金融危機の全容解明へ足掛かり
米国のオバマ大統領は今年(2010年)4月22日に、金融規制の強化へ向けた決意表明演説をおこないました。そのなかで同大統領は、銀行の自己勘定によるハイリスク投資を全面禁止する、いわゆる「ボルカー・ルール」の採用や、デリバティブ(金融派生商品)取引に関する情報開示の徹底など、金融規制に不可欠な要素として5つの項目を挙げています。
米国が金融制度のあり方に対する姿勢を、従来の自由化推進から規制強化へと急激かつ大きく方向転換したのは、今年1月のことです。その背景に、選挙戦をにらんだ政治的な思惑があることは確かでしょう。
米国の大手金融機関は2008年秋以降の金融危機に際して、政府から大規模な公的資金の投入を受けました。すなわち、結果として自らがもたらした危機を、米国民の税金によって救済してもらったわけです。ところが、大手金融機関の中には公的資金の返済後に幹部らの高額報酬を復活させたところもあり、ここにきて米国民の反発が強まっています。今年11月に中間選挙を控え、支持率の低迷に悩むオバマ政権が、人気回復のカンフル剤として金融制度改革を持ち出したという見方は否定できません。
もちろん、そうした政治的な側面を除いても、金融規制への取り組みには重要な意味があると思われます。それは金融危機の再発防止へ向けて、真に有効な手段を模索することであり、その前提として、米国における住宅バブルの発生・崩壊から金融危機へといたった過程をつぶさに検証・分析することです。
オバマ大統領の演説に先立つ4月16日、金融危機の全容解明へ向けて、ひとつの足がかりとなりそうな動きがありました。米国の証券取引委員会(SEC)が、米金融大手ゴールドマン・サックス(GS)を証券詐欺の疑いで提訴したのです。
GSは2007年に、サブプライムローンを組み込んだハイリスクの証券化商品であるCDO(債務担保証券)を販売しましたが、実際に組み込むローンの選定など、CDOの商品設計には大手ヘッジファンドのポールソン・アンド・カンパニーが関与していました。SECによると、ポールソンはこのCDOの価格急落を見越して一種の空売りをおこなうと同時に、価格が下落すると利益が出る保険商品を購入し、最終的に1,000億円近い利益を得たといいます。
一般の製品に例えていうならば、製造担当の技術者が意図的に欠陥品をつくり、販売店はそのことを承知で製品を販売して手数料を受け取り、技術者は欠陥が発覚するたびに保険金を受け取れる手続きを取っていたことになります。SECでは、CDOの設計者自身が価格急落を見込んでいるという重要情報を、GSが投資家に対して故意に隠したと認識し、提訴に踏み切りました。
金融機関の社会的責任を問い直す
これに対してGSは以下のような反論をもとに、徹底抗戦の構えを見せています。
- ● 自らもCDOを保有して損失を被っており、当初からCDO価格の下落を予見していたわけではない。
- ● CDOの販売は機関投資家を対象としており、売り手と買い手の双方が金融に精通したプロである以上、情報開示の不備にはあたらない。
しかしながら、このGSの反論そのものが、逆説的に金融規制の必要性を説いているとも考えられます。近年では金融商品の複雑化・高度化にともない、商品の売り手と買い手の間に大きな情報格差が生まれ、例え金融のプロであっても買い手が不利になるケースが少なくありません。そんな中、金融ビジネスには従来以上に「公正さ」や「誠実さ」が求められているといえます。
とりわけ今回の金融危機においては、証券化商品の買い手に民間の銀行も含まれていたことから、問題が「金融のプロの世界」だけに止まらず、一般企業の資金繰りや市民の雇用、生活といった実体経済の面にまで深刻な影響を及ぼしました。金融機関は金融のプロであると同時に、市場仲介という機能や役割を背負った社会の一員でもあるはずです。金融規制の強化は、こうした金融機関の本分や社会的責任を改めて問い直すきっかけになるのかもしれません。