1. 金融そもそも講座

第207回 真価が問われる中銀
FRB新議長は金融政策に新しい風を吹き込むか

「世界の主要中央銀行の今と今後」の2回目。今回の文章が皆さんの目に触れるちょうどその頃に、米連邦準備理事会(FRB)パウエル新議長が初めて仕切る米連邦公開市場委員会(FOMC)が開かれて、今後の米国の金融政策の方向性が決定される。同議長はFOMC後の初の記者会見にも出席。イエレン前議長の方針を当面は踏襲して大きな方向性は崩さないだろうが、それでも新トップは新しい風を米金融政策に吹き込み、それが世界に影響を与える。

FRBの中には当然ながら今後の政策運営に関して様々な意見があり、インフレ動向を巡っても意見が分かれる。世界的に見て金利は「底打ち」から「上昇」の局面に入ったことは確かなことに見えるが、その上昇ペースはこれまでのマーケットが過去に見てきたものとはかなり違う可能性がある。

ブラードの警告

筆者が最近注目したのは、セントルイス連銀のブラード総裁の発言だ。英フィナンシャル・タイムズとのインタビューで、マーケットに根強い「年4回の利上げ説」に強い警鐘を鳴らした。この説を織り込んだマーケットに異を唱えた形だ。理由は「lifting rates four times in 2018 could drive down inflation - especially when the central bank's programme of reducing its asset holdings is becoming "more and more forceful"」と。

つまり、FRBが進めている保有資産縮小計画がより強力なものになりつつあるこの時期に、年4回もの利上げを行ったらインフレ率を下げてしまいかねない、という意見。米経済への強気論が多い中で、やや意表を突く予測だと言える。

実はこの発言と相前後して米国の今年2月の雇用統計が発表された。非農業部門の就業者数の増加が31万3000人(2016年7月以来の大幅な月間増加)に達する、非常に強い雇用統計だった。しかし同時に月間で80万人以上が労働市場に参入した(こちらは1983年以来の大幅なもの)ため、失業率は4.1%で変わらなかった。「雇用が増えても人々が労働市場に同じくらい参入し、働く人のプールの水位はそれほど下がらず、労働賃金の上昇は抑制される」結果となった。

実際に2月の賃金の伸びは対前年同月比2.6%と、1月を下回った。加えて2月の消費者物価が季節調整済みで前月比0.2%の上昇にとどまった。上昇率は前月(0.5%)からむしろ鈍化した。

やり過ぎへの懸念

それでもマーケットでは依然として「年4回利上げ説」が強い。しかし出てくる統計のいくつかはブラード総裁の懸念が当たっている可能性を示唆しているわけだ。「(雇用などで)強い経済 → よって利上げの加速」という従来の方程式が通用しない可能性がある。つまり今年のFRBの金融政策運営は、実は非常に難しいということだ。同総裁が懸念するように「利上げのし過ぎがインフレ率を押し下げる」が現実となったら、せっかく2%の目標値に接近したインフレ率が、再び1%に向かって低下してしまう。これは恐らく、日銀を含め世界の中銀が抱える問題でもある。

筆者はブラード総裁と同じく「過度の利上げ」に強い懸念を持っている。それは「今の世界ではインフレはあまり高くならない」という意見だからだ。その理由は

  • 1.依然として基礎エネルギーである石油の相場は「シェールオイルの天井(原油価格が上がるとオイルシェールの生産が増加して原油価格は下がる)」の存在で、急激かつ大幅な上昇は予想されない
  • 2.「アマゾン効果(アマゾンによるネット販売が既存の業界を破壊しながらモノの値段を引き下げる力を持つ)」に代表されるように技術革新が物価にもたらしている影響は大きく、供給のボトルネックが起きにくい。今の世界では物価上昇圧力は弱い
  • 3.日本の銀行業界の大幅な、しかし時間をかけての大リストラ計画に見られるように、産業界全体も働く人間も「新しい環境への対応」を迫られる時代であり、そうしたなかで一律的な労働賃金の大幅な上昇が起きるとは考え難い(日本では政治が加担してようやくできている面がある)

などだ。むろん日本での野菜など値段が徐々に上がっているものも多いが、一方で対性能比の考え方を入れれば劇的に値段が下がっているものも多い。資源価格の安定と、著しい技術革新の成果が、世界経済の物価情勢を劇的に変えているのは確かだ。その分をどう読むか、世界の中銀の手腕が問われる。そこで読み違いがあれば、何らかのショック後に世界は再びデフレの恐怖に直面しかねない。

今はまだ好環境だが

米国のある経済紙は2月の米雇用統計を受けた記事の中で、「積極的な利上げによって経済拡大にブレーキをかけることをFRBに強いる必要はなくなった。かつ労働市場に適切に新たな労働者が参入して労働賃金も大きくは上がらない。今のままに経済が強く推移するという好ましい組み合わせになった」と報じた。その通りで、一時は3%を突破する勢いだった米長期金利は、その後はむしろ3%から遠ざかっている。これはマーケットにとって好材料だ。

しかしそこでは、金利が上がらない故の一段の資産価格の上昇という事態が予想される。今の世界の株価は米国(というよりトランプ大統領)の政治への不安、世界的な貿易戦争の懸念などで「調整局面」にある。しかし再びそれが上がり始めた時に、この「資産価格の過度の上昇」とどう向き合うかは非常に難しい問題だ。放っておけば経済がゆがみ、貧富(資産を持つものと持たないもの)の格差が拡大し、政治的・社会的不満が高まる。それは最後のところで経済の安定運営を目指す中銀にとって良いことではない。「格差の拡大」は、中銀も考えなくてはいけない問題になっている。

では、利上げをして資産価格の上昇に歯止めをかければよいのか。先に指摘したように「それでは一般物価の下落」(インフレ率の低下、ブラード総裁が指摘するように)が生ずるかもしれないし、先進国の低金利故に開発途上国に回っていた資金が、先進国の利上げで一斉に「途上国離れ」しかねない。それが、途上国経済の冷え込み → 先進国経済の頭打ち、につながる懸念もある。FRBほどではないが、欧州中央銀行(ECB)や日銀も同じような問題を抱える。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

目次へ戻る