1. 金融そもそも講座

第97回「人口減少への視点 PART5」所与の設計 / システム変更の促進 / 統計のポイント変更を

「人口減少への視点」シリーズの最終回として、「戦後の成長志向からの脱却」「新しい価値観の構築」について書く。過去4回の連載で、「人口の減少」という今の日本が直面している状況が、日本の歴史から見ても類似例がないわけではないこと、むしろその時期にこそ今後の日本に通じる商売の形=「売る方が歩く」が出来上がり、日本各地で名産品が作り出されたこと、人口減に対応したビジネスの形の変化や社会制度の改革が世界の先例になることを見てきた。しかし、我々が戦後の考え方や制度を変えなくてよいというわけではない。

所与の設計

戦争が終わった1945年の日本の人口は約7300万人だった。そこからピーク時の2008年の1億2808万4000人まで、最初は急速に、そしてその後はペースを徐々に落としながら増え続けた。それにしても、63年間という人の一生(日本人の平均寿命は2011年で82.59才)よりはるかに短い間によく増えたものである。

重要なのは、日本のほとんどの戦後システムが、この人口の増加期、特に急増期に「人口増加を所与の事」として設計されたことだ。それは人間のある意味での「社会知の限界」と言えるものだが、10年、20年もトレンドが続くと、それが“永遠の傾向”と考えられてしまう。そして社会の全ての制度やシステムが、「人口は今のように増え続ける」という前提で出来上がってしまったのだ。

考えてみれば、日本の退職金制度にせよ、年金制度にせよ、「人口が増え続ける」ことが前提だった。年金制度の受益者が全人口の中で占める割合が今のように高くなることなど想定もしていなかったと思われる。商売のシステム=「買う方が歩く」から、大都市近郊におけるベッドタウン建設まで、人口が増え続けることが大前提だったのである。

システム変更の促進

現状はどうか。2012年は厚生労働省の人口動態統計の年間推計では、前の年に比べて日本の人口は過去最大の21万2000人の減少になった。出生数は統計の残る1899年以降で最少の103万3000人。一方で死亡者数は124万5000人で、東日本大震災の影響で戦後最多だった11年と比べて減ったものの、少子高齢化による人口減はひときわ目立つ数字になってきている。すでに日本の人口はピークの2008年と比べると約60万人も減少している。

さらに年当たりの減少ペースは今の出生率1.41(2012年)が大きく上がらないとすれば、2030年代には年間100万人に達すると予想される。国立社会保障・人口問題研究所の予測によれば、日本の人口が1億人の大台を割るのは2048年で、2050年には9700万人、2060年には8700万人になる。それでもまだ1945年の人口(7300万人)を上回っているし、出生率が一貫して下がり続けるわけではないかもしれない。出産・育児をサポートする各種の制度も整備されるとすれば、人口減少ペースが鈍化し、場合によっては増加する可能性もある。

しかし、一つ明らかなことがある。それは、今でもその努力は進められているが、人口が増加する時代に考えられた“時代遅れのシステム”は完全に変える必要があるということだ。すでに社会保障システムの変更などには政治が着手している。民間でも旧来の退職金、年金システムの更改が進む。民間が商売の仕方を変えるのも、大きな意味で人口動態に合わせてのシステム変更である。

統計のポイント変更を

筆者は一つ提案をしたい。それは今の各種経済統計が「国全体の動向を示す指標」となっているのを、「国民一人一人にとっての価値」に引き直すことである。例えばGDP(国内総生産)を考えてみよう。今は来春からの消費税率の引き上げ論議が活発なので、「成長率が何%になった」と注目が集まっている。高いのは良いことだ。しかも最近の日本のGDPは人口が減少を始めた中での大幅プラス(先進国の中で最高クラス)だから価値がある。

しかし、総人口が1億人を割るような時代環境の中で年間100万人も人口が減るとすると、GDPをプラスにすることはとても難しい。GDPに占める人口の比重が非常に大きいからだ。戦後の高度成長は、急激な人口増加があったからこそ可能だった。

考えてみれば、経済は国家にとって重要だが、それ以上にそこに住む国民一人一人にとって大切だと思う。中国はGDPで日本を抜いて世界第2位の経済大国になった。それは国家にとっての一つの力の象徴ではあるが、中国に住む国民一人一人にとってみれば、依然として貧富の格差は大きく、かつ日本の国民一人当たりGDPと比べてみると十分の一に過ぎない。それは「中国は貧しい国である」という国民一人一人にとっての意味合いしかない。

例えば、2015年から日本が国全体のGDP統計と一緒に「国民一人当たりのGDPの対前年同期比伸び率」を発表するようになるとする。そのころには、日本の年間の人口減少ペースは30~40万人になっているかもしれない。その場合、国全体のGDPはマイナスになる可能性が高い。しかし「国民一人当たりのGDPの対前年同期比伸び率」は十分プラスになってもおかしくはない。GDP総体が多少のマイナスでも、少ない人口で割れば、それは前年よりプラスになっていてもおかしくないからだ。

地球の人口が爆発的に増えたのは産業革命が始まって以降だといわれる。18世紀以降、生産力が劇的に増え、養える人口が増えたからだ。しかし「今のまま地球の人口が増え続けてよい」という議論をする人は少ない。だとしたら、日本の人口の減少は他国に先立つ大きなトレンドの兆しかもしれない。経済というものを「国家力の観点のみで考える」 ことが正しいのかどうか。それよりも筆者は「一人一人にとっての価値」という観点が必要であり、そのためには「経済統計」の組成に対するポイントの置き方を変えることが一つだと思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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