金融そもそも講座

米テスラ株の急伸とその背景(後編)

第186回

テスラ株の急騰に何を見るかの二回目だ。フォード、GMを時価総額で抜いた後も、同社の株価は一時的な反落場面をこなしながら再び強さを示して高値圏を維持している。長いチャートを見ると基調は上昇だ。米国の株価が全体としても上げトレンドにあること以上の強さが、同社の株価にはある。まだまだ事業会社としては小さいのになぜか。前回の最後に、我々はすぐに「トランプ相場」とかレッテルを貼りたがる。しかしそうだろうか。マーケットはもっとレッテルが貼れない部分でも動いているように思う――と書いた。その視点を含めて、「テスラの不思議、マーケットの不思議」に迫ってみたい。

売り上げ急増、しかしまだ赤字

5月初めにテスラの最新決算が発表になったので見ておこう。2017年1~3月期で、売上高は26億9627万ドル(約3000億円)。これは前年同期の実に2.3倍であり、市場予想(26億ドル程度)を上回った。筆者がともに試乗した主力セダンの「モデルS」と多目的スポーツ車(SUV)「モデルX」の出荷台数が合計2万5051台と7割近く増えたのが寄与した。

決算とは別に同社が注目されたのは、価格を主力モデルのおよそ半額(日本円にして400~500万円)に設定した新型車が、まだ生産されていないにもかかわらず世界で30万台以上受注していること。投資家の間で業績への期待の高まりは根強い。

しかし一方で重要な事実もある。それは同社が依然として「大幅な赤字会社」であるという点だ。1~3月期は3億9718万ドルの最終赤字で、赤字幅は前年同期(2億8226万ドル)からむしろ拡大した。車が売れているにもかかわらずなぜか。それは開発費用に加えて為替相場のドル高が利益を圧迫したためだ。太陽光発電関連会社の買収費用も重荷。この買収費用など特殊要因を除いても1株あたり損益は1.33ドルの赤字と、市場予想(0.82ドルの赤字)よりかなり悪い。この赤字拡大が懸念され、決算発表直後の同社株は下げた。しかしその後はまた騰勢を強めている、という展開。

イーロン・マスク要因

テスラ株はなぜ強いのか。一つ指摘できるのは、イーロン・マスクCEOが投資家を飽きさせないことだ。決算発表での電話会見では今年後半にはトラックを公開するとしたうえで、「ロケット以外の乗り物はすべて完全な電動に置き換わることに大きな自信を持っている」と述べた。同CEOの自社事業の拡大への意欲は強い。販売開始以前に大量の受注があると報道される新型車の呼び名は「モデル3」。価格は3万5000ドルから。モデルSの約半分だ。モデル3の生産開始は今年7月。17年に週5000台、18年には週1万台のペースで生産する計画。

期待と、そして現実と。株価は明らかに前者を買っている。この現象は例えばアマゾンなど多くのIT企業の株価にも見られた。長く赤字続きなのに株価は期待先行で上げ続けた。あまりにも長く「現実」が付いてこないと株価は下げに転じるが、その間に業績が付いてくれば株価は二段ロケットのように一段と上がる、というのが米国の注目新興企業の典型的な株価展開だ。

むろん、マーケットにはテスラ株の上昇に警鐘を鳴らす向きもある。米著名投資家のデービッド・アインホーン氏はGMに投資していることで有名だが、「投資家はマスクCEOに催眠術をかけられている」と語り、「(テスラの株価は)モデル3が成功しても正当化できない。2000年のIT(情報技術)バブルを彷彿(ほうふつ)とさせる。いつはじけるかは分からないが最終的にはそうなるだろう」と冷たい。

二つの視点

テスラ株上昇で二つの視点を提供したい。一つは、「参加するに値するかどうか」という点。これは難しい。最後は同社を率いるイーロン・マスクをどう評価するか、という問題に行き着く。しかし常にマーケットは「未来を見て形成される」という視点からすると、早めの段階では参加する価値はあるだろう。ビッグ・スリーが米自動車メーカーとして確固たる地位にあるのは過去から現在までの話。それは未来にとっての参考でしかない。マーケットが見るのは常に未来だ。それを予測するから、引き直した現在の株価がある。

あらゆる新業態は出てきたその時点では危なっかしく、そして時に胡散臭(うさんくさ)い。しかしそういった産業ほど伸びてきたのが人類の歴史だ。自動車のエネルギーとして化石燃料が支配的になったのはわずかにここ100年ほどだ。今後いかようにもエネルギー源は多様化し、変化しうる。そう考えれば電気自動車の旗手としてのテスラには未来がある。もっともトヨタ、日産をはじめとして日本のメーカーも新エネルギーに注力していることは忘れるべきでない。

もう一つの視点は、「その時の看板テーマとは別の視点を持て」ということ。トランプ相場と評されてきたここ半年の米株式市場。しかしトランプ政治は期待するにはあまりにも失敗続きだ。しかし株価は高い。やはりマーケットの根っこにあるのは世界経済であり、各企業がどのような展望を持ちどのような事業を行っているかだ。政治はマーケットに大きな影響を及ぼしうるが、最後に重要なのは経済だ。今の米国市場の強さは「トランプ」という観点からだけでは説明ができない。マーケットには常に冷静な目が必要だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。