米テスラ株の急伸とその背景(前編)
第185回電気自動車(EV)大手、米テスラ株が急騰している。時価総額で4月3日(現地時間)にフォード・モーターを抜いたと思ったら、その一週間後(10日)には一時的ではあるがゼネラル・モーターズ(GM)も抜いたのだ。長らく米自動車メーカーとして1位、2位を占め業界をリードしてきた両社をごぼう抜きした。驚くべき評価の高まりだ。むろんこの勢いがどれほど続くのかには議論がある。しかしGM、フォードとテスラの時価総額逆転は、明らかに大きな時代の変化の兆しだ。
「シリコンバレーがデトロイトを粉砕した」ともいわれる今回のテスラ株の躍進はなぜ起きたのか、日本を含めて今後の世界の自動車市場はどうなるのか、そしてそれは株式市場にとって何を意味するのか、などを2回にわたって分析したい。
魅力的だったテスラ車
筆者はテスラ車を所有はしていないが、青山の伊藤忠商事の前のテスラ社ショールームで同社の高級車「S」を試乗したことがある。狙いは同社が誇る「自動運転」を試すことで、その時の試乗リポート を見ていただければよいだろう。筆者のテスラ車に対する全体的評価は、「戸建てに住んでいて充電設備を設置できる駐車場があるなら欲しい」というものだ。とにかく加速が良い。スタイリッシュだし、運転席回りはフューチャリスティックでカッコ良い。
機能も従来の車にないテスラらしさがある。運転席に座らずに少し離れていても、スマホのアプリを通じて車を自在に前後数メートルは動かせる。また縦列駐車は完全に自動でこなした。体験したかった自動運転は「天現寺の高速入り口から入って霞ヶ関→新宿方面→そして外苑出口」という道程でやったが、首都高は狭いのでやや不安になることはあった。しかし、おそらく新東名などでは非常に順調だろうとの印象を持った。しかし結局買わなかった。その最大の理由は、普通充電に6時間以上かかり、またマンション住まいで車庫に充電施設もないためだ。
よって筆者はEVと同じく化石燃料を利用しない自動車であってもトヨタ自動車の燃料電池車(水素と酸素の化学反応で電気を生産する車)「MIRAI」に乗っている。その最大のメリットは水素充填時間が3分で済むということだが、なにせ一日の生産台数が少ない。しかしテスラ車にはそうした入手可能性の問題があまりなく、乗る人は日本でも増えている。何よりも米国は日本と住宅事情が違う。多分米国ではテスラの人気は日本よりも高いのだろう。
小よく大を制す
それにしても、米国や日本を含む全世界で昨年一年間に売れたテスラ車は7万6千台(英フィナンシャル・タイムズによる)にすぎない。これに対してフォードは660万台。GMは996万5千台だ。全く比べものにならないほどテスラはまだ小さい会社なのだ。また米国だけを見ても、GMの昨年のマーケットシェアは17.3%。これに対してテスラは0.2%。テスラより米国で小さなシェアで有名なメーカーはフェラーリとかマセラッティくらいだろう。
しかし株式市場での評価は違う。前述したように4月3日の段階でテスラの時価総額は478億ドルとなって、フォードの453億ドルを抜き去った。それから一週間。10日のマーケットではテスラの時価総額が511億7千万ドルとなったのに対して、GMのそれは509億3千万ドルに留まった。つまりその段階でテスラは米2大メーカーに比べれば(生産台数では)すずめの涙ほどの大きさなのに、時価総額で見れば「米国最大の自動車メーカー」になったのだ。
ネット上で「テスラ 株価チャート」と検索すればすぐ出てくるのだが、ここ三カ月間の同社株の上げはすさまじい。1月中旬に230ドルくらいだったのが、4月10日の高値では313ドルになっている。この間のGMやフォードの株価はどちらかといえば低迷しているので、それが地位逆転につながったといえる。むろんGMとテスラの時価総額の差はごく小さい。いつひっくり返しがあってもおかしくない。
それにしても、だ。テスラはまだ赤字会社だ。それに債務も多い。米国でもまだ走行車を見かけることが少ない自動車メーカーなのだ。それなのにテスラは、米国人の日常生活に溶け込んでいるGMやフォードのような存在に、なぜ株式市場で勝てたのか。マーケットではいろいろな解説が飛び交っている。あるアナリストは「テスラを見ていて面白いのは、この会社では何事も起こりうるということだ」と述べた。また別のアナリストは、「テスラは潜在力がすごい。期待も大きい(The potential is huge. The hopes are huge.)」とも。
つまり株価にとっては「今日(現在)ではなく、明日(未来)が重要」ということだ。
デトロイトが粉砕された
テスラの創設は2003年だ。カリフォルニア州パロアルトに本社を置く。いって見ればシリコンバレー圏の会社だ。対するGM、フォードなどはデトロイト発。その歴史は100年を超える。たった10年余の歴史しかないシリコンバレーのベンチャーが、100年の歴史を誇る巨人を打ち負かしている。シリコンバレーがデトロイトを粉砕したといわれるゆえんだ。
テスラを率いるのはイーロン・マスク。彼は南アフリカ共和国・プレトリア出身(1971年6月生まれ)。今は米国の起業家であり、テスラばかりでなく、スペースX社の共同設立者であると同時にCEOでもある。PayPal社の前身であるX.com社を1999年に設立した人物としても有名だ。テスラの株式市場での評価の高さは、投資家が彼の才能に賭けている、という面もある。彼は自動車会社のトップには多分とどまらない。
先のアナリストが「この会社では何事も起こりうる」といっているのは、テスラの事業が将来、ロケット産業にも金融にも、いやもっと他の分野にも広がると考えているのだろう。ある投資家は、「我々はテスラを単なる自動車メーカーとして見ているのではない。同社は将来の世界的インフラの会社になると見ている」とも述べている。
今年から米国の大統領はドナルド・トランプだ。鉄鋼、自動車、石炭など中西部の古き産業での雇用増大を最大のアピールポイントに掲げている。実際に自動車各社は新大統領の要請に応える形で中西部での工場建設・雇用増などの計画を発表している。
しかしどうやらマーケットが見ているポイントは、政府の支援があるかどうかなどではない。「時代が向く方向にその会社がはまっているのか」または、「その方向に向かったその会社が創造力を発揮しているのか」といったことのようだ。
この視点は興味深い。我々はすぐに「トランプ相場」とかレッテルを貼りたがる。しかしそうだろうか。マーケットはもっとレッテルが貼れない部分でも動いているように思う。次回はそれを取り上げる。(続)