1. 金融そもそも講座

第59回「ウォール街に伝わる“格言”に学ぶ」

ウォール街には古くから伝わる有名な格言がたくさんある。そのうちの一つは、「強気相場は絶望の中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観により熟し、陶酔のうちに終わる」というものだ。相場の摩訶不思議な動きを端的に表しているのだが、これは「相場が今どこにあるのか」を考える上で非常に役立つ。

絶望の中で生まれる

今回の相場局面で筆者がこの言葉を思い出したのは、昨年後半から今年初めにかけて相場関係者の見方が、どう考えても格言の最初に出てくる「絶望のシナリオ」で塗り固まっていたからである。欧州債務危機は出口が全く分からず、ギリシャは不況覚悟の厳しい財政の引き締めをやっている。イタリアなど南欧州の国々だけでなく、経済が一番しっかりしているドイツも今年はリセッションを免れそうもない。さらに、S&Pによる欧州9カ国の格下げが行われ、フランスが最上位格から落とされた。これも懸念材料だった。欧州全体の資金調達力が低下するからだ。

米国経済も先行き不安定に見えて、雇用の伸びは悪い。FRBは0から0.25%のレンジの超低金利を2014年末まで続けると宣言した。それまで2013年半ばと言っていたのをさらに先延ばしにしたものだ。米国の金融当局が経済の先行きをかなり慎重に見ている証拠だ。リーマンショックが癒えやらず、相当厳しいと見られている。日本も例外ではない。東日本大震災があって、生産は大幅に落ち込んだ。加えてタイの洪水でコンピューター用のハードディスクなどタイからの供給に依存していた部品が届かずに日本の輸出が落ち込んだ。一方、原発停止に伴う液化天然ガスの輸入急増によって日本の貿易収支は31年ぶりの赤字になった。

途上国も成長のペースが落ちてきた。中国は長らく続いた二桁成長から8%台後半の成長になった。中国の場合「成長率が7%を下回ると失業が急増する」という一般的に認知された過去の例からすれば、この低下は黄信号である。インドもインフレに伴う引き締めが効いて、経済の伸びが落ちてきた。ブラジルしかりだ。

そこから相場の上昇は始まった

しかし不思議なものだ。客観的情勢は非常に厳しいし、先行き不安は数えれば両手でも足りないのに、まさにその時に相場の上昇が始まったのである。読者の皆さんがこの文章を読む時はどのレベルに世界の株価があるかは分からない。しかし、2月の第1週末に発表された1月の米雇用統計が大幅に改善したことを受け、ニューヨーク市場は一段と上昇。ダウは4年ぶりの高値、S&P指数は11年ぶりの高値に達した。少し前には考えられなかったレベルである。

何が起きたのか。それは「強気相場は絶望の中で生まれ……」の良い例だろう。何ひとつ明るい材料がないように見えるときは、それはそれで相場はそうした状況を織り込んで成り立っているはずである。マスコミは「弱材料」のオンパレードを大きく報じるが、実は「先取りの市場」はそれを織り込んでその一歩先の相場を形成しようとしているのである。

「織り込み」というのは興味深い言葉だ。どんな悪い材料も、世の中が今すぐに終わるのでなければ相場がそれ以上に下げることはないというレベルがある。それに加えて、その材料だったら上げてもどのくらい、下げてもどのくらいの目安があるのだ。同じようなニュースが繰り返し報道されていても、もう材料としては相場に対するインパクトを持たないということだ。欧州の債務危機は、語られ始めてから相当な日数が経過した。

加えて、「相場には相場のレベルそのものが力を持つ」という面がある。日本の株価がかなり下げても日経平均で8000円を割らないのはその良い例で、このレベルを割るとPBRが1以下になるからだといわれている。「そこまで下がったら割安だから買いが入る」「債券や金を買うより、株を買った方がいい」などの判断が働くということだ。いずれにせよ、今年に入ってからの世界の株式市場は米雇用統計など明るい材料が出始めたこともあって、極めて堅調に推移している。

では、「懐疑とともに育ち、楽観により熟し、陶酔のうちに終わる」は来るのだろうか。

陶酔は難しいか?

これは難しい問題だ。なぜなら、全ての相場がそうしたプロセスで推移すると断言できるほど、マーケットは単純ではないからだ。絶望から始まり、陶酔の中で終わる相場は、その相場が一巡したかなり後にあの時期は「懐疑とともに育っていた」「あそこは陶酔だった」とか分析できるものである。現在進行形では今の相場がどの段階にいるのかは分からない。さらに今後、パターン通りの展開を示すのか、全く違ったコースをたどるのかも皆目分からない。

格言通りの相場展開を崩すための“仕掛け”も、これまでよりは増えている。昔は株式といえば「買い持ち」が主流で、それ故にゆっくりと「陶酔」のレベルまで相場は上がっていったケースがあったが、最近は株価の持続的上昇に障害となるショック(リーマンショック、欧州債務ショック)などが起きるし、相場に取り組む方も「下げ相場で利益を上げられるのならそれでもよい」と考えるようになったからだ。

期待の高まりの中でゆっくり上がっていく相場よりは、恐怖で下げる相場の方が足が速い。故に最近の市場では、下げに賭ける投資家も一部いる。先物、オプションなどいろいろな手を使って、「下げの局面」を待つのである。そうした投資家がいる今の市場では、相場の「陶酔までの上昇」は途中で頓挫するケースが多い。もっとも、下げで利益を上げようとすると、ある程度相場が上がらないとその戦術は取れないから、相場はナロー・レンジ(狭い範囲での小動き)に入る可能性もあるといえる。その典型が日本の株式市場だろう。

だからといって、今までのような狭い範囲での相場が続くかというとそうでもないかもしれない。米国の株価が再び上昇を開始しているからだ。世界各国の中央銀行が過去に例を見ない超金融緩和をしている中で、世の中に出回っている資金の量はかなり多くなっている。先進国全体の債務状況が不安視されて、一部の国債にデフォルトの懸念が持たれている現状では、既に金や商品などが買われた後だけに「最後の選択肢は株式」だとして、資金が日本を含む株式市場に回ってくる可能性がある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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