金融そもそも講座

真価が問われる中銀

第206回

米国の景気が徐々に加速し、世界的にも経済活動の回復が認められる中で、今まで以上に主要国中央銀行の役割が大きくなりつつある。マーケットもこれまでに増して「中銀はどう出るか」に関心を集めている。

折しも米国ではパウエル新体制の米連邦準備理事会(FRB)がスタートを切り、日本では黒田日銀総裁の再任に関わる人事案が国会に提示された。欧州でも来年秋のドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の任期切れを前に、次なる体制を巡る動きが激しくなってきた。

注目されるのは世界的に依然として物価情勢がディスインフレ気味に推移している中での「景気拡大への対処」だ。出口戦略に進む米国。それを検討している欧州。しかし動けない日本。2月上旬のような株価急落があると、金利引き下げの余地がもっと必要なのではないのかという心配もある。今後数回にわたって、世界の主要銀行の今と今後を考える。

万能ではない、しかし……

最初に「そもそも」的に書いておくが、中央銀行は万能ではない。経済の行方を左右する数多くのアクター、アクトレス達の仲間にすぎない。経済では国民とその消費が最大の主役だし、企業活動はその次。巨額のお金を使う政府も大きな役割を持つ。国や世界各国地域間の取引(貿易)も大きな影響力を持つ。だから中銀の肩を持つわけではないが、国会などで何かあったら「中央銀行の責任」と言ってのける人に、筆者は賛同できない。中央銀行は「one of them」だ。

しかし、他の主役級のアクターの中で何かの折りに機敏にメッセージを出し、事態の安定化に努め、経済の推移に継続的な力を発揮できる存在は、「市場で尊敬される中央銀行」であることは間違いない。そうであるべきだし、記憶している限り危機に際してのFRBや日銀が果たしてきた役割は非常に大きかった。

石油危機の時には、中央銀行がいかに頑張っても高率インフレを防ぐことができなかったが、その後の物価安定への道のりでは、中銀が果たした役割は間違いなく大きかった。金利を引き上げ、通貨供給量をコントロールし懸命に努力した。その役割と実績故にマーケットは中銀の出方を常に注視する。また中央銀行はマーケットのヘソである短期金融市場の日常的参加者でもある。資金の出し入れ具合でその意図をマーケットに伝える。

金融市場や経済が危機に直面したときには、しばしば中央銀行は主役だ。消費者を落ち着かせ、政府に措置を促す。そのメッセージ力は強い。

政策への影響力は大

その中銀が世界的に面子入れ替えの最中だ。あるべき役割は変わらないが、顔ぶれがマーケットに与える影響力(安心感)や政策のタッチ、それにマーケットへのメッセージ手法も変わる。時にはそれこそがマーケットの動向に影響を与える。

まずジェローム・パウエル氏が新議長に就任したFRB。ずっと理事だったが、筆者にはこれといった記憶がない。多分今まではあまり目立たなかった。しかし「オバマが任命したジャネット・イエレンでは嫌だ」という一点でトランプ大統領が次を考えたときに、“あまり色がない、失敗もない”パウエル氏であるが故に、次の議長に選んだ気もする。企業の人事でも多分にそういった面があるだろう。人生分からないものだ。

その新議長は先日、上下両院の関連委員会で法律に定められた証言を行った。特に目立った発言はなかったが、「景気は良い。金利を段階的に引き上げる」といった趣旨で発言したのを、マーケットは「利上げペースの加速か」と読んだ。イエレン時代の目安は年3回だった。中銀トップの発言を深読みするのもマーケットの仕事だ。実際には株価の「ダッチロール」(日経ヴェリタスの表現)が続いていて、本当にそう(年4回)なるのかは不明だが、その可能性は十分ある。

しかし筆者の経験では、「前任者の路線を踏襲する」と言って新トップになって、そのまま踏襲で終わった人はいない。これにはいくつか要因があると思う。まず時代状況が変わる。新事態には新しい対処法が必要だ。次に、新トップには心の葛藤がある。前任者への心証や選考に有利だから「踏襲する」とは言ったが、「そのままでは自分らしさが出せない」と悩む。何をすべきかと。そもそも踏襲の繰り返しでは世の中進歩なしだ。なので、多分もうしばらくしてパウエル新議長も自分の色を出してくる。米連邦公開市場委員会(FOMC)でも委員会議長の意向は重要だ。そして、新議長は最近では珍しく博士号を持たないFRBのトップだ。

……などなど諸情勢を勘案すると、景気がさらに加速し物価上昇の気配が少し高まれば、パウエル新議長はイエレン氏より早いペースで利上げにかじを切る可能性がある、と思う。

ドラギ総裁の後任はドイツから?

日本では、黒田総裁の再任に加えて、副総裁に雨宮正佳日銀理事と若田部昌澄早稲田大学教授を充てる案が示された。日本では総裁の地位が非常に高い。二人の新副総裁の就任後の役割がどうなるかは不明。一番のポイントは、これまでの任期で示したスタンスを黒田総裁がどこまで引っ張り、どこで転換するかだろう。

今年2月に米国の株式市場発で世界の金融市場が動揺した時、誰もの脳裏をよぎったのは「次に危機が起きたとき、日銀には“次の一手”がもうないのでは」という心配だろう。日銀は短期市場金利を既にマイナスに誘導しており、その政策に対する批判は強い。政策が成果を出しているとは言い切れない。日本の金融市場全体が疲弊してきてもいる。金利面では常識的には手詰まりなので、危機の際には「また何かを買って市場に資金注入」となるが、では何を買うのか。国債は限界だし、株も膨らみすぎている。

黒田氏は再任だが、新任期中に新手法を打ち出す必要がある。それは出口戦略に早く進んで金利面で緩和余地を作るのか、それとも別の手法があるのか。それが一番の注目だ。

そして欧州では、ECBの首脳部の顔ぶれが今から2年以内に一新する。最上級ポスト7つのうち、ドラギ総裁を含めて5つが2019年末までに交代するのだ。まずは6月に任期満了となるコンスタンシオ副総裁(74)の後任選定作業が、今月中にも正式スタート。既にドラギ総裁は「出口戦略への抱負」を様々な所で語っている。それをどこまで進めて後任にバトンタッチするかがポイントだ。

ECBトップの後任選定では政治が物を言う。ドラギ総裁の後継者としてはドイツ連銀のバイトマン総裁(49)が有力視されている。歴史的にタカ派色の強いドイツ出身の新総裁就任となれば、量的緩和やマイナス金利からの出口戦略が急激になる可能性がある。むろん政策は合議で決まるが、トップの意向はどこでも重要だ。その場合、特に欧州南部諸国では景気が持ちこたえられないのではないかとの懸念が市場にはある。

バイトマン氏以外では、フランス中銀のビルロワドガロー総裁(58)も次期総裁に意欲を見せる。女性では、同じくフランス出身のラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事(62)、アイルランド中銀のドナリー副総裁(45)が総裁または理事会メンバーの候補に名前が挙がる。今から注目だ。

次回は今後を担う中銀の総裁が直面する課題を取り上げたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。