経済力から見れば長期的には円安も
今年(2010年)の9月15日、日本政府と日銀は6年半ぶりに円売り・米ドル買いの為替介入を実施しました。介入額は、1日あたりとしては過去最大規模となる2兆円以上に達した模様です。対ドルの円相場は、同日の朝に1ドル=82円台まで急騰していましたが、午後には1ドル=85円台まで下落し、その後は小康状態が続いています。為替介入を通じた円高抑制が、ひとまずは功を奏した格好ですが、この先もいつまた急激な円高が発生するか、予断を許さないという見方が一般的です。
以前にも紹介したように、欧米は景気の先行きに不安を抱えるなか、今後も金融緩和を追加・継続しながら、自国の通貨安をなかば容認していく構えです。つまり、欧米で景気回復への道筋がはっきりと見えてくるまでは、こうした「海外要因による円高圧力」がかかり続けることになるわけで、当面は円高がさらに進む可能性もあるといえます。
ただし、それはあくまでも短期的な展望です。中長期的な円相場の動向を考えるうえでポイントになるのは、今回の円高が「日本経済の実態や実力を反映したものではない」という点です。
現在、円が買われている一方で日本株が買われていないことからも分かるように、日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が市場で評価されているわけではありません。遅かれ早かれ、市場は日本経済の実態や実力に目を向けてくると思われます。少子高齢化によるGDP(国内総生産)の低成長、デフレの長期化による経済の縮小均衡、財政悪化による信用リスクの増大など、日本経済に山積する諸問題が解決に向かわなかった場合、長期的には大幅に円安が進むことさえ考えられます。
円の実質実効為替レートを過去40年以上にわたって振り返ると、興味深いことに気づきます。1960年代の高度経済成長期からバブルの崩壊を経て、1995年に円が対ドルの名目為替レートで史上最高値をつけるまで、実質実効為替レートは多少の上下動はあるものの、一貫して円高の方向に動いてきました。ところが95年をピークに、その後はどちらかといえば、方向性として円安の傾向が強まってきます。
こうした円安トレンドへの転換は、日本において経済成長率の低下やデフレ傾向が鮮明になってきた時期と重なります。実質実効為替レートで見るかぎり、円の価値すなわち、その背景にある日本の経済力は、他の主要国に対して低落傾向が続いていると考えられるわけです。この傾向はやがて名目為替レートにも反映されてくるかもしれません。
デフレとインフレが同時進行する!?
日本経済にとって、円高以上に大きな問題ともいえるデフレは今後、いつまで続くのでしょうか。今日の世界経済は新興国を中心に回っており、商品・サービスの買い値も売り値も新興国における低価格が、ひとつの世界標準になりつつあります。こうした「新興国要因によるデフレ圧力」と、日本国内における需要不足の大きさを考えると、デフレはさらに長期化することが予想されます。
一方で、将来的にかなり高い確率で起こると思われる、もうひとつの新興国要因があります。新興国の相次ぐ経済発展にともなって、中間層・富裕層の人口が世界的に増加していくと、食糧とエネルギー資源がいずれ不足することになるのは確実です。それはデフレとは逆のインフレ圧力をもたらします。日本は食糧とエネルギー資源を輸入に頼っているため、もしも前述したようなかたちで円安が進んだ場合には、輸入価格が高騰して大きな打撃を受けることになりそうです。
注意しなければならないのは、このインフレが日本の景気や経済成長とは無関係のところで起こる可能性があることです。例えばデフレやGDPの低成長が続いて、住宅や自動車などの耐久消費財は価格が低いままなのに、食糧とエネルギー資源の価格だけが上昇する、すなわち部分的にインフレとなるケースが考えられます。理由は若干異なるものの、2007年から2008年にかけて同じようなことがありました。原油や小麦、トウモロコシなど世界的な原材料価格の高騰にともなって、日本国内でガソリンや食品の価格が一時的に上昇したのは記憶に新しいところです。
このように別々の商品分野でインフレとデフレが同時に起きる状態は、米国の経済界などで「バイフレーション」と呼ばれ、経済のねじれ現象として研究が進められています。もちろん考えたくないことですが、こうした現象が将来的に起こらないという保証はありません。
円高やデフレに慣れ親しんでしまった私たち日本人も、経済の大きな波は反転を繰り返すのが常であり、その反転は忘れた頃にやってくることを、覚えておいた方がいいかと思われます。