金融そもそも講座

真価が問われる中銀シリコンバレーを吹き荒れる逆風の影響は?

第208回

「世界の主要中央銀行の今と今後」の3回目だが、連載中にマーケットは「春の嵐」に遭遇した。国内では安倍内閣の支持率(世論調査で示される)が大きく低下して、一部のメディアには「退陣」の文字も登場した。無論ただちにそうなる可能性は少ないが、秋の自民党総裁選での3選はシナリオ通りに進まないかもしれない。その場合アベノミクスはどうなるのか。

そして「朝鮮半島を巡る情勢」は予想を上回る展開だ。まず米中が首脳会談(5月までを想定)に動き、韓国がその前の4月中の南北トップ会談を予定。日朝首脳の会談も夏前の開催の可能性がある。4月下旬には日米首脳会談が予定される。

さらにマーケットにとって特に気になるのが、米フェイスブックを巡る不祥事「シリコンバレー 吹き荒れる逆風」(3月29日付、日本経済新聞 朝刊)で、それが株価にも大きな影響を与えていることだ。トランプ政権の高官更迭も止まらない。今回はこれらを織り込みながら、中銀連載の最終回としたい。

米経済に強気

まず米連邦準備理事会(FRB)パウエル新議長が初めてトップとして迎えた3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)。やはり変更点はあった。それは米景気に対する強気の見方をさらに強めた結果、今年ではなく来年の利上げ回数を今までの予想の2回から3回に引き上げたのだ。今年の利上げを3回に据え置いたが故の、来年の回数引き上げに見えるが、基本的な背景は「米国経済が想定より強く推移している」ということだ。

声明の第1パラグラフの景気判断は相変わらず「強気」だ。労働市場は改善し、経済活動はゆるやかに拡大加速し、雇用創出は数カ月にわたって強く、失業率は低い……となっている。FRBが今の米国経済の強さに自信を深めているのが分かる。故に「今年最初の利上げ=フェデラルファンド(FF)金利の0.25%引き上げ」に反対者は出なかった。今年はあと2回の利上げを予定している。

しかしイエレン前議長と同様に「あまり将来のことは確実には言えない」とパウエル氏は述べた。つまり米国の景気加速が進めば今年も「あと3回」に増える可能性があるということだ。それによって来年の利上げの回数も変わってくる。中央銀行の金融政策は常に不確実性の中で進められるので、いつでもシナリオ変更の可能性がある。マーケットに携わる我々もそう理解すべきだ。

一つはっきり印象に残ったことがある。記者会見でのパウエル議長の発音がイエレン前議長に比べて「quick and fast」で、彼女の“とっても聞きやすい英語”から大きく変わったこと。多分聞き慣れれば分かる。しかし筆者は記者会見を聞いていて「イエレンさんが懐かしい」と最初思った。

リバースの危険も

FOMCの利上げ決定後のマーケットはどうか。実はむしろ長期金利は下げている。この原稿を書いている3月29日朝の段階で、10年債利回りを見ると2.78%だ。これはFOMC開催(3月20、21日)時点の2.90%前後から大きく低下している。「利上げしたのに長期金利がむしろ下がる」というところが、今のマーケットの難しさだ。通常中央銀行が利上げで狙うのは、金利全般が上がって、それが経済活動の将来の過熱を防いでくれることだ。金融政策は、今というよりは「将来」の経済活動の安定を狙う。

しかし、利上げで長期金利がむしろ下がってしまったということは、マーケットは「抑制の効き過ぎ」を懸念しているのか、そうでなければ「それほどインフレ圧力はないのに中銀が過剰反応している」と理解したことになる。ここが難しい。それは今後「出口」に向かうであろう欧州中央銀行(ECB)や日銀も同じ問題に直面するだろう。今という時代は、「短期金利をどう操作したら目的を達するに値する金利の体系ができ上がるのか」「望ましいイールド格差が出てくるのか」が、実はよく分からないのだ。

考えてみよう。3月の利上げで米政策金利であるFF金利の目標レンジは1.5%~1.75%となった。仮に「利上げしても長期金利が上がらない」という状況が続くとすると、あと4回も利上げしたら長短の逆転が起こりかねない。短期金利が長期金利より高くなることだ。「リバース」といって、これは経験則から言うとリセッション(景気後退)の発生を予告している。そんなところまで利上げ戦略を続けることが正しいのか。恐らく日銀やECBも将来直面するリスクだ。

前回詳しく取り上げたが、今の世界経済では「あまりインフレ率が上がらない状況」「特に経済を動かす基幹技術の大きな変化」が進行し、先行き見通しを難しくしている。経済活動も生産中心から消費中心になった。消費者の読みがたいマインドまで影響してくる難しい展開なのだ。「消費マインド」という言葉はよく使われるが「生産マインド」という言葉はほとんど使われない。つまり経済は消費者のマインドで動く。これを読むのは難しい。

逆風受けるフェイスブック

中央銀行の仕事を難しくしているのは、彼らがいつも監視している株式市場などのマーケットが、様々な事象を材料として変動することだ。大きな変動は中央銀行の政策を一変させる。例えば、2008年秋のリーマン・ショックは世界を震撼(しんかん)させた。それ以来世界の中央銀行は10年にも及んで「基本的には緩和的な政策」の採用を余儀なくされた。3月のFOMCの利上げをもってもFRBは「金融政策のスタンスは依然として緩和的(The stance of monetary policy remains accommodative)」と声明で述べている。マーケットの動きが中銀の政策スタンスに与える影響力は、これほどまでに大きいのだ。

冒頭で述べたようにマーケットはあらゆる事象を飲み込む。その他の問題はいずれ取り上げるが、今回は一つだけ。「シリコンバレー 吹き荒れる逆風」について。今までの世界の株式市場の上昇をけん引してきたフェイスブック、アマゾン・ドット・コム、アルファベット(グーグル)、ネットフリックスなど大手IT関連株の上昇が一服していることを、FRBは「ちょうど良い調整」程度に考えているのだろう。筆者もそう思う。世界の資金を短期間で一気に集めすぎた。

問題は今後だ。情報の不正流出(5000万人分の個人データが英コンサルティング会社に流出し、それが選挙に使われたとされる)に絡みフェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO(最高経営責任者)が4月の第2週にも議会で証言する見通しだ。今まで世界を駆動し、株価をけん引してきたハイテク情報企業が、初めて国民の代表である議員から厳しい追及を受ける。それによって「情報のプラットフォーム企業」がより信頼されるものになる可能性もある。しかし一方で、その広告モデルが変容を迫られ、収益構造が弱体化し、ハイテク株全般の問題に発展する可能性もある。

「急速に変わる状況」はあちこちで起きており、マーケットはそれに反応し、その反応を見ながら世界の中央銀行は政策決定を行わなければならない。中央銀行にとってもマーケットに携わる我々にとっても難しい時代だ。しかしだから面白い。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。