米国経済の“質”が変わった?
第213回この原稿を書いている6月10日で始まり16日に終わる週は、非常にユニークだ。3大中央銀行(米欧日)の政策決定会合がそろって開かれる。同週での開催は今年最後で、それぞれの政策は、3大中銀が置かれた状況の違いを鮮明に映し出す。執筆時点で終わったのは日本時間14日早朝の米連邦公開市場委員会(FOMC)だけだが、他の2中銀の方向性は見えている。
欧州中央銀行(ECB)は量的緩和(QE)に関わるフォワードガイダンスを変更する。これはQEの段階的終了に向けた対マーケットとのコミュニケーションの開始と受け取れる。対して、日銀の政策決定会合が決める確率が極めて高いのは「現行の長短金利操作(イールドカーブ・コントロール政策、YCC)の据え置き」だ。今の世界の株式市場を見ると「米国一人勝ち」の状況だが、それは経済実体を反映する。残念ながら日本経済にはそれだけの力強さがない。特に欠けるのは物価上昇圧力。これはアベノミクスを進める現政権には大きな課題だろう。南欧危機を抱えながら、欧州はゆっくりと「脱QE」に向かう。
すでに終わった6月のFOMCが「米国経済の質が変わった」との結論に至ったと判断することもできそうな興味深いものだったので、今回はFOMC声明を中心に話を進める。
強い単語が並んだ
声明や関連資料に目を通して分かるのは、米連邦準備理事会(FRB)が「米国経済の先行き」に自信を深めていることだ。今後予想される対中、対欧州、対カナダ・メキシコ(そしてもしかしたらあるかもしれない対日)貿易摩擦は読みきれないところはあるが、それを除けば「言うことなし」というのが今の米国経済だろう。もちろん状況は短時間で劇的に変わりうる。それが経済とマーケットだが、今は「米経済に問題なし」とFOMCも判断している。当然利上げを継続。
まず声明だが、下線に注目して欲しい。「the labor market has continued to strengthen and that economic activity has been rising at a solid rate. Job gains have been strong, on average, in recent months, and the unemployment rate has declined」と心地よい文章、経済が良い状態であることを示す単語が続く。
企業の設備投資は引き続き力強く伸び、家計支出の伸びも加速。12カ月ベースで見ると「both overall inflation and inflation for items other than food and energy have moved close to 2 percent(食料・エネルギーを除いた狭義のインフレ率、それに総合インフレ率とも2%に接近)」と。声明の第一パラグラフを読む限り「何も心配がない」状態。長くFOMC声明を読んできたが、こんなに楽観論に彩られた第一パラ(景況判断)を読んだことがない。
議長記者会見がある回に出る「Projection Materials」を見ても、FOMC委員たちの景気見通しがうかがえる。2018年のGDP成長率は3月時点の2.7%から2.8%に引き上げられ、インフレ見通しも1.9%から2.1%に引き上げられた。つまり「FRBは2%インフレ目標を達成した」という判断だ。
最も注目されるのは、その後も米国のインフレ率は高まらない、とのFOMC委員たちの見立て。19年も20年も個人消費支出(PCE)物価指数は2.1%との予想で、longer run(長期)で見れば2.0%と予想されている。文句のつけようがないほど景気が良いと見ているのに、「インフレ率は上がらない」との判断。筆者は大いに注目した。
何よりも驚くのは20年の米失業率を3.5%に見込んでいることだ。これは長期的に見て理想とされる米国の通常時失業率4.5%を実に1ポイントも下回る。これは驚くべきことだ。今までの米国では、失業率低下 → 賃金上昇 → コストプッシュインフレの上昇、という図式で、失業率の低下はインフレ率を押し上げると見られていた。つまりFOMCは「米国経済の質が変わった」と判断しているということだ。
長期債市場の見方
もしかしたらこれは、FOMC声明と資料発表を受けた米国の長期債市場が見せた反応を理解する上で役立つかもしれない。FOMCがあった13日の米債券市場の動きを見ると、10年債の利回りで見た一日のレンジは「2.946 - 3.006」とあって、3%台に一時は戻ったと分かる。しかし引けは「2.966%」であり、これは「3%台に乗ったが、その後落ちた」と読める。実際にチャートを見るとそうだ。FOMCの直後に上がっているがその後は下がって、前日引値からの上げ幅は0.003にとどまっている。
