金融そもそも講座

米中摩擦、行き詰まり状態に(後編)

第236回

米中の対立は、中国が“摩擦”の代わりに貿易戦争という形で“戦争”という言葉を使い始めたことで、行き詰まりを経て、感情も含めエスカレートしている。マーケットは当然これを懸念し始めたが、教科書通りでない動きも見られる。それは、お互いに関税を引き上げているので物価には上昇圧力と思いがちだが、それよりも、世界的な景気悪化への懸念が先行して、米国をはじめとした世界の長期金利が大きく低下し始めたことだ。世界で最も景気が良い米国でも、短期金利が長期金利を上回る逆イールドが生じている。

米中の距離は離れる一方で、それをなんとか詰めようという努力も今は見られない。ただマーケットがざわついてきた状態なので、両国が動き出す機運は醸成されつつあると見る。習近平政権は悪化する経済に直面しながら米国との落としどころを探し、トランプ大統領は来年の選挙をにらんで対中圧力の掛け具合を勘案する段階に入った。

摩擦から戦争に

高率関税(発表を含め)を掛け合った後の交渉行き詰まり状態から、米中関係は「a tech cold war」(テクノロジー冷戦)の方向に展開している。この間に中国は夜間にテレビ放映されていた抗日ドラマを、朝鮮戦争時の白黒の抗米映画に切り替えて、冒頭で触れたように対米関係に摩擦ではなく戦争という言葉を使い始めた。

ある意味当然だろう。米国は「中国の夢」(習近平主席がよく使う言葉)の一丁目一番地であるファーウエイに対する包囲網を狭めていて、それは中国からすれば「ある種戦争を仕掛けられた」と見えるのだろう。米国には「中国を普通の国、民主的な国、世界の他の国にとって脅威にならない国にしたい」という“善意”があるが、一党独裁を続ける中国共産党にとっては「米国は、党と、党の統治を揺さぶりにきた」と見なさざるを得ない。

中国側の武器としてがぜん注目されてきたのはレアアース(希土類)だ。スマートフォンなどあらゆるハイテク製品に使われていて、中国はその主要生産国で、世界における生産シェアは7割を占める。資源豊かな米国もレアアースは国内生産では追いつかず、輸入の8割を中国に依存しているといわれる。こうした事情から、米国はレアアースの中国からの輸入を、関税引き上げの対象から注意深く外している。

警告しなかったとは言うな

中国は2段階で米国に「こちらにはレアアースがありますよ」と警告している。最初は習国家主席による江西省のレアアース関連企業訪問。そこで彼は「(レアアースは)重要な戦略資源だ」と発言した。次いでこの原稿を書く直前だが、中国共産党の機関紙人民日報はレアアースに触れて、「Will rare earths become a counter weapon for China to hit back against the pressure the United States has put on for no reason at all? The answer is no mystery.」と書いた。

翻訳すると「レアアースは、何の根拠もなく中国に圧力を掛けてきている米国への対抗武器になるだろうか? 当然そうであることに不思議はない」で、これは明らかに「武器にするぞ。レアアースの禁輸もメニューだぞ」と脅していることになる。これに対する米国の反応はまだ出ていない。

すぐに反応したのはマーケットだ。日本もそうだが、ニューヨークもダウ工業株30種平均は5月24日の週まで5週連続の下げ。これは2011年以来のことだという。それ以降も下げ基調だ。S&P500種株価指数とNASDAQは3週連続の下げで、こちらは18年以来。一方、上海も24日の週まで5週連続の下げとなった。マーケットに広がっている見方は、「米中摩擦の解消には、今まで想定していた以上に時間がかかる」というもので、悲観論の高まりが見える。

中国はこれに関連して、「Don’t say we didn’t warn you」(警告しなかったとは言うな)という表現を使っている。このフレーズは過去に中国は2度使っている。それは62年のインドとの国境紛争の前、そして79年の中越戦争の前。ともに物理的な戦争に突入している。陸続きの隣国とのケース。米国は太平洋を挟んではるかかなたなので「Don’t say we didn’t warn you」が具体的に何を意味するかは不明。しかし「禁輸するぞ」と言っているようにも見える。

相場で言えば“底”か

もっとも中国はレアアースを過去に武器として使ったことがある。尖閣を巡る日本との対立激化の折だ。しかしその時鮮明になったのは「代替物質の開発が進んだ」ということだ。当初はレアアースの価格は高騰したが、時間の経過とともに価格も下がって、中国は結局レアアース戦略をやめざるを得なかった。在庫もあったし、騒がれたほどには日本は打撃を受けなかった。今回どういう勝算があるのか分からない。「俺たちにだって武器はある」と宣伝しているように思う。

次の米中閣僚協議は予定がなく、既に1カ月を切った大阪でのG20で米中首脳が話し合いを持つことができるのかも不明なのが今の状態。そうした中で今の世界で急速に高まっているのが「世界的リセッション懸念」。世界のマーケットはその部分に反応している面もあるし、米国の長期金利の2.20%台への低下は、3カ月などの短期金利を時に下回る水準で、米国のメディアでは「R-word」(Rはリセッションの頭文字)とのキーワードが飛び交い始めた。

これは、相場的には「底」が徐々に見えてきた状態といえる。米国はファーウエイ制裁を切り札に中国を締め上げる。中国は持ち札こそ少ないものの、輸入の8割を自国に依存している米国に「レアアースは武器だぞ」とちらつかせる。そして両国のマーケットはこの「解消の展望なき戦争」への警戒感を強める。

明らかなことがある。相手にちらつかせている米中の武器は、いずれも「諸刃の剣」だということだ。中国のレアアース輸出規制は、中国の供給国としての信頼性を損ない、オーストラリアなど他の供給国の開発促進、そして米国をはじめとする諸国での代替品開発、さらにはレアアースを使わない製品開発を促してしまう。なので「ちらつかせているだけ」との見方もある。

一方、米国のファーウエイ制裁は多くの米国企業や消費者にとっても打撃が大きい。それゆえマーケットも懸念している。両国の武器にはともに副作用が大きい。この「最終武器(final weapon)とはなり得ない」という事実とマーケット動揺の兆しが、両国の歩み寄りのきっかけになる可能性がある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。