金融そもそも講座

波乱の年明け 何が変わったのか

第204回

年明けから1カ月。マーケットは大きな変動に見舞われている。ニューヨークの株価は「乱高下」というあまり使いたくない言葉が頭をよぎる展開だし、外国為替市場では大方の予想を裏切って、どちらかというと「ドル安・円高」の傾向が見える。何よりも米長期債市場で利回りが、去年ずっと基調的には抜けないできた2.5%(10年債)のレベルを超えて推移している。

去年がボラティリティー(変動率)の低さが特徴の年だっただけにある程度は予想できたものの、今年ははるかに「マーケットの動意」が見える展開だ。なぜマーケットの様相が大きく変化したのか。恐怖指数とも呼ばれる米国市場のVIX(ビックス)指数も上昇の気配が見える。これらは一時的な現象なのか、しばらく続くのか。

自らの体重

筆者はこれまでも「マーケットはそれ自身が重さを持つ存在だ」と述べてきた。むろん外部環境の変化もあるが、最近のマーケット動向を見ていると「やはりその体重にマーケット自身が気付き始めたのかもしれない。ちょっと体重調整を図っているのだろう」という印象がする。材料は別として、自律調整的な動きが背後にあるということだ。問題はその調整が短期で終わるのか、それとも少し長引くのかだ。

マーケットに「体重調整が必要かも」と思わせているいくつかの材料を点検してみよう。まず挙げるとするなら「ざわつく金利市場」だ。今年は去年に比して日米欧で「思惑」が出やすい。米国では2月初めから米連邦準備理事会(FRB)パウエル新議長の時代が始まり、好調な米経済を受けて「利上げペースのスピードアップ」を予想する向きが増えている。何よりも重要なのは、10年債(長期金利)が明確に2.5%の壁を突破し、その後も高いレベルで推移していることだ。

実際に、1月末に開かれたFRBイエレン議長として最後の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、声明で「The Committee expects that economic conditions will evolve in a manner that will warrant further gradual increases in the federal funds rate」(委員会は米国の経済情勢が、政策金利であるFF金利のさらなる緩やかな引き上げを担保するような形で推移するものと予想する)と述べている。これは誰が見ても「3月には利上げする」と予想できる表現だ。

その背景にあるのは最近の米国におけるインフレ率の上昇、目標である2%への接近だ。FOMC声明も「inflation on a 12-month basis is expected to move up this year and to stabilize around the Committee's 2 percent objective over the medium term.」(今年は12カ月ベースで見た米国のインフレ率は上昇し、中期的に2%というFOMCの目標近傍で安定すると期待される)と、目標達成に自信を示す。筆者は長くFOMCを観察しているが、「インフレ目標達成」にこれだけ自信を示したのは、最近では初めてだ。

2%近傍で安定

実際の所、米国のインフレ率は年率で1.7~1.8%に達している。日本のインフレ率が日銀の目標からはるか遠くにあるのとは事情が違う。今まで「なかなか目標達成は難しいかも」と言われていた目標が目前に迫っている印象がする。

もう一つ重要なのは「中期的に2%というFOMCの目標近傍で安定する」と声明が述べていることだが、マーケットはそこにはあまり注目しない。「今より上がる」という印象が先立ち、それが米金利市場をざわつかせている。もっともマーケットの動きを見ると「目標近傍で安定」に重きを置いている投資家もいるようだ。一気に3%越えはトライしていない。

その他にも今年のマーケットを考えるには数多くの材料が存在する。原油相場は好調な世界経済を受けてここしばらくなかった60ドル台の高い水準にある。米国のシェールオイル生産が好調で、今以上の大幅な価格上昇は予想されていないが、それでも原油相場が1バレル50ドル割れしていた時とは違う。

仮想通貨市場の「ざわつき」もマーケット関係者には気になるだろう。昨年この市場は「ほぼ右肩上がり」で推移していた。しかし今年、各国当局が監視を強める中、日本ではコインチェック(大手仮想通貨取引所)が、約580億円相当の顧客の仮想通貨「NEM(ネム、New Economy Movement)」を流出させた。この仮想通貨市場では資金の出入りが激しくなっているはずだ。つい最近まで日本のタクシーに乗ると頻繁に流れていた同社のCMも、その後はぱったりとなくなった。

トランプ政権は相変わらず漂流状態だ。漂流という意味は、政権や大統領自体の先行きが危ないという以上に、条件次第ではTPPやパリ協定に復帰するといった「大統領の思考プロセスがよく理解できない」「先が読めない」という事も含まれる。米国の専門家の「トランプ政権はある意味機能不全だが、それは政権の幹部でさえトランプ大統領の考え方の全体像が分からないし、発言がしばしば変わるからだ」という最近の発言は面白かった。

ポイントは企業業績

もっとも就任後初の一般教書演説をトランプ大統領は無難にこなした。自らの経済政策の「成果」を誇り、「安全で強く、そして誇れる米国をつくる」と語った。この演説を聞いた米国民の多くは好印象を持ったようだ。日本にとっては、中間選挙を控えたトランプ政権の保護貿易主義への傾斜と、それに伴う円高が懸念だ。

筆者はこうした状況の中でも、ドル/円に関しては「極端な円高はないだろう」という見方だ。金融政策の方向性を考えても円高には限界があると考える。貿易摩擦も日本の場合、中国(ソーラーパネルなど)や韓国(洗濯機など)に対するほどには米国にとって深刻ではないとの見方もできるからだ。

しかし様々な材料以上にマーケットにとって一番重要なのは、そのベースとなる企業のパフォーマンスだ。世界経済が安定していて、マーケットを構成する企業の業績が好調なら、株式市場が調整しても歩調はいずれ戻ってくる。今のところその環境は変化していない。色々な思惑でマーケットが大きく調整する中だからこそ、経済実態と企業業績が好調なら「マーケットに入る」または「入り直す」良いチャンスもあると考えることができる。

ただし調整がクラッシュといわれるほど大きくなれば、そのマーケットの動きが経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を変えることも、頭に残しておきたい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。