これは今までの常識からいえば「驚くべき現象」だ。0.25%の利上げを決定し、さらに「年内あと2回。18年としては合計4回の利上げ」を示唆し、さらに19年は3回、加えて20年にも1回の利上げを見込んだ。米国の長期金利は「knee-jerk(反射的な動き)」で一時は3%台に上がった。しかしその後はFOMC資料にある通り「これほど景気が良くても、今後3年間は米国のインフレ率は上がらないとFOMCが考えている」と、マーケットは読んだのかもしれない。
ちなみに3月予想では米国のインフレ率見通しは18年が1.9%、19年が2.0%、20年が2.1%とわずかながら上がっていた。つまり前回までFOMCは「インフレ率は緩やかだが、徐々に上がる」という見立てだった。それを「18年に2.1%に大きく上げたあとは、もう上昇ペースは変わらない」との見通しに変えたことになる。印象としては随分な変化だ。
同日のニューヨークの株は「やはり利上げのペースが速まるのか…」との嫌気もあって3指数とも下落した。ダウ工業株30種平均は100ドル以上の下げとなった。もし株式市場が「FOMCは米国の今後3年間のインフレ率は上がらないと判断している」というこの点に注目していたら、反応は違ったかも知れない。実際に米長期金利は上がっていないのだから。
そこで考えなければならないのは、「インバース(逆)」という点だ。今年あと2回やって、来年3回、そして20年にあと1回程度政策金利を引き上げると、フェデラルファンド(FF)金利の水準は20年には優に3%を超えて、3.25とか3.5%になる。それが分かっていながらの今の米国の長期金利は2.966%だ。これだけで判断すると完全にインバースだ。
もちろん20年の話なので、「それまでに米国の長期金利は上がる」と考えることはできるし、それは自然だ。しかしマーケットは「先取り」が原則なので、実は長期債市場は「FRBも米国のインフレ率は上がらないと考えている」という点に気が付いているのかもしれない。
多分、今の米国には世界中からお金が集まっている。不安な途上国も多い。大統領の評判は悪いが、「その大統領に簡単に振り回される国よりも、振り回している国の方に資金を置きたい」という資本の論理もあるのだろう。実際に世界を巡る資金の動きも米国の長期金利の水準を低くしているのに役立っているかもしれない。
reckless President
これは株式市場にとって有利だ。インフレ率が今年の2.1%から今後3年間上がらない、しかし経済は良いとなれば「企業業績好調・低金利」の理想的状態が続くと理解できる。今の米国は外形的には「何だこれは」ということが続いている。特にトランプ大統領周りの出来事が。
6月12日に行われた米朝首脳会談を見ながら、トランプ大統領について一つ思い付いた単語がある。それは「reckless」だ。不注意、軽はずみといった意味がある。それを一番感じたのは、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」の中味に関して「(詰めるには)時間がなかった」と言ってのけた時だ。「十分時間をかけて詰めてから米朝会談をやればよかったのに」と真っ先に思った。これほど重要な国際合意を締結するこの期に及んで、「時間がなかった」とはあり得ない大統領だ。
また「彼(金正恩)は私に言った」にも驚愕(きょうがく)した。この言葉を二度三度ほど使ったかと思う。つまり「彼は私に約束した」「だから大丈夫だろう」と言いたいのだろう。これもreckless のそしりを免れない。彼の過去を知っていればそうだ。それとパッケージになっているのは、「彼は信頼できる」「彼は頭が良い」「取引できる相手だ」「国のことを考えている」的な、相手に対するある種「軽はずみ」ともいえる高評価だ。この高評価故に、「彼は私に言った→だからやるだろう」と判断しているようにも見える。
トランプ大統領に関しては、前回までも何回も取り上げてきた。改めて書きたくなったのは、「歴史的」と世界が騒いだ米朝首脳会談でも“問題含み”だと思ったからだ。もっとも、あらゆる合意の真価は、それがいかに実行に移されるかだ。どんなに細かく規定されてよく詰められた合意でも、その通りに実行されなければ意味がない。逆にどのように大ざっぱな合意も、その後にしっかりと意味と効果が込められる実際の行動が積み重なるなら、それは大いに価値がある。最後は「これは良い合意」だったということになる。米朝合意文書(共同声明)については、後者であること、つまり今後肉付けが進むことを強く望む。
本題に戻そう。なにせ大統領がrecklessだし、発言も揺れるので不安材料は常にある。しかし6月のFOMCから読める一番興味深いポイントは、「米国経済はとっても良い形だ」しかも「米国経済の質は変わった」とFRBが判断し始めたのではないか、という点だ。