増資の不調が株売りを呼ぶという図式
今年(2008年)9月に米国で発生した連鎖的な金融危機は、ひとことで言えば、例のサブプライムローン問題による損失(評価損)の計上がもたらしたものです。サブプライムローン問題では、どこの誰が、どの程度のリスクを抱えているのか分からないと言われてきましたが、そのリスクの一部が今回、目に見えるかたちで現れてきたわけです。
米国の金融危機について理解を深めるために、ここでは以下の3つの観点から、その要因を探ってみたいと思います。
- (1) 個別の金融機関の問題(財務内容の悪化、株価の下落など)
- (2) 米国政府の金融危機への対応と、それに対する市場の反応
- (3) 投資銀行のビジネスモデルおよび米国型資本主義の弊害
まず(1)について、9月15日に経営破綻した米国第4位の大手証券会社リーマン・ブラザーズと、同16日に政府の管理下に置かれることが決まった米国保険最大手のAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)の例を見てみましょう。両者に共通するのは「サブプライムローン関連の損失が拡大 → 増資の不調 →株価の下落 → 信用不安による短期資金のショート」という図式です。
リーマン・ブラザーズは、2008年3~5月期決算で純利益が上場以来初の赤字を記録しました。9月10日には、6~8月期決算においてサブプライムローン問題にともなう評価損など78億ドル(約8,400億円)を追加計上し、2四半期連続で赤字に陥ることを発表。この間、韓国政府系の韓国産業銀行との増資交渉が不調に終わると、リーマン株への売りが殺到します。9日から12日までの4日間で株価は実に80%も下落。結果として同社は負債総額6,130億ドル(約64兆円)という米国史上最大倒産に追い込まれました。
リーマン・ブラザーズは元来、債券ビジネスに強みをもつ証券会社でしたが、近年はとくに住宅ローンや商業用不動産ローンの証券化業務に注力する傾向にありました。たとえば同社が保有していた商業用不動産関連資産は、総資産の約8%に相当する500億ドル(約5兆2,000億円)で、他の大手銀行や大手証券よりも高い割合となっています。これらは証券化商品の原資産として保有していたものですが、住宅バブルの崩壊をきっかけに急速に値下がりし、サブプライムローン関連商品の在庫(売れ残り)とともに、巨額の損失を抱え込む一因となったようです。
体力を超えたハイリスクの事業拡大
一方のAIGは、今年2月末に111億ドル(約1兆1,600億円)という巨額損失を計上するなど、サブプライムローン関連の損失が膨らみ続け、2008年4~6月期まで3四半期連続で赤字に転落。7~9月期も100億ドルを超える損失を計上する見通しとなり、9月15日には格付け大手3社がAIGの格付けをいっせいに引き下げました。
これを受けて同16日にAIGの株価は一時、前日比マイナス74%にあたる1.25ドルまで下落します。AIGは資本不足を補うため、100億ドル規模の増資計画を発表しましたが、引き受け先の目途はたたず、最終的に米国当局はAIGに対して最大850億ドル(約9兆円)の緊急融資をおこない、同社を政府管理下に置くことを決定しました。
本業の生損保事業は利ざやが薄いうえに契約が思うように伸びないため、AIGはここ数年、住宅ローン担保証券への投資や証券化商品の保証業務など、事業の多角化を進めていました。なかでも同社が力を注いだのが、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)と呼ばれる金融派生商品の取引です。CDSは企業向け融資や証券化商品が焦げ付いた際に、その損失を肩代わり(保証)するもので、いわば信用リスクの保険のようなもの。
AIGによるCDSの保証残高は4,000億ドル超と、自己資本(780億ドル=約8兆2,680億円)の5倍以上に達していたほか、同社は自己資本に匹敵する規模の住宅ローン担保証券も保有していました。サブプライムローン問題や米国景気の低迷により、CDSの保証金支払い要求が増加したうえ、保有する住宅ローン担保証券の価値も下がりました。こうした自らの体力を超えた事業拡大が、同社の経営を急速に悪化させた大きな要因と考えられます。
このように金融機関の問題を個別に見てみると、リスクの高い事業に傾斜した結果として、起こるべくして起きた金融破綻とみなすこともできます。ただし、「不信の連鎖」とも言える今回の米国金融危機は、どうもそれだけでは説明がつきそうにありません。(2)や(3)の観点を含めて次回以降、さらにこの問題の本質を考えてみたいと思います。