨーク市場の3指数は高値更新した。

しかしその後、「署名式は12月に遅れるかもしれない」「習近平政権は米国での署名を回避したがっている」「中国側はもう1段の交渉の詰めを求めている」など、様々な情報が行き交っており、実際はどうなっているか分からない状況である。しかし既に1年を切った大統領選挙までの日程を考えれば、議会民主党から弾劾決議を突き付けられているトランプ大統領が強気一辺倒を通せる可能性は小さい。何らかの妥協があるだろう、との市場の読みは当たっていると思う。

12月まで延期?

筆者がウォール・ストリート・ジャーナルの記事で興味を持ったのは、「会談場所はアイオワ州」という部分だ。アイオワ州は米国の大統領選出プロセスの中では、歴史的に非常に重要な州で予備選の開催が早い。今回の米中間のディールが「農業中心」「選挙目当て」であるにしても、仮に習主席が「そのためだけに米国へ来る」としたら重要性はなおさらだ。

もし本当にアイオワ州が署名場所に選ばれるなら、「中国の習近平国家主席が米国までわざわざ来る」という意味において、「中国が妥協したがっている」という印象を世界に与える。トランプ大統領にとっては、大きな勝利だ。しかしそれだけに筆者はすんなりと習主席がアイオワ州を訪問するかどうかについては、やや疑問だ。私の疑問はこの報道が出た後の中国側の逡巡(しゅんじゅん)の様子にうかがえるし、この原稿執筆時点でのブルームバーグの報道では「ほぼなくなった線」とのことだ。

ロス商務長官のファーウェイに関する発言も気になる。米中の「第1段階合意」が単に農業分野にとどまらない可能性を示すからだ。恐らく米中間選挙でもっとも意見の対立が大きいと思われる、中国の国営企業への支援などの構造問題への取り組みは、「第1段階合意」には含まれない。米国にとっても中国にとっても、国内的に非常にセンシティブな問題で、容易に妥協できない側面を持つ。

しかし繰り返すが、トランプ大統領は国内の様々な業界の選挙民に対中交渉の“成果”を提示する必要がある。その意味では、米中の貿易交渉は少なくとも部分合意に向けて動き始めている、と言える。マーケットはそれを敏感に嗅ぎ取っているという訳だ。

経済堅調なのに緩和

  • マーケットが強気に傾いてきた「2」の要因に関しては、
  • 1. 米10月の雇用統計に示されたように米国経済は堅調である
  • 2. しかし米連邦準備理事会(FRB)を含めて、世界の中央銀行は緩和姿勢を強めている

という2つの側面からの視点が必要だ。10月の米国の雇用統計に関しては、自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)のストなどで、非農業部門の就業者数が8万未満になるとの予想もあったが、実際には前月比で12万8千人も増加した。その前2カ月の雇用者数も計9万5千人上方改定された。失業率も4%を下回ったまま。ということは、米国の消費者の収入は増え、経済が個人消費を下支えに引き続き強く推移する可能性が示唆されたと言える。

しかしFRBは、「設備投資が弱い」「インフレ率が2%の目標を下回っている」ということを理由に、10月まで3回連続して米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.25%の利下げを実施した。債券利回りも指標10年債で見て2%を下回ったまま。株式市場に非常に資金が集まりやすい環境になっている。FRBは3回連続の利下げのあと「しばらくは様子見」のスタンスを示したが、それは市場ともとても息が合った決定だった。

加えて、米国を中心に次々と発表される第3四半期の企業業績は、大部分のケースにおいて好調だ。ロイター通信などの調査によると、S&P500を構成している銘柄のほぼ7割近くが予想を上回る決算数字を発表しているという。世界的株高といってもウォール・ストリート・ジャーナルが「U.S. Stocks Outpacing the Rest of the World」と書いている通り、米国が傑出している事実は変わらない。

しかし日本を含めて、株が年末高に向かって推移する可能性は高まっていると言える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。