1. 金融そもそも講座

第221回 強さの秘密は? 現地から見る米国(4)

今回をもって「現地から見る米国」の最終回としたい。この原稿を日本時間の10月11日朝に書いている。ハイテク株を中心に大きく下げた10日のニューヨーク市場を気にしながら、だからという訳ではないが米国経済の行方、マーケットの今後について「基本的には強い。しかし心配な事はいくつもある」という話でシリーズの終わりとしよう。

長く付き合っていると「マーケットは不思議な生き物のようだ」といつも思う。過去に「強気相場は絶望の中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観により熟し、陶酔のうちに終わる」という格言を紹介した(第59回「ウォール街に伝わる“格言”に学ぶ」

米国経済は順調すぎるくらい順調。それが金利にとっての上昇圧力となり株価の前提条件(低金利)を崩す。ハイテク企業のパワーは誰もが無視できないほどに、そしていかんともし難く拡大した。それ故に、それら企業の不祥事は「評価一変」「強い批判と、場合によっては規制」の事態を招く。

マーケットはいつも、そこで進行中の事象の様々な側面を映しながら展開する。事象のどの部分に注目して動いていて、その切り替えがいつ来るのかは、恐らく永遠の謎だろう。

リパーカッション

この数日間で一番「おや」と思ったニュースは、「新興国物価が急騰、通貨安で10%超 G20で点検へ」(10月10日付 日本経済新聞)というものだ。それによると「米連邦準備理事会(FRB)がまとめたアルゼンチンなど新興21カ国の消費者物価は6月以降、前年同月比でみると約19年ぶりに10%を超えた」という。米国の金利上昇を受けて新興国から資金が流出、その過程で通貨安に陥り、それがインフレ率を急騰させてしているらしい。

この記事によると新興国物価(2005年=100)は6月に前年同月に比べ10.3%上昇した後、7月に11.1%、8月に12.9%まで上昇率が拡大したという。「新興国のインフレ率が10%を超えたのは1999年10月以来で、アジア通貨危機時の98年につけた直近ピークの15%台が迫る。17年は毎月5~7%で推移していた」とある。

国別に見てみると、足元では現在G20の議長国を務めるアルゼンチンが34.2%、トルコが17.9%と特に高く、南アフリカとメキシコが4.9%、インドが3.7%、インドネシアが3.2%。前回まで紹介した米国経済の強さと、それに対応するFRBの政策を受けてドル高と米金利上昇が生じ、それが一部新興国経済への打撃になっている。

8月のトルコ危機ではリラがドルに対し1日で最大20%も下落した。ドルに対する年初からの新興国通貨の下落率は、アルゼンチンが49%、南アフリカが17%、インドが14%、ロシアが13%、ブラジルが12%、インドネシアが11%に上るという。

むろんFRBは自らの金融政策のリパーカッション(反響、影響)をある程度は勘案して政策策定をしていると思われる。しかしある国の金融政策にとって重要なのは、やはり「当該国の経済」だ。

世界的な金利高?

その結果、今までのマーケットの前提が「世界的なディスインフレ傾向と低金利」だったのが、いつの間にか「世界的に金利の高い時代」というイメージが広がりつつある印象だ。実際を見ると日本の金融政策はまだ極めて緩和的だし、欧州も本格的な出口戦略には進むことができないでいる。しかし重要なのはトレンドとその強さだ。

アルゼンチンは世界経済においてはマイナーな国だが、10月から政策金利は実に70%以上になった。加えてその他の新興国も通貨安や国内インフレ上昇という事態の中で政策金利を上げざるを得なくなっている。そして肝心の米国の長期金利も上昇基調となれば、マーケット参加者のマインドは「金利の動き」に警戒的になる。

もっとも当然な動きだが、10日のニューヨーク市場でダウ工業株30種平均が830ドル以上(3.15%)、ナスダック総合株価指数が315ポイント(4.08%)下げたら、今度は米国の長期金利が急落した。それまで3.2%台で推移していたが、10日の引けでは3.167%にストンと落ちた。とすれば、株式市場にとっての金利上昇の脅威はそれだけ和らいだことになる。マーケットはあくまで複雑系だ。

ではFRBなどは途上国経済までも勘案して国内金融政策を策定しなければならないのか。それは今の世界の中央銀行制度ではかなり難しい。日銀もFRBもそれぞれの国の国内法で設置され、トップは大統領や国会の同意を得て内閣によって任命されている。つまり国内の雇用や物価の水準に対して責任を負わされているわけで、パウエルFRB議長がアルゼンチンの物価水準に責任を持つわけではない。議長が責任を持つのは、これまでの3回で報告した“強い米国経済”を今後どう導くか、だ。

日銀なども、新興国については「先進国の中銀が打てる手はなく、米中の貿易戦争とともに状況を注視するしかない」との立場だ。もっともこの問題は世界的には今後注目されるだろう。11日からインドネシアのバリで開かれる20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議でも、世界経済を揺るがすリスクとして重点的に点検される見通しだ。

時間との係数

もう一つ。やはりマーケットの懸念は「米中貿易摩擦の帰趨(きすう)」だろう。経済事象は時間との係数が大きい。つまり、円高も一瞬ならニュースになるだけで実体経済への影響は小さい。しかし長く続けば関連国の経済構造を変える。貿易摩擦もそうだ。「どうせ米中はすぐに手打ちをする」とマーケットが見ていた間は、株価や為替に対する影響は少なかった。というか、米国市場は自国経済の好調さを背景に、ある意味「摩擦の存在を無視」していた。

それが「長引く」となれば、話は違ってくる。今はその長引くとの見通しが強まっている。むろん中国が被る打撃の方が大きい。米国は利上げ継続中だが、中国は市中銀行から強制的に預かる預金の比率を示す預金準備率を下げて、金融面からの景気てこ入れに忙しい。

しかし、米国そして世界も「GDP1位と2位の国の貿易戦争」の打撃を受ける。どのくらい正確な予測かは別にして、国際通貨基金(IMF)は世界経済見通しを改訂し、18年の成長率予測を3.7%と7月時点から0.2ポイント下方修正した。さらに「トランプ政権が仕掛ける貿易戦争がさらに激しくなれば世界景気は19年以降に最大0.8ポイント下振れする」とも警告。IMFによる世界経済見通しの下方修正は16年7月以来で約2年ぶり。

IMFの見立てによれば、2008年のリーマン危機後の世界的な景気拡大局面は転換点にあるという。IMFは19年の世界の成長率予測も0.2ポイント下方修正している。日本にも関連する事柄としては、米国が自動車の追加関税を発動すれば19年以降の成長率の下振れ幅は0.4ポイントに拡大し、さらに投資減退や市場不安を引き起こせば、下方修正幅は最大で0.8ポイント程度に悪化するという。IMFはトランプ政権に警告しているのかもしれないが、マーケットにとっては良い話ではない。

楽観と悲観。それぞれが毎回異なった顔でマーケットに顔を出す。ただ、株式市場で一番重要なのは、株価が表象する企業の活動とその業績だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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