市場混乱を招いた米国債が買われるという不思議
円・ドル為替相場の今後について考えようと思っていたところ、まるで「真夏のミステリー」のような、何とも不可解な激震が世界市場を襲ってきました。まず、その経緯と背景について、大まかに整理しておきましょう。
今年(2011年)8月5日に、米国の格付会社スタンダード&プアーズが史上初めて、米国債の格付けを最高位のトリプルAから1段階引き下げると発表しました。欧州では財政悪化懸念がスペイン、イタリアに続いてユーロ圏第2の経済国であるフランスにも拡大。ソブリンリスク(政府債務の信認危機)の高まりを通じて、世界の投資マネーはリスク資産からの逃避姿勢を強め、またもや世界同時株安の様相を呈しています。
逃避マネーはおもに円やスイスフラン、さらには米国債に流入しています。8月11日の東京外国為替市場では一時1ドル=76円30銭と、過去最高値の水準まで円高が進みました。一般に金融危機など投資家がリスクを強く意識する際には、流動性が高い国際通貨や、対外支払い能力が高い純債権国の通貨が買われやすくなります。そうした観点からみると、日本の財政事情が欧米よりも厳しいとはいえ、上記の条件を両方とも満たす円に資金が流入するのは分からなくもありません。
不思議なのは、格下げされて市場混乱の元凶となった当の米国債が買われているということです。米国債はこれまで、市場規模や流動性の面から世界で最も安全な金融資産のひとつといわれてきました。今回の格下げ後も、世界の金融市場に米国債の受け皿となり得る有力な代替資産がないことから、資金の逃避先として選ばれたようです。
それならば、そもそも米国債の格下げが悪材料と見なされて、市場が混乱すること自体が的外れのようにも思えます。
米国債は世界各国の外貨準備における最大の運用先であり、金融機関が資金をやり取りするレポ市場などで最も信頼できる担保の役割も果たしています。格下げによって米国債の信用が低下するということは、世界の金融市場をリードする米国の地位が揺らぐことを意味し、ひいては基軸通貨・米ドルの信認が傷つくことにもつながるはずです。すなわち、米ドル安の長期化です。
米国債から資金が逃げ出さなかったのは、世界の投資家がこうした米国や米ドルの「信用失墜」を強く意識したわけではないからでしょう。つまり今回の市場混乱の背景には、それ以上に投資家が懸念する別の要因があると考えることができます。
米国の景気回復が鮮明になるまで円高・ドル安は続く
今年7月末に発表された米国経済の4~6月期における成長率は、年率換算で前期比+1.3%と市場予想を下回り、1~3月期についても大きく下方修正されるなど、このところ米国の経済統計は悪化を示すものが目立っています。また、債務上限の引き上げとセットで決まった10年間で約2.5兆ドルの財政赤字削減という方針により、今後は財政出動による景気刺激策が難しくなりました。
このように米国経済の先行きについて悲観的な見方が広がったこと、言い換えれば米国景気の停滞や後退への大きな懸念が、世界的なリスク回避の行動につながったと考えられます。FRB(米連邦準備理事会)は8月9日に、2013年半ばまで現状のゼロ金利を続けるという追加の金融緩和策を発表しました。このことからも、市場混乱が米国の景気と深く関わっていることは明らかです。
米国が輸出倍増計画を打ち出してドル安を半ば容認している以上、現在円高・ドル安傾向は米国の景気回復が鮮明になるまで続くと考えるべきでしょう。時期については特定できませんが、FRBの発表を額面どおりに受け取れば、2013年半ばがひとつの節目になるのかもしれません。少なくとも投資家がソブリンリスク以上に世界の景気動向を強く意識している間は、多少の円安に振れることはあっても、円安・ドル高が大きく進むとは考えづらいと思われます。
一方で、代替通貨としての側面もある金の国際価格が史上最高値を相次いで更新していることからも分かるように、先進国の財政状況や通貨の信用に対する市場の疑念は、確実に高まってきています。中長期的に見れば、それらが本格的に問題視される日が来る可能性は高いでしょう。
そのとき、世界的なドル離れが進んでドル安が定着するのか、あるいは日本の経済力低下にスポットが当たって円が売られることになるのか--。将来的な円・ドル為替相場の動向について、次回改めて考えてみたいと思います。