1. 金融そもそも講座

第26回「“介入”の効果と持続性」

日本の通貨当局は2010年9月の中旬に6年半ぶりに外国為替市場に介入し、円売り・ドル買いをした。その結果は少なくとも当初はドル高・円安の相場展開となり、株式市場は大きく反発した。「6年半ぶり」と聞いて、私のように変動相場制(1973年~)以来の外国為替市場との付き合いのある人間にはなじみがあるが、最近市場に関心を持ち始めた読者には、「介入とはなんぞや」の説明をした方がよいように思うので、今回は“介入”を取り上げる。

介入とは一般的な言葉としても「他人の家庭問題への介入」「子どもの友達関係への親の介入」などと使われている通り、「口や手を出すこと」だ。難しい言葉でいえば「容喙(ようかい)すること」である。あまりよい響きはない。一般的には、「余計な口出し」という意味合いが強い。

その上で、「外国為替市場での介入」といえば、当局(日本の場合は財務省、日本銀行)が手持ちの外貨(米ドルやユーロなど)を売って日本円を買ったり、その逆に外貨を買うために手持ちの日本円を売ったりすることを指す。市場が正常に機能しているときはあまりしない。ここでも“余計もの”の感はある。

ではなぜ「余計なこと」が必要になるのか。市場(マーケット)は、本来は「需要と供給」で自然に値段が決まるべきであり、それが自由市場の原則である。しかし世界各国は次のような状況の時に、変動相場制が始まって以来、繰り返し「市場介入」を行ってきた。

  • (1) 外国為替市場がdisorderly(無秩序)になって、市場が正常に機能しなくなったとき
  • (2) 国内が物価インフレ状態にあるなかで自国通貨安が進み、その自国通貨安で輸入インフレが加速する危険性が強いとき
  • (3) 外国為替相場が、当局が自国経済の現状・実力から見て「レンジを外れて動いている」と判断したとき

まず(1)の「disorderly(無秩序)」とは何を意味するかというと、「two-way marketでなくなったとき」というのが一番分かりやすい。ここで「two-way market」というのは、買値(bid)と売値(offer)がそろっている、両方が市場にあるということだ。よくテレビなどで「85円34銭~37銭」などと外国為替相場は表記されるが、この場合は「34銭」が買値であり、37銭が売値である。この二つがそろっているのが正常な市場だ。

しかしマーケットは時に、「市場を驚かすようなニュースが流れたとき」「非常に大きな売りや買いが一方的に出たとき」「大きな誤注文が発生したとき」などに、買値か売値のどちらか一方を失うときがある。そういうときは、市場は急激に変動し(多くの場合は一方向に)、その変動が早期に収まらないようだと経済活動(為替が大きく動いていると契約が締結できない)に支障をきたす。そういうときには、当局が市場に「介入」し、なくなっている買値や売値を作って市場を「two-way」(買値も売値もある状態)にし、市場の安定、ひいては経済の安定を図るのである。

次に(2)は、私が外国為替市場に携わっていた期間に頻繁に見られた介入パターンである。戦後の世界は今のようにデフレではなく、基本はインフレ(物価の顕著な上方傾向)が支配する世界だった。世界各国で物価が上がっていたのである。物価上昇率が高いほど、その国の経済の将来に対する信任は下がるから、通貨も売られやすくなる。自国通貨が売られると、原油など輸入品が値上がりし、それらがまたインフレを加速するという悪循環が起きる。こういう場合に各国は、国内の金融引き締めと同時に、外国為替市場での介入を実施し、物価や経済活動の安定を図ってきた。インフレ対策としての介入である。

今回の日本の介入をあえて分類すれば(3)に相当する。日本経済は景気が悪く、経済実態も良くない。にもかかわらず、米国や欧州の金利低下や景気低迷の方が市場で材料にされて、「他の逃避先がないから」という理由で円が高くなっている。以前だったら、円に加えてスイス・フランが買われていた。戦後の大部分でそうだったのだ。しかし2000年代に入ってからはすっかりスイスが「安全避難先通貨」の地位を投げ打った。危機の度に自国通貨が買われるのでは、時計などの輸出で成り立っているスイス経済が打撃を受けるから、という理由である。だから、最後に残った円が、リーマン・ショック以降ずっと「危機の円買い」で円独歩高になった。“これ”といった円高材料がないのに、である。

その円高が「輸入品が安くなる」「海外旅行に行きやすくなる」などメリットばかりなら良い。ところが、円高進行は輸出に依然として依存している日本経済の先行きを暗くした。国内には円高に対する怨嗟(えんさ)の声が強まっていたのである。国内政治も民主党の代表選挙が終わって菅首相が代表続投となり、「もう我慢出来なくて介入に出た」というのが今回の介入だ。

むろん今回は、国内経済界からの強い要望を受けた形での介入となっている。そしてその背景には、日本経済の低迷にも関わらず続く円高が、日本の輸出競争力をそいで、日本経済を一段と苦境に陥れている、という判断がある。実際その通りで、介入が行われるまでの9月の東京株式市場の動きを見ると、少し円高になっただけで株価が下げ、逆に少し円安になっただけで安心感から株価が上昇した。これほど為替感応度が高いのも問題だが、それが日本経済の実態なのだから、遅ればせながらでも日本政府が日銀と協力して市場介入したのは、まずは正解だったといえる。

ただし、あくまで介入は“一時しのぎ”の措置である。これを持続的にやると海外から、「日本は為替相場を操作している」という批判が起きかねないし、実際のところ「自由な経済」の原則に反することになるし、日本経済、企業が円安に依存しすぎるのもよくない。円高にもメリットがあるからだ。

次回は、今回の介入の種類と抱える問題点、海外諸国の姿勢、効果の持続性などに関して書きたいと思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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